刑法(傷害致死罪)

傷害致死罪(1) ~「傷害致死罪とは?」「傷害致死罪の客体(巻き添えを食った被害者に対する傷害罪の成否)」「傷害致死罪の成立を認めるにあたり、原因行為と致死の結果の生ずるまでの時間的長短は問わない」を判例で解説~

 これから複数回にわたり、傷害致死罪(刑法205条)について解説します。

傷害致死罪とは?

 傷害致死罪は、刑法205条に規定があります。

 傷害致死罪は、身体傷害の結果として人を死亡させる罪です。

 傷害致死罪は、暴行罪または傷害罪結果的加重犯です。

  結果的加重犯とは、ある犯罪行為をした際に、予期した以上の重い結果が発生してしまった場合をいいます。

 つまり、暴行罪を犯すつもりで相手を攻撃し、結果的に相手を死なせた場合は、暴行罪の結果的加重犯として傷害致死罪が成立します。

 傷害罪を犯すつもりで相手を攻撃し、結果的に相手を死なせた場合は、傷害罪の結果的加重犯として傷害致死罪が成立します。

 上記のようなことから、傷害致死罪は、暴行罪と傷害罪を基本罪とする犯罪になります。

殺人罪との相違点

 致死の結果についての認識を欠く点で殺人罪と異なります。

 殺人罪は人を死なせるつもりで攻撃しますが、傷害致死罪は人を死なせるつもりはなく、傷害を負わせるつもりで攻撃したが、結果として人を死なせてしまった場合をいいます。

過失致死罪との相違点

 傷害致死罪は、暴行または傷害の故意を有する点で過失致死罪と異なります。

 過失致死罪は、人に暴行や傷害を加えるつもりがないが、過失で人に傷害を負わせて死亡させた場合になります。

 これに対し、傷害致死罪は、人に暴行や傷害を加えるつもりで人に傷害を負わせた上、死亡させた場合になります。

傷害致死罪の客体

 傷害致死罪の客体(攻撃の対象)は、「人の身体」です(これは、傷害罪の客体と同じです。詳しくは前の記事参照。)。

 傷害致死罪の客体で問題になるのが、暴行や傷害を加えた相手以外の人が巻き添えを食って死亡した場合です。

 たとえば、犯人がBを殴ったところ、殴られてよろけたBがCに衝突してCを転倒させ、Cを頭部打撲により死亡させた場合、Cに対して傷害致死罪が成立するかが争点になります。

 巻き添えを食った者が、傷害致死罪の客体となり、巻き沿いを食った者に対して傷害致死罪が成立するかどうかについては、傷害致死罪は成立しないとした判例と、傷害致死罪が成立するとした両方の判例が存在します。

 どちらの判断になるかについては、絶対的な答えはなく、個別の事件ごとに判断されることになります。

巻き添えを食った被害者に対し、傷害致死罪は成立しないとした判例

大阪高裁判決(昭和38年1月28日)

 この判例は、致死の結果が暴行の相手方に発生することを要するとし、巻き添えを食った者に対する傷害致死罪の成立を否定しました。

 公訴事実は、「被告人は、飲食店において、Bと些細なことから喧嘩になり、手拳でBの顔面を殴打し、更にBを突き飛ばしたため、Bをして付近で酒を飲んでいたCに衝突させ、その激突により、Cをしてその揚のカウンター台で左側胸部を強打せしめ、よってCに肋骨骨折の傷害を負わせ、Cを肋骨骨折による左肺損傷に起因する外傷性肺炎により死亡するに至らしめた」というものです。

 裁判官は、

  • 刑法第204条の罪(傷害)は同法第208条の罪(暴行)の結果犯であり、又同法第205条の罪(傷害致死)は同法第204条の罪(傷害)の結果犯であって、いずれも傷害又はその致死の結果につき犯意が認められない場合でも、結果の発生を重視して重く処断する趣旨の規定であるけれども、致傷(刑法第204条)、致死(同法第205条)の結果は、暴行(刑法第208条)の客体について発生することを要するものであって、暴行の客体に致死傷の結果が 発生しなくとも他の第三者に発生すれば足るということを得ないものと解すべく、もしその第三者に対し致死傷の罪が成立するためには、更にその第三者に対して刑法第208条の罪に該当する暴行行為の存在を必須条件とするのである
  • 思うに、 因果関係論は構成要件を充足する行為と結果との間の関係であって、単に因果関係 があるとの所以をもって、因果関係をして構成要件該当の行為に代らしめることは、行為と結果との本末を転倒し、かつ罪刑法定主義に反し到底許容し得られないところであるからである
  • 今本件について見るに、被告人がBに対して突く等の暴行を加えた事実は認められるけれども、被告人がCに対しても同様の突く等の暴行行為(直接は勿論、Bを通じての間接の行為もない)があったものとは認められないから、たとえ被告人のBに対する暴行とCの死亡との間に刑法上の因果関係が認められるとしても、被告人に傷害致死の罪責ありということはできない

と判示し、被告人の暴行とCの死亡との間に因果関係はあるものの、被告人がCに対して暴行行為をしていないから、Cに対する傷害致死罪は成立しないとしました。

 この判例の結論に対して、学説では反対意見もあり、「致死の結果が暴行の相手に発生することを要する」としている点については疑問視されています。

巻き添えを食った被害者に対し、傷害致死罪が成立するとした判例

東京地裁判決(昭和49年11月7日)

 被告人がAにいやがらせをしようと自動車を幅寄せしたところ、ハンドル操作を誤って自車をA車に衝突させ、AとA車の同乗者B、Cに傷害を負わせたうえ、A車を反対車線に押し出し、D車に衝突させ、Dに傷害を負わせ、D車の同乗者のEを死亡させた事案につき、幅寄せが暴行に当たるとしてA、B、C、Dに対する傷害罪、Eに対する傷害致死罪の成立を認めました。

 この判例は、

  • 自動車で高速道路を走行中、併行して進行している右隣の自動車に対していやがらせ等のために、自車をその至近距離にまで接近させる行為が刑法208条の暴行に当たると認定した点
  • ABC3名に対して暴行を加え、その結果、ABC3名のほか、予想しなかつたD、Eについても傷害を負わせるとともに、Eを死亡させた行為につき、暴行の際にA~Eの5名の傷害の結果発生に対する過失も認められる状況にあったとして、A、B、C、Dに対する傷害罪、Eに対する傷害致死罪の成立を認定した点

が注目されています。

 裁判官は、

  • 被告人の所為は、「A車の車内にいる者にいやがらせをしてやろう。」という意図の下に被告車の車体右側をA車の車体左側至近距離に接近させた点がAとBとCとの3名に対する暴行の故意に基づく暴行行為に該当し、右暴行行為とその最中における過失行為とにより、右3名にいずれも傷害を負わせた点はそれぞれ刑法204条の傷害罪に該当し、右3名に対する前記暴行の故意に基づく前記暴行行為とその最中における判示過失行為とによりDに傷害を負わせた点も刑法204条の傷害罪に該当し、AとBとCとに対する前記暴行の故意に基づく前記暴行行為とその最中における過失行為とにより、Eを死亡させた点は刑法205条の傷害致死罪に該当する
  • この行為は、1個の行為で5個の罪名に触れる場合であるから刑法54条1項前段10条により一罪として最も重いEに対する傷害致死罪の刑で処断することとした

判示しました。

傷害致死罪の成立を認めるにあたり、原因行為と致死の結果の生ずるまでの時間的長短は問わない

 傷害致死罪の行為は、「人を傷害して死に至らせること」です。

 原因行為と致死の結果の生ずるまでの時間的長短は問いません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治33年11月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 殴打致死罪(※現在の傷害致傷罪)は、殴打創傷の当時、直ちに成立す
  • 然れども、必ずしもこれによって、直ちに人を死に致すことを要するにあらず
  • 従って、創傷と死亡との間、若干日を経過することあるも、罪の成否に影響なし

と判示しました。

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