刑法(殺人罪)

殺人罪(25) ~正当防衛・過剰防衛⑥「けんか・挑発の事案における正当防衛の成否」を解説~

けんか・挑発の事案における正当防衛の成否

 最高裁は、けんか・挑発であっても当然には違法でないとし、正当防衛の成立する余地を認めています。

最高裁判決(昭和23年7月7日)

「互に暴行し合ういわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防御を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争のある瞬間においては、闘争者の一方がもっぱら防御に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあつても、闘争の全般からみては、刑法第36条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある」と判示。

 言い換えれば、闘争の全般からみて、正当防衛の観念を容れる余地があることを示しています。

最高裁判決(昭和32年1月22日)

「いわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防御を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争のある瞬間においては、闘争者の一方がもっぱら防御に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあっても、闘争の全般からみては、刑法36条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合があるというのであるから、法律判断として、まず喧嘩闘争はこれを全般的に観察することを要し、闘争行為中の瞬間的な部分の攻防の態様によって事を判断してはならないということと、喧嘩闘争においても、なお正当防衛が成立する場合があり得るという両面を含むものと解することができる」と判示。

考え方

 けんかの場合、双方がほぼ同時に攻撃を開始することが多いと考えられるので、この場合は客観的に防衛のための行為といえないといえます。

 しかし、一方が機先を制し、他方が応戦するという形を採ることもあり、その場合、応戦者の側は客観的には一見防衛のための行為を行っているように見えなくもありません。

 けんか中とはいえ、防御のための応戦と評価できる場合は、正当防衛が成立する余地があるといえます。

 これに対し、応戦者側が、相手のけんか行為に応じて、積極的に相手に攻撃を加える意思で臨んでいる場合は、防衛の意思と侵害の急迫性を欠き、正当防衛は成立しないと考えられます。

 また、相手方の攻撃が予測を超えるようなものとなった場合(例えば、素手で殴り合いをしていたところ、相手が急に刃物を持ち出して攻撃してきたような場合)は、その時点において、急迫の侵害が発生した評価でき、そのような相手に攻撃を加えることは防衛行為であるとして、正当防衛が成立しやすくなると考えられます。

 逆に、けんかの途中で、相手が素手なのに、自分自身がナイフを持ち出して攻撃した場合は、正当防衛は成立しないと考えれられます。

 けんかがいったん終了したのに、相手が新たな攻撃を仕掛けてきた場合も、正当防衛が成立しやすくなると考えられます。

裁判例

 けんか・挑発の事案における正当防衛の成否に関する裁判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和60年8月20日)

 口論からけんか闘争に発展し、相手がビニール製傘を持ったのを見て、刃体の長さ約21センチの刃物を持ち出し、洋傘を突き出すように向かってきたのに対し、未必の殺意をもってその刃物で相手の胸部を突き刺し殺害した事案で、裁判官は、

  • たとえ相手の侵害がその時点で現在し又は切迫しているときでも行為の状況全体から見て急迫性の存在を否定すべき場合があり、その存否を決するには相手の侵害に先立つ状況をも考慮に入れて判断するのが相当である

として、急迫性を否定し、正当防衛は成立しないとしました。

大阪高裁判決(昭和62年4月15日)

 相手からナイフを手渡されてけんかを挑まれ、その執拗な挑発に応じて相手を刺殺した事案につき、急迫性を否定し、正当防衛は成立しないとしました。

仙台地裁判決(平成18年10月23日)

 被害者の侵害行為を被告人自らが招いた部分が考慮されて、侵害の急迫性が否定され、正当防衛の成立が否定された事例です。

 被害者が被告人の頭部や頸部に腕を巻き付けるようにして組み付いたのに対し、殺意をもって被害者の背部等を出刃包丁で多数回突き刺して失血死させたという事案で、裁判官は、

  • 被害者の暴行に先だって被告人が包丁を持ち出して被害者に示したことは、被告人を捕まえようとした被害者の行為に比べて明らかに過剰な行為であり、被害者の上記暴行は被告人にとって十分に予測可能であり、 自らの行為によって招いた結果であるから急迫性を欠く

とし、正当防衛の成立を否定しました。

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