刑法(殺人罪)

殺人罪(8) ~不確定的殺意①「未必の殺意とは?」「激情して殺人行為に及んだ場合の未必の殺意」を解説~

不確定的殺意とは?

 殺人罪(刑法199条)において、殺人罪の故意を認めるにあたり、被害者の死を希望又は意欲する必要はなく、死の結果の予見は不確定的でもよいです(詳しくは前の記事参照)。

 被害者の死を意図せず、かつ、死の結果の発生が不確実であると認識していた場合を

不確定的殺意

と呼びます。

 一般的には、不確定的故意と呼ばれるのものを、殺人罪においては、不確定的殺意と読み替えて呼ぶものです(不確定的故意の一般的考え方については前の記事参照)。

 不確定的殺意は、

  1. 未必の殺意
  2. 概括的殺意
  3. 択一的殺意
  4. 条件付きの殺意

の4つに分けられます。

 今回は①未必の殺意を説明します。

未必の殺意

 未必の殺意は、

自己の行為によって被害者が死ぬかもしれないが、死んでもかまわないという心理状態

と表現されます。

 未必の殺意は、死の結果発生を容認している状態と捉えればよいです。

 判例は、未必の殺意の表現について、

「自己の行為が他人を死亡させるかも知れないと意識しながら敢えてその行為に出た場合が殺人罪のいわゆる未必の故意ある場合に当ることは言うまでもない」(最高裁判決 昭和24年11月8日)。

「ことによったら同人を射殺する結果になるか知れないが、それもやむを得ないと考え」(最高裁判決 昭和24年2月24日

と判示し、認容的な表現を採っています。

 参考となる事例として、以下のものがあります。

未必の殺意を認めた事例

福岡高裁判決(昭和45年5月16日)

 診療所に勤務する自動車運転手兼雑役夫が、昇給の不満からうっ憤を晴すため、木造2階建の診療所に放火することを決意し、手足の不自由な入院患者30数名が2階の病室におり、特にA及びBは老齢で歩行困難であり、Aは視力もほとんどない状態で、そのまま放火すれば死傷者が出るかもしれないと思ったので、病室を周り、患者に「今夜は月がよいから外に出なさい。外が涼しいから出なさい」などといって、戸外に出そうとしたが、患者のほとんどは外に出る様子はなかったのに、患者らが外に出たかどうか確認しないまま、診療所1階にガソリンを撒いて放火し、建物を全焼させ、逃け遅れたAを焼死させ、Bを火傷により死亡させるなどした事案です。

 裁判官は、結果発生の認容があったとして未必の殺意を認めました。

未必の殺意を否定した事例

高松高裁判決(昭和32年3月11日)

 砲弾の密引揚けの取締りのため被告人の漁船に移乗してきた海上保安官に体当たりを食わせ、夜間の海中に転落させ逃走したという事案です。

 裁判官は、結果発生の可能性を一応認識したにしても、結果発生を認容したわけではなかった場合(その結果は発生しないものとしてその行為に及んだのであって、結果発生が確実であったと仮定したら、その行為をしなかった場合)にも未必の殺意を認めることはできないとした上、被告人はその場から逃げたいばかりに前後の考えもなく、海上保安官を海中に突き落としたものの、同人が早く現場付近にいた海上保安官に発見されて無事救助されることを念願しこれを期待しながら逃け去ったもので、殺意は認定し難いとしたました。

激情して殺人行為に及んだ場合の未必の殺意

 激情して殺人行為に及んだ場合においては、極度の興奮や咄嗟の行為であることのため、被害者の死亡の可能性について、行為者が明確に認識していない場合があります。

 この場合は、未必の殺意が認められるかが問題になります。

 例えば、「無我夢中で相手が死ぬなどということは、全く頭に浮かばなかった」と被告人が弁解する状況で、未必の殺意が認められるかが争点になります。

 このような状況で、未必の殺意を認定した事例として、以下のものがあります。

高松高裁判決(昭和31年10月16日)

 恨みを晴らすため、刃渡り15~16cmの包丁で被害者の腹の真中を突き刺し、肝臓に達する刺創を与えて失血死させた事案です。

 裁判官は、

  • 殺人罪の犯意、即ち殺意は、必ずしもそれが犯人の意識の表面に明確に現れたことを要するものではない
  • 殺意が意識の深層にあって、犯行時、夢中で人体の重要部分にそれを対象として重大な傷害を与えた場合には、たとえ犯人の意識の表面に殺意が現れていなかったとしても、なお殺人罪の故意を認めなければならない場合もある
  • 憤激の余り、夢中で日本刀をもって人の首をねらって切り付け、又は刺身包丁でその胸板をめがけて突き刺し、よってそれらの部位に大損傷を与えて死亡させた場合には、その犯人がその犯行の終わった瞬間平静に返り、こんなはずではなかった、殺す意思はなかったと真実反省したとしても、犯人に精神上の欠陥がなかった以上、それは意識の表面の問題に過ぎないのであって、その意識の深層における殺意を認めて殺人罪の成立を認めざるを得ないのである

と判示ました。

逃走を図って狼狽して殺人行為に及んだ場合の未必の殺意

 上記と類似した考え方を示す事例として、逃走を図って狼狽して危険行為に及んだ事案で、殺人罪の未必の殺意を認めた事案があります。

大津地裁判決(昭和37年5月17日)

 疾走中の自動車から警察官を墜落させて死亡させた事案で、未必の故意による殺人罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人はS巡査が、被告人運転の自動三輸車にぶら下り、次第に危険な姿勢になり、早晩墜落する以外にない状態に陥っているのを現認しながら、これに応じて停車するにおいては、闇米輸送や無免許運転について検挙せられ責任を追求されるのをおそれ、敢えてS巡査を振り落して逃走しようと決意し、時速約35kmの速度のまま疾走を続けた事実を認めることができるから、当然、S巡査が墜落することはこれを容認していたものと認むべきである
  • そうだとすると、ただ一途に逃走を図り、狼狽していたとしても、潜在意識において、右のような危険な状態においてS巡査が墜落するにおいては、通常一般的に予見せられ得る範囲の被害結果の生起することについてはこれを予見していたものと推認するのが相当である
  • そこで、右の如き場合、通常一般的に予見せられ得る被害結果の範囲について考えて見るに疾走中の自動車から人が墜落した場合、車輪に轢かれたり、あるいは地表に頭部等身体の重要部分を強打して傷害をこうむり、死亡するにいたることは自動車の交通事故において日常しばしば生起することであるし、医師作成の鑑定書などを総合すると、判示の如き状態において墜落すれば頭蓋底骨折による死亡の確率が充分であることが認められるから、判示の如き状態において墜落する場合、重傷を受けそのため死亡するにいたることは、通常一般的に予見せられ得る範囲に属するものといわねばならない

旨判示し、未必の殺意を認め、殺人罪が成立するとしました。

大津地裁判決(昭和39年9月8日)

 無免許運転の発覚をおそれ逃走しようとして、停車を命じている警察官めがけて突進して衝突し、警察官を死亡させた事案で、未必の殺意を認め、殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • M巡査は制服を着用しており、被告人の追越違反の事実を現認して、少なくとも被告人の自動車と約65メートル以上の距離で道路中央部(道路幅員9.5メートル)に出て、被告人に向かって手をあげて停車を命じたのであるから、M巡査は、当然被告人がこれに従い速度を減じM巡査を避けてM巡査の付近に停車することを期待していた
  • 被告人が減速もせず、M巡査を避けようともせず、かえってM巡査めがけて突っ込んで来ることは、ほとんど予想しないであろうということ、並びにこのような立場にいるM巡査めがけて、時速約47キロメートルの速度で自動車を突っ込んだ場合、M巡査が予想もしない危検から身を避けようとして避け損じ、自動車と衝突することがあろうということは、いずれも通常誰でも予想できることである
  • 本件の如く約10トンのセメントを積載したセメント運搬用大型四輪特殊自動車を時速約47キロメートルで人体に衝突せしめた場合、相手に与えるのは必然的に瀕死の重傷ないし死の結果であることは経験則上明らかなことである
  • 被告人の行動と供述を考え合わせると、被告人は意識上あるいは潜在意識下に、自車がM巡査に衝突し、重傷を与えるか、または死に至す危険性を充分認職しつつも、逃走したい一心からM巡査の生命身体に対する危険を顧慮することなく、あえてM巡査めがけて自車を突進ぜしめた
  • 従って、M巡査を殺害するにつき未必の故意があったことを認めるに十分である

と判示し、未必の殺意を認め、殺人罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和41年4月18日)

 小型貨物自動車のボンネット上に腹ばいとなり、わずかにワイパーをつかんで身を保っている被害者を目の前にしながら、これを振り落すべく蛇行運転に及んだ行為につき、未必の殺意の存在を認定した事例です。

 一審が暴行罪を認定したのを否定し、殺人未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本件の蛇行運転が高速運転中に相当の動揺を与える規模のものであったことを考えれば、逃げることに夢中で安全運転などということはもとより、被害者の生命身体に対する配慮など毛頭なかった当時の被告人の心情には、被害者に対する確定的な殺意はもとより無かったとしても、被害者を転落してでも逃げようという意識の根底には転落から生ずることあるべき危険な結果をも辞さぬという程度の容認が包蔵されていたとしても決して不自然ではない
  • 本件は、被告人がボンネット上に腹ばいになっていた被害者を振落そうとして蛇行運転をした点において、当時の被害者の体勢、蛇行運転の態様、程度からみて、被害者の転落の蓋然性が極めて高く、被害者の追及から逃れ去ろうとしていた当時の被告人らの心情からみても、未必的殺意を認定するに十分な事犯であると認められる
  • したがって、本件につき単に暴行罪の成立のみを認めた原判決は、証拠の価値判断を誤って事実を誤認したものといわなければならず、原判決は破棄を免がれない

と判示し、暴行罪を認定した一審判決を否定し、殺人未遂罪が成立することを示唆しました。

名古屋地裁判決(昭和46年1月28日)

 ボンネットの上に人を乗せたまま自動車を疾走させた行為について、未必の殺意を認め、殺人未遂罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被害者の当時の態勢、車両の速度、蛇行運転の態様等からみて、被害者の転落の蓋然性が極めて高く、かつ転落したときは当時の道路および交通の状況からして容易に死亡の結果発生が考えられる本件においては、被告人がボンネット上にうつぶぜになっている被害者を振り落そうとして高速運転とともに蛇行運転をした点から見て、被告人には被害者の生命身体の安全に対する配慮が少しも認められないのである
  • 被告人の被害者を転落させてでも逃げようという意識の根底には、転落から生ずる右のような危険な結果の発生をも辞さぬという程度の認容が包蔵されていたといっても決して不自然ではないと解される
  • よって未必的殺意を認定することとした

と判示し、未必の殺意を認め、殺人未遂罪が成立するとしました。

 上記裁判例から、激情殺において、生命に対する客観的危険性が高い行為については、潜在的・無意識の故意を持ち出すまでもなく、未必の殺意を認定することができる場合が多いといえます。

 生命に対する客観的危険性が高い行為について、未必の殺意を認定する場合に、被告人の供述に頼らず、凶器の種類、用法、被害者お傷の部位・程度、加害者・被害者双方の態勢など、行為の危険性に関わる客観的事実に重点を置いて認定判断する態度・手法が採られることが多いといえます。

次回の記事に続く

 不確定的殺意は、

  1. 未必の殺意
  2. 概括的殺意
  3. 択一的殺意
  4. 条件付きの殺意

の4つに分けられます。

 次回の記事で、②概括的殺意と③択一的殺意を説明します。

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧