刑法(脅迫罪)

脅迫罪(8) ~「告知される加害の内容は具体的でなければならない」「害悪は、行為者自身または行為者の影響下にある者の手によって行われるものとして告知されることを要する」を判例で解説~

告知される加害の内容は具体的でなければならない

 告知される加害の内容は、一般に人を畏怖させるに足りる程度のものでなければなりません。

 なので、告知される加害の内容は、ある程度は具体性を帯び、害悪の発生が一応可能であると思わせるようなものであることが必要があります。

 また、加害の対象が、刑法222条で列挙された法益(生命、身体、自由、名誉又は財産)に当たるかどうか判断できる程度の具体性も必要になります。

 具体性の程度の判断について、参考となる判例として、以下の判例があります。

告知される加害の内容の具体性を認め、脅迫罪が成立するとした判例

大審院判決(大正元年11月28日)

 この判例は、名誉に対する加害を手段とする脅迫罪について、

  • 他人の名誉を毀損すべき事実を摘発して名誉を侵害すべきことを相手方に告知すれば、加害の具体性は足りる
  • どのような名誉毀損の事実を摘発するかについての具体的内容を告げる必要はない

としました。

 裁判官は、原審が被告がM家の社会的罪悪を攻撃する旨の記事を掲載した雑誌を送付したことは認定しているが、公然事実を指摘して名誉を毀損した事実を認定していないとする被告側の上告趣意に対し、

  • 刑法第222条及び同第223条に規定する名誉に対する脅迫罪は、他人の名誉を毀損すべき事実を摘発して、名誉を侵害すべしと相手方に通告するをもって足り、いかなる名誉毀損の事実を摘発すべしと具体的事実を通告することを必要とせず
  • 故に原判決において、右名誉毀損の事実を判示せざるも、被告の脅迫罪を認めるにつき、理由の不備あるものにあらず

と判示しました。

最高裁判決(昭和26年7月24日)

 脅迫文言自体は、具体性の低い暗示的な表現であるが、具体的状況下では一般人に害悪の発生を信じさせるに足りるとした事例です。

 事案は、映画館の経営者である被告人が、S社の映画を地域の青年団が小学校で上映する計画であることを知り、青年団幹部に対し、「その映画はS社に権利金を納めてあり、上映する場合はS社との契約によりフィルムを没収する」などといって交渉していたところ、被告人が、「若い者30名を連れて小学校にフィルムを没収に行く」旨を警察署に対して電話したという事案です。

 脅迫内容は、「若い者30名を連れて小学校にフィルムを没収に行く」などと告知したというものであり、この内容で脅迫内容の具体性を満たしているとされました。

 裁判官は、

  • 被告人がフィルムを没収する旨を申し向けることは、脅迫罪の成立に必要な害悪の告知に該当すると認めるを相当とする
  • しかのみならず、被告人が中地区警察署に対し、若い者30名ほど連れてA小学校にフィルムを没収に行く旨を通告したことは、その前後の関係から観察して、警察署からB青年団側に告げられるであろうことは、被告人が十分認識していたものであることを推測するに十分である
  • そして、被告人が警察署に告知した右ことがらは、警察側から青年団員C等に告知されていることは挙示の証拠により明らかである
  • 脅迫罪における害悪の告知は、被害者に対し、直接になす必要なく、被告人において脅迫の意思をもって害悪を加うべきことを知らしめる手段を施し、被害者が害悪を被むるべきことを知った事実があれば足るのであるから、被告人の害悪告知がCらに対し、直接になされないとしても脅迫罪の成立をさまたげるものではない
  • 被告人がフィルムを没収すべきことを告知したことは、脅迫罪を構成すべき害悪の告知と認め得る

と判示しました。

最高裁判決(昭和29年6月8日)

 警察官に対する「売国奴とその手先どもの行為は来るべき人民裁判によって裁かれ処断されるだろう」という告知は、具体的な害悪の告知であるとし、脅迫罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 判示のような言説駐在所に勤務する一地方警察吏に対し、判示の如き手段で告知することは、その言説内容と、公知の客観的情勢とあいまって、ひとつの具体的、客観的害悪の告知であると解する
  • そしてこのことは、普通一般人の誰れもが畏怖を感ずるものと認め得られるのであるから、かような言説の告知は刑法所定の脅迫たるを免れない

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和25年10月10日)

 多数の復員者が、船医が職務怠慢であるとして、船位の診断を拒絶し、復員船に乗務させないことを要求する決議をするのは、船医の名誉に対する害悪の通告と認められるとし、脅迫罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 復員者のほとんど全員出席の座談会の席上、K船医の面前において、K船医が従来職務に属しない検食を行わなかった事実を捕え「K船医の職務怠漫であると非難し、K船医及びその補助者等の職務とする復員者に対する診断を拒絶し、K船医らを舞鶴港において下船させ、その後復員船に乗務させないことを要求する旨」の決議を為した
  • かような多数の復員者が、相結束して、船医の職務に属しない事実を捕え、職務怠漫であるとして、社会通念に照し正当と認むべき理由がないのに、協同の威力をもって、船医に対し、その診断を拒絶し、将来、復員船に乗務させないことを要求する旨その面前において決議するのは、船医の人格を蔑視し、船医として不適格者をもって遇せんとするものであって、人の名誉に対する害悪の通告たる性質を有し、被通告者を畏怖せしむるに足るから、脅迫罪を構成し、決議実行の有無は犯罪の成否に影響はない
  • また、たとえその通告する害悪が、刑法上の名誉毀損罪構成要件を欠くため、同罪の成立を見なくとも、その行為の脅迫罪を構成する妨げとはならない

と判示しました。

札幌高裁判決(昭和27年1月26日)

 「証人こしらえて、お前を罪におとしてやる」という告知は、人を畏怖させるに足る具体的事実であるとして、脅迫罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 云々、お前を罪におとしてやる。」旨の告知は、被害者の身体、自由、名誉又は財産に対しなされたものであるから、刑法第223条第1項所定の害悪告知の対象と符合するばかりでなく、刑罰は一般に人の恐れところである
  • 特に裁判検察の実情に通じていない者に対して、原判決摘示のような事実を告知するのは、一般的に見て、人をして畏怖の念を生ぜしむるに足り、これをもって害悪の告知というに妨げはない
  • また、強要罪における脅迫の内容は、人をして畏怖の念を生ぜしむる程度に具体的であれば足りるのであって「云々お前を罪におとしてやる。」というのはかかる意味において、人を畏怖させるに足る具体的事実であるといわねばならない

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和29年6月11日)

 警察官に対し「警察活動を止めないと必ず不幸が起こる」などと申し向けたことは、現実には警察官に畏怖の念を生ぜしめなかったとしても、客観的にみて、畏怖させるに足りる害悪の通告と認められるので、脅迫罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 被告人K、被告人M、被告人Sは共に、巡査Hの警察活動を阻止することを企て、巡査Hに対し、被告人Kは「今晩は共産党を代表して来た、君の行動は目に余るものがある。このまま放っておくことは共産党としてできない。皆の者は直接行動をとろうといっているが、自分がそれは未だ早いと抑えているのだ。」被告人Mは「君の警察活動を止めよ、止めないと必ず不幸が起こる。」被告人Sは「自分は直接行動をとれといったが小林が止めたのだ、君も妻子があるから、よく考えたらどうか、八幡屋の人達は皆君の敵ばかりだ」と各申向けた
  • 巡査Hが被告人らの言に従わず、引続きその職務を遂行するにおいては、共産党を背景として、将来、巡査Hの身体等にいかなる危害が及ぶやも知れない旨を通告した事実を認めることができる
  • 被告人らが共謀の上、巡査Hを畏怖せしめる目的をもって、多衆の威力を示し、かつ数人共同して、巡査Hを畏怖せしめるに足りる害悪の通告、すなわち脅迫行為をなしたものに該当すること疑なく、それが暴力行為等処罰に関する法律第1条第1項の犯罪を構成し、それについての各犯意が存在したことはまことに明白である
  • たとえ右害悪の通告により、現実には巡査Hに畏怖の念を生ぜしめなかったとしても、客観的にみて、それが畏怖せしめるに足りる害悪の通告である以上、右犯罪の成立を否定し得ないものと解すべきである

と判示しました。

名古屋高裁判決(昭和30年6月21日)

 「もし物産館の問題を続けるならば、教育界方面にも不正事実があるから更に摘発する」「謝罪せなければ断固第三弾の処決に及ぶ」との通告は、具体的な害悪の告知であるとして、脅迫罪を認定しました。

 裁判官は、

  • H議員その他Nらの名誉毀損の事実を摘示した文書の中において、「もし物産館の問題を続けるならば、教育界方面にも不正事実があるから更に摘発する、4月21日までに悔悟一番、前非を悔い、病める市長に謝罪せなければ、断固第三弾の処決に及ぶ」と記載し、前記H議員及びNらに通告したのであるから、明らかに具体的に名誉を害するかもわからないと害悪の通告をなして、H議員及びNらを畏怖せしめたものである

と判示し、脅迫罪が成立するとしました。

告知される加害の内容の具体性を否定し、脅迫罪は成立しないとした判例

静岡地裁判決(昭和33年5月20日)

 警察官に対し、「日本共産党の者だ」と前置きして、「お前に俺があれほど言っておいたのに、昨夜は大きな網を張ったな、獲物があったろう」「これから部落に紐つきをおいて俺たちの行動をさぐり、情報をとらせ連絡すると承知せんぞ」などと怒鳴り散らしたうえ、「これから新聞やビラを配ったのを集めたり、俺たちの行動を捜ったりするとたんまりお礼をするぞ、今度の事も本署に連絡するな」と申し向けた事案です。

 上記発言は、告知される害悪の内容が客観的かつ具体的で、一般的にみて畏怖に値するものではないとして、脅迫罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

 裁判官は、

  • 刑法第222条所定の脅迫たるには、告知される害悪の内容が客観的かつ具体的で、一般的にみて畏怖に値するものであることを要するものと解すべきところ、被告人両名は、ただ「この事を本署に連絡するともっと重い責任を持ってくるぞ」と申し向けたのにとどまる
  • もっとも、被告人らは、こもごもいやがらせと思われることをいろいろ申し述べているが、結局、Mの家族が医療保護を受けられるよう協力されたい旨懇請するため駐在所に赴いたものであり、さらに告知の日時、場所、告知の方法、被告知者の環境等をあわせ考えると、右言説は、前記の意味における害悪を告知したものと解することはでぎないから、本件は脅迫罪に該当しないものと言わなければならない
  • 従って、犯罪の証明なしとして、この点につき被告人両名に対し刑事訴訟法第336条後段により無罪の言渡をなすべきものである

と判示し、加害の具体性を欠くため、脅迫に当たらないとしました。

 なお、この地裁判決は、東京高裁判決(昭和34年4月30日)においても維持され、裁判が確定しています。

大審院判決(大正15年11月12日)

 小作人地主に対して、「貴様が小鳥や犬を飼うのも、せがれを中学にやるのも、我々の汗だ」「つれを海軍軍医に出させているのも、我々小作人が汗水たらしたのを巻き上げて出したのだ」と叫んだ行為について、裁判官は、

  • 言辞 矯激に失するきらいなきにあらずといえども、結局、地主は小作人より小作料を請求して、余裕ある生活をなしいる旨を怒号したるにほかならず

と判示し、名誉毀損の害悪の通告とはいえないとし、害悪の告知が具体性に欠けるために脅迫罪に当たらないとしました。

名古屋地裁判決(昭和39年3月30日)

 「遠からぬ将来において、人民と正義の名において貴様に厳烈な審判が下されるであろう」などと記載した葉書を郵送した事案で、意味内容が漠然として具体性がないとし、当時の社会情勢、被告知者の職業を考慮しても、畏怖させるに足るものとは認められないとして、脅迫罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 脅迫罪は他人に害悪を加うべきことを通告することによって成立するのであるが、本件の「遠からぬ将来において人民と正義の名において貴様に厳烈な審判が下されるであろう」との文言はその意味内容、甚だ漠然として具体的でないため、たとえ葉書の前段の文言と対照してみても、害悪を加えようとするものか否か不明であり、一歩を譲って何らかの害悪を加えようとするものであるとしても、その何であるかは全く明らかでない
  • 従って、これでは人を畏怖させるに足る程度の害悪の通知とは認められない
  • もっとも、この文言を敷衍し憶測を強めれば、いわゆる人民裁判によって裁かれるであろうとの意味があるとの説を唱えるものがあるかも知れない
  • それでも、このような事項の通知が害悪の告知になるかは問題であるが、とにもかくにも、昭和26年当時、近い将来において人民裁判が行われるような社会的変革が起こることが、一般的にはもちろん、国民の相当部分に予想されていたということは認められず、むしろそのようには考えられていなかったというべきであるから、かかる変革を前提とする人民裁判による審判を行うことを告知しても、具体的実現性のない事項の通知となるため、一般的に畏怖の念を生じさせる可能性はなく、まして判事であるNを畏怖させるに足るものとは認められない
  • そればかりでなく、厳烈な審判なるものを、被告人A自身が行うとのことは、葉書の文面からは全く認められないばかりでなく、被告人以外の誰が行うのであるか、被告人Aが何かの関係で誰かにこれを行わせるのか、又はこれを行う者に対して被告人Aが影響を与え得るのであるかということが一切示されていない
  • さらに、本件葉書には差出人たる被告人Aの住所氏名が明記されているが、もし被告人にNを脅迫する意思があったならば、捜査官が捜査に着手すれば容易に検挙されるような自己の住所氏名を記載することはなかろうと考えるのが普通であって、このような記載をしたことは、被告人Aに脅迫の意思がなかったことの現われであると見ることもできる
  • 以上の諸点より、被告人Aの所為は、いわゆる警告に類するものであって、脅迫罪を構成しないと認めるから、刑事訴訟法第336条に則り、無罪の言い渡しをする

と判示しました。

 なお、この地裁判決は、名古屋高裁判決(昭和45年10月28日)においても維持され、裁判が確定しています。

 この名古屋高裁判決では、

  • 脅迫罪が成立するためには、相手方の生命、身体、自由、名誉または財産に対する害悪の告知が存し、その害悪が、行為者自身もしくは行為者の影響下にある者の手によって、その他少くともその行為者によって、左右されるものとして告知されることを要する(ただし、現実に、その行為者が左様な影響力をもっていることを要しない)と解される
  • 葉書の記載内容から、それがNの生命、身体、自由、名誉または財産に対する害悪の告知であり、この害悪が、被告人Aもしくは被告人Aから直接、間接に影響を受ける何人かによって加えられることを予告したものであることが明らかに読みとれるとの結論に達し得ない本件である以上、やはり本件においては、被告人Aによる右葉書の郵送が、脅迫罪の前記構成要件および脅迫の犯意を欠き、脅迫罪を構成しないものと解するほかはない

と述べ、名古屋地裁判決を支持しました。

 特に、『害悪は、行為者自身または行為者の影響下にある者の手によって行われるものとして告知されることを要する』旨判示した点は押さえておきたい点になります。

東京高裁判決(昭和33年6月28日)

 この判例は、口論の際、「俺は監獄の飯を食ってきたんだぞ。お前らになめられない」など言った行為に対して、脅迫罪の成立を否定しました。

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