刑法(公正証書原本不実記載罪等)

公正証書原本不実記載罪(3)~本罪の行為①「『公務員』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、公正証書原本不実記載罪、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)を適宜「本罪」といって説明します。

本罪の行為

 本罪(刑法157条1項)の行為は、

公務員に対して虚偽の申立てをし、権利、義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利、義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせること

です。

「公務員」とは?

1⃣ 本罪における「公務員」は、

登記官、公証人、市町村長などのように、公正証書の原本に記載し、又は原本として用いられる電磁的記録に記録する権限を有する公務員

でなければなりません。

2⃣ 「公務員」は、日本国の公務員に限られます。

 この点につき、最高裁判決(昭和27年12月25日)は、

  • アメリカ領事館員は刑法にいわゆる「公務員」にあたらない

と判示しています。

3⃣ 権限を有する公務員から授権を受けた公務員や、作成補助者たる公務員に対する申立ても本罪に当たります。

公務員との共犯

1⃣ 公務員が、虚偽の申立てをした者と意思を相通じ、公正証書の原本に不実の記載をし、又は公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をしたときは、当該公務員には、

   あるいは

が成立し、申立人はその共同正犯(共犯)となります。

 この点、参考なる以下の判例があります。

大審院判決(明治44年4月27日)

  村長の虚偽公文書作成行為に助役が加担した事案です。

 裁判所は、

  • 助役は、村長の補助機関に過ぎざれば、村長自らその資格を冒用して虚偽の文書を作成するに当たり、助役これに加功するも、その助役は自己の職務に関し、虚偽の文書を作成したるものというを得ず
  • 公務員と共謀してその公務員の職務に関し、虚偽の文書を作成するにおいては、公務員に非ざる者もまた刑法156条(虚偽公文書作成罪)における犯罪の正犯たるを免れず

と判示しました。

大審院判決(明治44年4月17日)

 執達吏(執行官)の虚部文書作成行為に、公務員ではない私人が加担した事案です。

 裁判所は、

  • 執達吏と共謀してその職務に関する公文書を偽造したる一私人は、刑法第156条(虚偽公文書作成罪)の犯罪者たることを免れず

と判示しました。

 学説では、申立人については、公務員と意思を通じていても本罪によるべきだとする見解がありますが、虚偽公文書作成罪あるいは公電磁的記録不正作出罪の共同正犯を認めるのが相当でるとされます。

2⃣ 申立人が虚偽の申立てをしたところ、公務員が、偶然、その申立てが虚偽の事実にかかることを知ったにもかかわらず公正証書の原本へ不実の記載をし、あるいは公正証書の原本として用いられる電磁的記録へ不実の記録をした場合、申立人の罪責はどうなるかについては、以下①②の考え方があります。

虚偽の申立てを受けた公務員に実質的審査権限があるときには、当該公務員には虚偽公文書作成罪(刑法156条)あるいは公電磁的記録不正作出罪(刑法161条の2)が成立すると考えられるので、結局、申立人に本罪の意思で、虚偽公文書作成又は公電磁的記録不正作出の教唆罪に当たる行為をしたこととなり、錯誤があることになって、法定的符合説の立場では通常本罪の責任を負うことになる。

 しかし、当該公務員に無印虚偽公文書作成罪が成立するときには同罪の教唆犯の罪責を負うにとどまる。

 なお、この場合、虚偽の申立てと不実の記載、記録との間に因果関係があるか否かも問題となり得ます。

 この点については、登記官が土地又は建物の表示に関する登記手続に際し、高度に証明力が保証されている公文書による証明がある場合にこれを全面的に信用して実質的審査権を行使しなかった事案について、虚偽申立てと不実記載との間に因果関係があることは明らかであるから、登記官に実質的審査権限があることを理由に申立人が本罪の責任を免れるものではないとした以下の裁判例が参考になります。

大阪高裁判決(昭和41年11月14日)

 非農地証明書を発行する権限を有する農業委員会長が部下に命じて虚偽の非農地証明書を発行し(虚偽公文書作成罪)、その非農地証明書を登記官に提出し(虚偽公文書行使罪)、土地の地目を畑から山林に変更させて登記簿原本に不実の記載させ、これを備え付けさせた(公正証書原本不実記載罪、不実記載公正証書原本行使罪)という事案で、不動産の表示に関する登記につき、登記官吏が実質的審査権(自由裁量権)を有することとと、公正証書原本不実記載罪の成否との関係について述べた判決です。

 裁判所は、

  • 不動産登記法は土地又は建物の表示に関する登記につき、登記官吏に実質的審査権を与えているものと解せられ、申立の内容を採用するかどうかについて自由裁量権を認めているが、実質的審査権があるからといっても必ずこれを行使しなければならないわけではなく、高度に証明力が保証されている公文書による証明がある場合には、これを全面的に信用し、実質的審査権を行使しないで、これに従うのが通例であると考えるところ、本件についてもその例にもれず登記官吏が実質的審査をなしたと認むべき資料はない
  • そして、証拠によると、従来大阪法務局管内、においては地目変更申請の際に添付される市町村農業委員会長発行の非農地証明書を全面的に信用し、その採否について自由裁量権を行使する余地のないものとし、いわゆる登記原因を証する書面として取り扱い地目変更の登記をしていたことが認められるから、本件非農地証明書を添付してなさた本件虚偽申立と不実記載との間に因果関係の存することは明らかであり、登記官吏に前記自由裁量があるからといってこれらの罪の成立を免れるものではない

と判示し、虚偽公文書作成罪、虚偽公文書行使罪、公正証書原本不実記載罪、不実記載公正証書原本行使罪が成立するとしました。

虚偽の申立てを受けた公務員に形式的審査権限しかないときには、当該公務員には虚偽公文書作成罪(刑法156条)あるいは公電磁的記録不正作出罪(刑法161条の2)が成立するか否かは見解が分かれるが、当該公務員に上記の罪が成立しないとすればもとより、当該公務員に上記の罪が成立するとしても、上記①で検討したとおり、申立人は、通常、本罪の責任を負うことになる。

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