前回の記事の続きです。
この記事では、有印私文書偽造罪(刑法159条)を適宜「本罪」といって説明します。
名義人の承諾があっても私文書偽造罪が成立する場合の共同正犯(共犯)の成否
他人名義の文書を作成しても、文書の名義人から有効な承諾を得ていれば名義を冒用したことにはならず、本罪は成立しないのが普通です(詳しくは前回の記事参照)。
しかし、文書の性格いかんによっては、そのような承諾があっても本罪が成立する場合があります。
例えば、判例・裁判例において、文書の名義人から承諾を得ていても本罪が成立するとした事例として、
が挙げられます。
このような場合、名義の使用を承諾した者の罪責はどうなるかがが問題となります。
つまり、名義人の承諾があっても私文書偽造罪が成立すると解する場合に、承諾を与えた名義人が、当該文書偽造罪の共同正犯(共犯)となり得るかという問題です。
この点、裁判例は、共謀共同正犯になるとしています。
東京地裁判決(平成10年8月19日)
一般旅券発給申請書はその性質上名義人たる署名者本人の自署を必要とする文書であるから、被告人の事前の承諾があったとしても、他人が被告人名義の右申請書を作成してこれを行使した行為は有印私文書偽造、同行使罪に該当し、本件における被告人の具体的な関与の状況に照らせば、名義の使用を承諾した被告人は、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の共謀共同正犯としての責任を負うとした事例です。
事案は、被告人Aが、不正に日本人名義の一般旅券を得ようと企てた者Bからの依頼で自己名義(Aの名義)の使用を承諾し、Bにおいて一般旅券発給申請書に被告人Aの氏名等を記載し、Aの写真を貼付して申請書を作成して行使したというものです。
裁判所は、
- 本件一般旅券発給申請書は被告人名義であるが、一般旅券発給申請書は、その性質上名義人たる署名者本人の自署を必要とする文書であるから、例え名義人である被告人が右申請書を自己名義で作成することを承諾していたとしても、他人である共犯者が被告人名義で文書を作成しこれを行使すれば、右申請書を偽造してこれを行使したものというべきである
- そして、被告人は文書偽造及び同行使の実行行為自体は行っていないものの、前記認定した事実、殊に、本件犯行の実現のためには被告人の関与が不可欠であったこと、65万円という多額の報酬を受領していることなどに照らせば、被告人は自己の犯罪として右犯行に関与したものというべきであって、共謀共同正犯としての責任を負うものである
- 被告人が右偽造文書の名義人であり、単独では正犯にはなり得ないことは右結論には影響しない
と判示し、有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪の共謀共同正犯が成立するとしました。