前回の記事の続きです。
この記事では、有印私文書偽造罪(刑法159条)を説明します。
代理・代表資格を冒用して文書を作成した場合、文書偽造罪が成立する
代理・代表資格を冒用(名義の権利者の同意を得ないで、その名称等を使用すること)して文書を作成した場合、文書偽造罪が成立します。
このようになる理論を説明します。
まずは、代理・代表名義の文書について、文書の名義人は誰かを整理し、文書偽造罪の成否を考えます。
代理・代表名義の文書は、本人(代理人・代表者に代理権・代表権を与えた者)の意思に基づいて作成された文書であるとみられ、代理人・代表者の意思表示の効果が本人に帰属する法形式の文書なので、その名義人は本人となります。
別の言い方をすると、代理・代表名義の文書は、代理人・代表者の意思表示の効果が本人に帰属する性質の文書であるがゆえに、本人の意思に由来する文書とみられることになり、その作成名義人は本人ということになります。
そして、代理人・代表者が、代理・代表資格を冒用して、本人名義の文書を作成すれば、文書偽造罪が成立します。
例えば、Bが山田太郎の代理人であった場合に、Bが「山田太郎の代理人B」と記載した文書を作成すれば、山田太郎名義の文書を作成したことになり、そして、Bには山田太郎の代理権があるので、文書偽造罪は成立しません。
しかし、Bが山田太郎の代理人ではないのに、Bが「山田太郎の代理人B」と記載した文書を作成すれば、山田太郎名義の文書を作成することになるが、Bは権限なく山田太郎の名義の文書を作成したことになるので、文書偽造罪が成立します。
例えば、Bが株式会社山田の代表者であった場合、Bが「株式会社山田の代表者B」と記載した文書を作成すれば、株式会社山田名義の文書を作成したことになり、Bには株式会社山田の代表権があるので、文書偽造罪は成立しません。
しかし、Bが株式会社山田の代表者ではないのに、Bが「株式会社山田の代表者B」と記載した文書を作成すれば、株式会社山田名義の文書を作成することになるが、Bは権限なく株式会社山田の名義の文書を作成したことになるので、文書偽造罪が成立します。
判例
この点については、判例は、代理・代表名義の文書は、
「文書によって表示された意識内容に基づく効果が、代表もしくは代理された本人に帰属する形式のものであるから、その名義人は代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である」
としています(大審院判決 明治42年6月10日、最高裁決定 昭和45年9月4日)。
大審院判決(明治42年6月10日)
裁判官は、
- おおよそ他人の代理者たる資格をもって文書を作成する立場において、その代表者は自己のためにこれを作成するものにあらずして本人すなわち被代理者のためにこれを作成するものなれば、その文書は代理者その人の文書にあらずして本人の文書に属し、従って、該文書は代理者に対しその効力を生ずるものにあらずして本人に対しその効力を生ずるものと論定せざるべからず
- 故に、苟も他人の代理者たる資格を詐り文書を作成するにおいては、その効果は直接に他人の署名を詐り文書を作成したる場合と敢えて選ぶところなきをもって刑法第159条第1項所定の犯罪中には前記の所為をも包含する
としました。
代表名義の文書の名義人について、裁判所は、
- 他人の代表者または代理人として文書を作成する権限のない者が、他人を代表もしくは代理すべき資格、または、普通人をして他人を代表もしくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書の名義人は、代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である
と判示しました。
なお、代理・代表名義の冒用といえるか、単なる肩書・資格の冒用にすぎないのか、区別が微妙な事案もあり、その事案の判例として以下のものがあります。
A株式会社臨時株主総会議事録及びA社取締役会議事録を被告人がそれぞれ「議長取締役」と表示して作成した事案について、各文書の作成名義人はA株式会社臨時株主総会及びA社取締役会であって、被告人には作成権限がなかったから有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪が成立するとしました。
参考
「代理・代表資格の冒用」に関する説明は、以下の記事でも行っています。
文書偽造・変造の罪(15)~偽造の概念⑦「代理・代表資格を冒用して文書を作成した場合、文書偽造罪が成立する」を説明