前回の記事の続きです。
この記事では、有印私文書偽造罪(刑法159条)を説明します。
私文書偽造罪の罪数の考え方
文書偽造罪の本質を作成名義の真正に対する公の信用の保護に求めるならば、作成名義ごとに一罪が成立するというのが論理的です。
しかしながら、文書には様々な内容、形態のものが存在するため、すべてを1つの基準で割り切ろうとすると、不合理な結果になり得ることは否めず、画一的な基準で判断することはできません。
文書偽造罪の罪数を定める標準について、判例・学説の見解は分かれており、以下の①~⑦の考え方に整理することができます。
- 冒用された文書の作成名義の数を標準とするもの(大審院判決 明治42年3月11日)
- 文書の物体自体の個数を標準とするもの(大審院判決 大正6年3月10日)
- 文書作成の意思の個数を標準とするもの(学説)
- 文書の内容である事項の数を標準とするもの(大審院判決 昭和10年1月31日)
- 侵害される法益の数を標準とするもの(大審院判決 明治43年7月1日)
- 総合判断説(文書の作成名義を主眼としつつ、文書の物体自体の数、文書の内容である事項の数及び侵害される公共的信用の意味にも着目して総合的に判断)
実際の裁判では、作成名義の数を主眼としつつ、文書の物体自体の個数や、文書の内容である事項の数、侵害される公共的信用の意味等にも着目して、総合的に判断しているといえます。
判例は、私文書偽造罪の罪数の考え方について、必ずしも一貫していません。
参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(明治42年3月11日)
2人の名義を冒用して1通の土地売渡契約証書を偽造した場合につき、私文書偽造罪の観念的競合(刑法54条1項前段)になるとした事例です。
裁判所は、
- 単一なる意思の発動により同時に2人以上の印章若しくは署名を使用して権利義務に関する1個の文書を偽造したる所為は、刑法第54条にいわゆる1個の行為にして数個の罪名に触れるものなりとす
と判示しました。
大審院判決(明治43年7月1日)
数名の署名を冒用して一個の私文書を偽造した場合は、法益を基準として公の信用たる一個の法益を侵害するにすぎないとし、私文書偽造罪の観念的競合ではなく、私文書偽造、同行使の各一罪が包括一罪として成立するとした事例です。
裁判所は、
- 数人の署名を冒して刑法第159条第1項に該当する1個の私文書を偽造し、これを行使したる場合においては、その署名者の数に関係なく、私文書作成名義に対する公の信用なる1個の法益を侵害したるものにほかならざれば、1個の行為によりて数個の罪名に触れたるものというを得ず
と判示しました。
大審院判決(大正3年3月24日)
妻の訴訟代理の委任状と、妻の当該訴訟行為に対する夫の許可書の偽造につき、用紙の同一なるをもって一個の行為とすることができないとして文書の内容たる事項ごとに文書偽造罪が成立するとし、1個の行為が2個の行為に触れる観念的競合として一罪にはならないとした事例です。
裁判所は、
- 妻が訴訟行為を他人に委任する行為と、妻の訴訟行為に対する夫の許可とは、全く性質及び効果を異にするものなるをもって、たとえ同一紙片の前後に列記せらるるも、当該委任状及び許可書は格別の紙片に認められたると同じく全然別個の文書なりとす
- 従って、これが偽造もまた格別の行為にして同一の罪名に触れるものにほかならざれば、たまたま用紙の同一なるの故をもって一行為なりと為すを得ず
- 原判決がこれをもって一行為にして二個の罪名に触れるものとして刑法第54条を適用したるは失当である
と判示しました。
福岡高裁宮崎支部判決(昭和29年10月6日)
銀行預金通帳における預入れ又は払戻しの記載はその各日付ごとに独立の私文書をなし、その偽造が同時に行われた場合でも、それぞれ独立の私文書偽造罪を構成し、各私文書偽造罪は併合罪となり、これを行使するときは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するの、偽造私文書行使罪については観念的競合になるとしました。
裁判所は、
- 銀行預金通帳の記載は、その各日付ごとに預入又は払戻の金額、その年月日、差引残高を証明する各独立の文書をなすのであるから、その偽造行為が同時に行われた場合でも、各独立の私文書偽造罪を構成するものというべく、これを行使するときは、偽造私文書行使の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するものと解するのが正当である
と判示しました。
大審院判決(明治7年7月20日)
私文書の偽造とその行使とは、通常手段結果の関係にあり、牽連犯となるとしました。