これから13回にわたり、虚偽告訴罪(刑法172条)を説明します。
虚偽告訴罪とは?
虚偽告訴罪は、刑法172条において、
人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の拘禁刑に処する
と規定されます。
虚偽告訴罪は、人に刑事・懲戒処分を受けさせる目的で、
をすること内容とする犯罪です。
保護法益
虚偽告訴罪の保護法益は、
「国家の裁判に対する国家的法益」と「個人の名誉信用に対する個人的法益」の両方
を保護法益とし、
国家的法益を中心として、個人的法的を従とする
のが判例の考え方です。
虚偽告訴罪の保護法益について判示した判例として、以下のものがあります。
大審院判決(明治45年7月1日)
裁判所は、
- 誣告罪(現行法:虚偽告訴罪)は、一方国家の裁判に対する公の法益侵害たると同時に他方において個人の名誉信用に対する私の法益侵害たるべき行為にして、これに関する一個の行為が誣告の罪名に触るる箇所を測定するには、私の法益侵害の側面につき計量すべきものとす
- 故に、一人に対し1個の行為をもって贈賄及び窃盗教唆に関する虚偽の事実を挙げて誣告を為すにおいては、すなわち1個の名誉信用に対する私の法益侵害なるが故に、1個の罪名に触るるにとどまり、数個の罪名に触れることなきのみならず
と判示しました。
大審院判決(大正2年5月2日)
裁判所は、
- 誣告罪(虚偽告訴罪)の性質たる国家の裁判権の行使を誤らしめ、又は誤らしめんとするおそれを生じ、もって公益を害すると同時に、直接被誣告者(被申告者)の人格に対し侵害を加ふるものにして、その侵害は間接若しくは付従のものというを得ず
- 故に、本件におけるが如く1個の行為をもって数人を誣告したる場合においては、その各人に対する法益侵害あるものといわざるを得ず
と判示して、個人的法益が単なる反射的効果ではないことを明らかにしました。
大審院判決(大正元年12月20日)
裁判所は、
- 誣告罪(虚偽告訴罪)の一方所論の如く個人の権利を侵害すると同時に他の一方において公益上当該官憲の職務を誤らしむる危険あるがため処罰するものなるが故に、縦し本案は所論の如く被誣告者において承諾したる事実ありとするも、本罪構成上何ら影響を来すべき理由なきをもって本論旨は理由なし
と判示しました。
大審院判決(昭和11年12月26日)
裁判所は、
と判示しました。
大審院判決(昭和15年2月5日)
裁判所は、
- 原判示によれば、被告人は所論申告事実につき、その虚偽なるとの認識あるものと解し得べきのみならず、縦し被告人が恨みを晴らすため、世上のうわさを軽信し、事実の存在を確認したる非ずして、みだりにA及びBに対し、刑事の処分を受けしむるため、右事実を当該官庁に申告せる行為は、虚偽の事実を申告したるものにほかならず、蓋存否確信なき事実を申告するは被申告者の権利を侵害すると同時に、裁判権の行使を誤らしめ、又は誤らしめんとするおそれあるものなればなり
と判示しました。
主体(犯人)
虚偽告訴罪の主体(犯人)は、
虚偽の告訴・告発をされた者以外の者(被申告者以外の者)
です。
自己を対象とする虚偽告訴(自己申告)が虚偽告訴罪に当たるか否かという問題がありますが、真犯人の身代りならば犯人隠避罪に当たることは別として、
- 「人」とは、他人すなわち自己以外の者と解されること
- 虚偽告訴罪の保護法益は、国家的法益と個人的法益とみるので、個人的法益の侵害の危険性がないこと
から虚偽告訴罪は成立しないとするのが通説です。
ただし、自己に対する虚偽告訴を人に教唆するときは、虚偽告訴教唆罪の成立を認めるべきとされます。