刑法(虚偽告訴罪)

虚偽告訴罪(10)~「既遂時期」を説明

 前回の記事の続きです。

虚偽告訴罪の既遂時期

 虚偽告訴罪(刑法172条)は、

虚偽の申告が相当官署に到達すること

によって、既遂となります(既遂の説明は前の記事参照)。

 虚偽申告の書面が相当官署に到達し、閲覧し得る状態に置かれれば足ります。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(大正3年11月3日)

 裁判所は、

  • 誣告罪(虚偽告訴罪)の成立には、告訴状が当該捜査官署に到達し、捜査官吏の閲覧し得べき状態に置かれるをもって足り、該官吏を受理して捜査に着手したることを要せず

と判示しました。

 このことから、

  • 申告対象者が書面の内容を知ること
  • 実際に捜査機関や懲戒権者が捜査又は調査に着手したこと
  • 公訴が提起されたこと

は虚偽告訴罪の既遂を認めるにあたり必要ではありません。

 なお、虚偽告訴罪は、未遂の処罰規定はなく、虚偽告訴未遂罪はありません。

判例

 参考となる以下の判例があります。

大審院判決(明治43年6月23日)

 岐阜地方裁判所所属の検事を懲戒に付する目的で、岐阜地方裁判所宛の書面を東京において郵便に投函した事案で、その裁判管轄が争われた事例です。

 裁判所は、

  • 誣告罪(虚偽告訴罪)は、刑事又は懲戒処分を受けしむるため不実の事項を申告するによりて成立するものなれば、単にその事項を記載する書面を郵便に付するも、未だもって犯罪行為に着手するものというを得ず
  • 何となれば、その書面の到違せざる限りは申告の事実なければなり
  • 故に原判決によれば、被告が不実の事項を記載する書面を作成し、これを東京市内にて郵便に付したる当時、誣告罪の成立するものに非ずして、岐阜地方裁判所に到達せしめたるにより成立するものなれば、岐阜地方裁判所をもって本件の管轄裁判所なりとし、その判決に対する被告の控訴を受理審判したる原判決は、相当にして本論旨は理由なし

と判示し、当該書面が岐阜地方裁判所に到達して虚偽告訴罪が成立することを理由に岐阜地方裁判所に管轄を認めました。

大審院判決(大正4年4月2日)

 弁護人が、

  • 虚偽の事実を記載した書面を郵便で発送したことが認められても、その到達の証拠があげられていないのは違法である

と主張したの対し、裁判所は、

  • 人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむるために虚偽の事項を記載したる文書を郵便に付して捜査権若しくは監督権を有する官庁に申告する場合に在りては、これが発送によりて犯罪成立するにあらずして、その文書が当該官庁に到達する時においてその罪成立すべく
  • 而して、通常郵便物はその表示せられたる宛所に逓送配達せらるをもって常態と為すも、各般の事由により時としては不着の結果を看ることなしとせざるをもって、前顕申告文書の到達の事実に関する証拠理由を欠如する判決は、刑事訴訟法第203条に違背する不法ありといわざるべからず
  • 原判決を査するにその確定せる事実中、被告が森林主事Aをして懲戒処分を受けしむるの目的をもって虚偽の事項を記載したる密告書2通の中、1通を農商務大臣に宛て郵送し、これを農商務大臣に到違せしめて誣告(虚偽申告)したりとの部分に対しては、被告が該文書を郵便に付したることを認め得べき証拠を掲したるに止まり、毫もその宛所到達の事実を認むべき証拠理由を付せざるが故に、原判決は違法にして論旨は理由あり原判決は破段を免れず

と判示し、判決において、郵送した虚偽の事実を記載した書面が到達したことが証拠上明らかになっていないことを違法としました。

大審院判決(昭和13年6月17日)

 検事宛の虚偽の申告書を警察署長官舎の郵便受けに投函したことで既遂に達するか否かについて、裁判所は、

  • 書面をもって人を誣告(虚偽告訴)する犯罪の成立するには、捜査権を有する官吏又はその補助機関たる官吏に対し虚偽の申告を為し、その申告が同人らの閲覧し得べき状態に置かれたるをもって足れりと為し、必ずしも当該官吏においてこれを接受するを要せざるもんとす
  • 蓋し、虚偽の申告は、発送したるのみをもって完成したりとせず
  • 必ずやその到達を要するも、到達はその者において現実に接受したることを要せず
  • 閲覧し得べき状態に置かれたる時もまた到達したるものと同一視すべきものなればなり
  • 而して、原判示を見るに、被告人は東京地方検事局小松川方面検事宛の判示上申書1通を小松川警察署長官舎郵便受函に投入したるものにして、すなわち宛名人たる検事の補助機関たる警察署長の官舎の郵便受函に投入したるものに係り、該書面が右官舎の郵便受函に入れらたる以上、何時にしても検事の補助機關たる右警察署長の閲覧し得べき状態に置かれたるものなれば、原判決は誣告罪の成立に欠けるところなく、論旨理由なし

と判示し、虚偽の申告書を郵便受けに投函した時点で警察署長の閲覧し得べき状態に置かれたものとして虚偽告訴罪の既遂と認めました。

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