刑法(虚偽告訴罪)

虚偽告訴罪(11)~「虚偽告訴罪の罪数の考え方」を説明

 前回の記事の続きです。

虚偽告訴罪の罪数の考え方

 虚偽告訴罪(刑法172条)の罪数は、個人法益の侵害の点を考慮し、

被申告者の数を標準として決する

というのが判例の考え方です(虚偽告訴罪の保護法益の説明は前の記事参照)。

1通の書面で同一人に対する数個の虚偽の犯罪事実を記載した告訴が行われた場合の罪数の考え方

 1通の書面で同一人に対する数個の虚偽の犯罪事実を記載した告訴が行われた場合は、1個の虚偽告訴罪が成立します。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(明治44年2月28日)

 裁判所は、

  • 誣告罪(虚偽告訴罪)は、人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的をもって虚偽の事実を官に申告するにより成立するものなれば、誣告の目的は人を陥害するに在るをもって数個のの犯罪ありとして不実の申告を為すも、その申告にして1通の告訴状をもって一人に対して為したるものなるときは、その行為たるや1個にしてその目的もまた一人を陥害せんとするにありて単一なるが故に1個の誣告罪を成すに止まり、数罪を構成せざるない

と判示し、一罪に当たるとしました。

1通の書面によって数人の虚偽告訴が行われた場合の罪数の考え方

 1通の虚偽申告の書面をもって複数名の虚偽告訴を行われた場合は、虚偽告訴が行われた人数分の虚偽告訴罪が成立し、各虚偽告訴罪は観念的競合として一罪となり、1個の虚偽告訴罪が成立します。

 1通の告発書をもって4名に対して虚偽告訴に及んだ事案です。

 裁判所は、

  • 刑法第54条は1個の行為にして数個の罪名に触れる場合について規定せり
  • すなわち同条は1個の行為にして法律が刑罰を制裁として保護する法益の数個を侵害する場合を規定するが故に、同条にいわゆる行為の個数を定むる標準は行為によって侵害されるところの法益の個数によるべきものに非ざることは、同法文の趣旨に徴して明瞭なりとす
  • 然れば、同条にいわゆる行為とは、犯人の意思実行とその意思実行に基づく結果とを包括したるものにして、行為の個数もまたこの因果の関係を有する意思実行と結果とを基本として算すべく、二者各2個以上あるに非ざる以上は、行為は数個とありということを得ざるものと解するを穏当なりとす
  • 而して、原判決において認定したる事実によれば、被告は広島県賀茂郡村長A、同村区長B、同村区長代理C及び同村Dの4名をして刑事の処分を受けしむるため、右4名を誣告(虚偽告訴)したるも、その誣告の手段としては、原判決は被告が判示虚偽の事実を記載する告発書1通を判示の検事局に提出したることを認定したるものと解すべきが故に、被告が誣告の手段として採りたる意思の実行は1個たるに過ぎざるをもって、たとえこの1個の意思実行により前記数名を誣告したる結果を生ずるも、判示被告の行為は1個なりといわざるべからず
  • 而して、刑法第54条にいわゆる数個の罪名に触れるとは異なりたる数個の罪名を触れる場合のみならず、同一罪名数回触れる場合をも包含するものと解すべく、この解釈は当院従来の判例において認めるところなり
  • 然れば、原判決において右判示事実に対し、被告がAほか3名を誣告せしは、各刑法第172条、第169条に該当し、1箇の行為にして4個の罪名に触れるものとして、同法第54条第1項を通用したるは正当にして本論旨は理由なし

と判示し、1通の告発書をもって4名に対してした4つの虚偽告訴罪は観念的競合の関係になり、一罪となるとしました。

同一人に対し、複数回虚偽告訴を行えば、数個の虚偽告訴罪が併合罪の関係で成立する

 同一人に対し、機会を別にし、複数回の虚偽告訴を行えば、数個の虚偽告訴罪が併合罪の関係で成立します。

 この点に関する以下の判例があります。

1⃣ 3名に対して刑事の処分を受けさせる目的をもって、3名に係る贈収賄の事実を内容とする告訴状を警察署に提出し、その約20日後に同一の内容の告訴状を検察官に提出した事案です。

 まず、広島高裁判決(昭和35年5月10日)は、

  • 原判示第一、第二の各事実はその告訴の内容は同様であるけれども、その時期、申告した官庁を全く異にしているのであり、かつひとつは3名共謀でA自身の名において為され、ほかは被告人Bが単独で代理人Cによって行われたものであって1個の告訴状において数人を告訴した場合とは相違することもちろんであるから、たとい所論の如く法益は一つであり又これが一個の裁判により処理された結果となろうとも、右の如くその時を異にして全然別の2個の犯罪行為がある以上、原則として各所為に従って犯罪が成立することは疑いを容れず、従って本件の場合は刑法第45条前段の併合罪に該当すること極めて明白であり、これをもって所論の如く刑法第54条第1項前段の一所為数罪(観念的競合)の関係に立つものと解することは到底当らないところである
  • また、これを単一の犯意に出でた包括的一罪にあたる行為であることは証拠上解釈し難いから原審が併合罪と認定しその法定の加重をしたことは当然であって、何ら法令の適用を誤ったものではない

と判示して、2個の虚偽告訴罪は併合罪であるとしました。

 そして、この判決は、上告審の最高裁決定(昭和36年3月2日)において、

  • たとえ同一人をして刑罰の処分を受けしむる目的をもつて、同一の誣告事項を記載した書面であっても、時期及び作成名義を異にしてこれを2通作成し、各別異の犯罪捜査機関に提出して虚偽の申告をしたときは、その行為は2個の誣告罪にあたり、併合罪の規定を適用すべきものである
  • 原審の認定した事実関係の下においては、本件行為を2個の誣告罪(虚偽告訴罪)にあたるものとして併合罪の規定を適用した第一審判決を是認した原審の判断は正当である

とされ、肯定されました。

2⃣ 大審院判決(明治44年10月31日)

 同一の意思のもとに虚偽の事実を記載した投書数通を作成し、これを検事長・検事正・警察部長等に郵送し、その頃、各宛名に到達させた事案です。

 裁判所は、当時連続犯の規定が存したことを前提として、

  • 同一意思の発動の下に同一の誣告事項を記載したる書面数通を作り、これを犯罪捜査の職責を有する官署に送致したるときは、たとえ該書面は同時に発送せられたるにもせよ、申告を受ける官署にして各相異なる以上は、その行為たるや1個に非ずして連続したる数個の行為なりとす

と判示し、数個の虚偽告訴罪が成立するとしました。

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