刑法(虚偽告訴罪)

虚偽告訴罪(4)~「『虚偽の告訴、告発その他の申告』とは?その1」を説明

 前回の記事の続きです。

「虚偽の告訴、告発その他の申告」とは?

 虚偽告訴罪は、刑法172条において、

人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 この記事では、「虚偽の告訴、告発その他の申告」を説明します。

 「告訴」とは、犯罪の被害者その他一定の者が捜査機関に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示です(刑訴法230条以下)。

 「告発」とは、第三者(告訴権者及び犯人以外の者)が捜査機関に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示です(刑訴法239条以下)。

 「その他の申告」とは、

  • 刑事処分を求める請求(例えば、刑法92条2項の請求、労働関係調整法42条39条1項の請求、義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法5条1項の請求が該当し得ると考えられている)
  • 懲戒処分を求める申立て
  • 刑事処分や懲戒処分に結びつきうる事実の申告

をいいます。

 「告訴」、「告発」は、「その他の申告」の例示という位置づけになっています。

 申告の内容が真実である限り、国家の審判作用を害することはないので、虚偽とは、客観的真実に反することと解されています(通説)。

 そのため客観的に真実である事実を虚偽であると誤信して申告しても、虚偽の申告ではないので虚偽告訴罪を構成しません。

 この点に関する以下の判例があります。

最高裁判決(昭和33年7月31日)

 裁判所は、

  • 刑法172条にいう虚偽の申告とは、申告の内容をなすところの刑事、懲戒の処分の原因となる事実が客観的真実 に反することをいうと解するを相当とし、第一審判決の認定した事実によると、被告人がAをしてBに刑事上の 処分を受けしめる目的で司法警察員に対し申告せしめた事実は虚偽であることが明白であるから、原判決には所論の違法は混しない

と判示しました。

申告の一部に虚偽の事実が含まれている場合

 申告の一部に虚偽の事実が含まれていたとしても、その虚偽の部分が犯罪の成否に影響を及ぼす重要な部分ではなく、単に申告した事実を誇張したに過ぎない場合は虚偽告訴罪に当たりません。

 参考となる以下の判例があります。

大審院判決(大正13年7月29日)

 選挙違反の事実について、その事実は客観的には虚偽であるが、被告人がその虚偽であることを当時了知していたとの証拠がないため、被告人を虚偽告訴罪には問えないとした事例です。

 裁判所は、

  • 誣告罪(虚偽告訴罪)とは、人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的にて当該官に虚偽の事実を申告するをもって成立するものなれば、客観的条件として申告したる事実は虚偽なることを要し、主観的条件として申告者が虚偽なることを知りたることを要するものにして両者そのひとつを欠如するときは本罪の成立を阻却するものとす
  • 而して原判決の説示するところによれば、被告は大正12年9月27日能代警察署長Aに対し、同年9月25日挙 行せられたる秋田県県会議員選挙につき、山本郡候補者sの運動員Tらが、同月24日、Tらに金員を交付し、もってS候補者に投票することを約したる旨を申告したるものにして、その事実は全然虚偽なるも被告は申告当時その虚偽なることを了知したりとの証明なしというに在して、これを一件記録に徴するに、被告は、同月25日午後7時頃、憲政派の選挙事務所なるM旅館下座敷において、T、Mらに会合したる際、同人らの座談より右選挙違反の事実を聞知し、被告は、真実にこれを信用したりと認むべき事跡を存するもの、被告がこれをもって虚偽なりと認識したることの証左ひとつもあることなし
  • 然らば、本件において誣告罪成立条要件たる主観的要件を欠如するものというべきをもって、原審が本件起訴事 実に対し、誣告罪の成立を肯定するを得ざるものと為したるは、相当なりというべし
  • 翻って誣告罪の成立に必要なる虚偽の申告ありとするには、人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむるに足るべき虚偽の事実につき当該官に申告することを要するものなれば、無罪者なることを知ってこれに罪を帰し、又はその有罪なることを信ずるも、その罪跡若しくは犯罪の証憑を偽造し、もってこれが不利益と為し、その他被申告者のため事実上若しくは法律上重要なる関係を有する事情を隠庇変更して申告するが如きを指称するものといわざるべからず
  • 故に、たとえ申告事項が真実に反する場合においても、ただ申告事件の情況を誇張するに過ぎずして犯罪の成否に消長を来すことなきは、その不実の申告をもって誣告罪に問疑すべき限りにあらず
  • 原判決の認定するところによれば、被告が叙上選挙法違反の事実を申告するに当たり、Tらの選挙法違反行為の現行を目撃したる旨の伝聞の事実を虚構付言したるに過ぎずして、申告事件の犯罪成否に影響を及ぼすべき重要なる事項に属せざるをもって誣告の所為ありと為し、被告にその罪責を負わしむることを得ざるなり
  • 然れども、叙上被告の所為は、官署に対し不実の申述を為したるものにほかならざれば、警察犯処罰令第2条第21号に該当するものというべし

と判示しました。

虚偽の申告をなしたところ、その事実とは別の刑事又は懲戒の処分を受けるべき事実があった場合でも、虚偽告訴罪は成立する

 虚偽の申告をなしたところ、その事実とは別の刑事又は懲戒の処分を受けるべき事実があった場合でも、申告そのものは虚偽であり、それとの関連で無用な手続が開始された事実にはかわりがないので、虚偽告訴罪が成立します。

 この点を判示した以下の判例があります。

大審院判決(昭和12年2月27日)

 裁判所は、

  • 苟も人が刑事又は懲戒の処分に付きせらるべきおそれあることを予見しながら、敢えて想像又は推測に任せて真実なりと確信なき事実を申告するにおいては、たまたま被申告者に別に刑事又は懲戒処分に値する行為ありたる とするも、誣告罪(虚偽告訴罪)の成立を妨げるものに非ず
  • 本件に在りては、被告人は、自己の当選を得る目的をもって競争者たるNを失格せしめんと欲して判示誣告を為したること極めて明白なるが故に、たまたま被申告者Nに他の選挙法違反の犯罪事実ありたるとするも、被告人の罪責に何らの消長を来すものに非ず

と判示しました。

次の記事へ

虚偽告訴罪の記事一覧