前回の記事の続きです。
虚偽の申告は、捜査機関又は懲戒権者の職権発動を促すに足りる程度の具体的なものであることを要する
申告の内容としての虚偽の事実は、刑事又は懲戒の処分の原因となり得るものでなければならないほか、抽象的事実だけでは足りず、捜査機関又は懲戒権者の職権発動を促すに足りる程度の具体的なものであることを要するとするのが通説です。
虚偽の申告といえるか否かは、
- 捜査機関又は懲戒権者をして誤った捜査権又は懲戒権の発動を行わせるおそれがあるか
あるいは
- 被申告者が刑事又は懲戒の処分を受ける危険性が存したか否か
によって決まるものと解されています。
参考となる以下の判例があります。
大審院判決(大正4年3月9日)
裁判所は、
- 刑法第172条の誣告罪(虚偽告訴罪)における虚偽の申告たるには、他人に関し特定せる犯罪行為若くは職務規律違背の行為ありとして具体的に虚偽の事実を当該捜査官若くは当該監督者に申告することを要し、単純なる抽象的事実の申告あるをもって足れりとせず
- 然れども、右申告の態容は必ずしも捜査官若くは監督者をして直覚的に特定の犯罪行為若くは職務規律違背の行為を認知し、その申告事実を捉え、直ちに公訴を提起し、若くは懲戒訴追を開始し得べき具体的説示あることを要するものに非ず
- 申告を受けたる捜査官若くは監督者をして特定の人に対して特定の犯罪行為あり、若くは特定の職務規律違背の行為あることを認知せしめ、よって犯罪の捜査若くは懲戒処分上の取調べを促すべき程度にあるをもって足りる
- 原判示事実によれば、被告は居村駐在巡査長Yをして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的をもって長野県警察本部に対して、巡査長Yは現在地におて在任中、不良の徒と交際し他人の紛議に関与し、あるいは良民を中傷し、かつみだりに民家に立ち寄り酒食をむさぼる如き職務規律に違背する行為並びに賄賂を収受して犯罪を検挙せざる犯罪行為ある旨虚偽の事実を記載せる匿名の書状を郵送し、もって不実の申告を為したりというにあり、右犯罪行為若くは職務規律違背の行為に関する申告は、自ら一定の時及び場所における一定の行為につき誣告罪の成立に必要なる程度において具体的にに事実を説示したるものというべく、たとえ右犯罪行為及び職務規律違背の行為の行われたる日時及び場所並びに各行為の内容等に関して詳細なる事実の叙述を欠くも、これをもって抽象的に職務規律違背の行為あり、又は収賄の行為ありと申告せるものと同一に諭ずべからず
- 故に原判決が前掲判示事実を認め、これを刑法第172条の誣告罪に問擬しあるは相当にして本論旨は理由なし
と判示しました。
大審院判決(大正5年9月20日)
弁護人の
- 原判決が虚偽の事実なりとして判示せる賄賂をむさぼり偏頗の処置を為し、官規を紊亂し、不当に旅費をむさぼり、うやむやの処置を為し云々とあるは、いずれも抽象的文字にして何人より賄賂を収受し如何なる偏頗の処置を為し、如何なる行為が官規を紊亂し、どれほどの旅費をむさぼり、如何なる行為に対してうやむやの処置を為しあるやは、全く不明に属す故にこれ以外の事実を補足するにあらざれば、果たして刑事又は懲戒の処分を為すべきや否やを決することを得ず
- 従って、たとえ事実が虚偽なりとするも、かかる抽象的事実は同条にいわゆる虚偽の申告というを得ざるが故に
これを申告したる被告の行為は誣告罪(虚偽告訴罪)を成さず
との主張に対し、裁判所は、
- いわゆる虚偽の申告は、必ずしも具体的事実のものに限らず、苟も刑事又は懲戒の処分に関し捜査の権限を有する当該官庁の職権の発動を促すに足るべきおそれあるにおいては、抽象的事実のものたるを妨げず
- 原判示申告事実は、具体的にその内容につき指示するところなきも、その各事項は、被誣告者(被申告者)たるS署長、T巡査部長のその職務上の義務の違背若くは威厳信用を失墜すべき行為に関するものにして懲戒処分に関し捜査の権限を有する当該官庁の職権の発動を促すに足るべきおそれあり得べきをもって、誣告罪の成立するものなれば、原判決に所論の如き不法あることなく論旨理由なし
と判示し、捜査の権限を有する官庁の職権の発動を促すに足りるおそれがある程度の申告で虚偽告訴罪が成立するとしました。
大審院判決(大正9年9月15日)
弁護人が「日時を明らかにせずにある者が賭博をした旨の虚偽申告では、刑事上の処分を受けしむるおそれがない」として虚偽告訴罪は成立しないと主張したことに対し、裁判所は、
- 刑事上の処分を受けしむる目的をもって虚偽の申告を為しある場合に誣告罪(虚偽告訴罪)の成立するには、その申告事項が犯罪の日時場所及び犯罪の構成要素たる事実を包含し、よってもって刑事上の処罰要件を完備することを必要とするものにあらずして、これがため捜査権の発動を促し、被申告人をして刑事上の処分を受けるに至らしむべきおそれある程度において、虚偽の事実を申告するをもって足るものとす
- 原判決によれば、被告は論旨所掲の被申告人Nほか2名をして刑事上の処分を受けしむる目的をもって3名がえきす小屋において賭博を為したる旨の虚偽の事実を記載したる書面を判示司法警察官に送致したるものにして、その記載は捜査権の発動を促し、右3名をして刑事上の処分を受けるに至らしむべきおそれある程度において虚偽の事実を掲げたるものにほかならず
- 故に原判決判示の被告行為は、誣告罪を構成するものというべく、原判決には所論の如き違法あることなし
と判示しました。
大審院判決(大正11年5月9日)
被告人が、A巡査に免職又は転所等の懲戒処分を受けさせる目的をもって、「A巡査が収賄し、賭博常習者と交際するためBは賭博が大流行するも1回も検挙させられたことがなく、また付近多数の婦女子と共に不倫・不貞係ある」旨の虚偽の申告を行った事案です。
裁判所は、
- 贈賄者を特定する必要があるか否かにつき、巡査の職に在ある特定人をして懲戒処分を受けしむる目的をもってその巡査が収賄したる旨の虚偽の申告を為す当たり、贈賄者の何人なるを明示せざりしとするも、その申告は職務に関し賄賂を収受したる不法の行為ありとして虚偽の事実を摘示したるものというべく、かつ原判決は被告人が巡査Aをして免職又は転所等の懲戒処分を受けしむる目的をもって巡査Aが収賄し、賭博常習者と交際するため、賭博大流行するも1回も検挙せらるることなく云々との虚偽の事実を記載する書面を認め、長野県警察部長へ宛て郵送して申告を為したる事実を判示するをもって、これによれば巡査が賭博犯人より収賄したる旨をもって申告したるものと解するに足るのみならず、原来公務 員たる者をして懲戒処分を受けしむる目的をもってその者が収賄したる旨の虚偽の申告を為したる場合に、その申告事項が被申告者に対する懲戒処分上の取調べを誘発若しくは促進すべき程度に在ある以上は、その行為は誣告罪(虚偽告訴罪)においていわゆる虚偽の申告に該当することもちろんにして、贈賄者の何人なるやを指示することはもとより必要ならず
- 故に原判決には所論の如き違法なく論旨は理由なし
と判示しました。
大審院判決(昭和2年3月17日)
弁護人が、
- 原判決(高裁判決)が、被告人の虚偽告訴罪の事実として被告人はA警察署に宛てB巡査に犯人隠避汚職行為並びに職務怠慢行為ある旨虚偽の事実を郵便葉書に認めて誣告(虚偽告訴)したと認定したことについて、弁護人がこの事実摘示は刑法又は職務法規の罪名又は抽象的観念を掲げたるに過ぎす原判決は罪とならざる事項を罪とした違法がある
と主張したのに対し、大審院は、
- 誣告罪(虚偽告訴罪)における虚偽の申告の態樣は、刑事又は懲戒の処分に関し、捜査若しくは取調べの権能を有する該当官庁の職権の発動を促すに足るべきおそれある程度に在るをもって足り、必ずしも申告すべき事実を具体的に詳記する事を要せず、然り而して、原判決の判示する被告人の行為は、H巡査犯人隠避の汚職行為並びに職務怠慢の行為あることを推知し得べき虚偽の事実を郵便葉書に認め、これを所轄警察署長に郵送して虚偽の申告を為したりというに帰するをもって、該申告は同警察官署の職権発動を促すに足るべきおそれある程度において表示せられたるものなるや明瞭にして誣告罪を構成するに足るものとす
と判示しました。
大審院判決(大正8年7月25日)
弁護人が、
- 被告人が虚偽の申告をなすにあたり、その申告書の冒頭に「A巡査の非行につき上申仕り候…村有志者より」としたのは、村一同の発達する熱情の余り嘆願すとの趣旨に過ぎずして人をして刑事又は懲戒処分を受けしむる目的をもってなしたものではない
と主張しのに対し、大審院は、
- 誣告罪(偽告訴罪)の成立に必要なる虚偽の申告ありとするには、人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむるに足るべき虚偽の事実につき当該官に対する申告あるをもって足り、必ずしもその申告中に刑事又は懲戒の処分を要求するの趣旨を明示することを要せず
- また、申告者としてその氏名の表示若しくは氏名を推知し得べき記載あることを要せず
- 蓋し、虚偽の申告が人をして刑事又は懲戒の処分を受けしむる目的に出でたることを確認するに足る以上は、申告の内容において特に右の目的を明示するの必要は毫も存在せず、また申告の事実が虚偽なることを記載し得るにおいては申告者の何人なるかにより事実の判斷に影響を及ぼさざるをもって申告者の氏名の表示はその必要を認めず
と判示しました。