刑法(わいせつ物頒布等罪)

わいせつ物頒布等の罪(12)~「公然陳列の『公然』とは?」「インターネットを介した公然陳列」を説明

 前回の記事の続きです。

公然陳列の「公然」とは?

 わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)の行為の内容は、

  1. わいせつ物・電磁的記録に係る記録媒体その他の物の頒布又はこれらの公然陳列(1項前段)
  2. 電気通信の送信によるわいせつな電磁的記録その他の記録の頒布(1項後段)
  3. 有償頒布目的でのわいせつ物の所持・電磁的記録の保管(2項)

です。

 この記事では、①に関し、

公然陳列の「公然」

を説明します。

 「公然」とは、

不特定又は多数の人が認識することのできる状態

をいいます(最高裁決定 昭和32年5月22日)。

「公然」に該当し、本罪の成立が認められた事案

 「公然」に該当し、本罪の成立が認めらた場合として、以下の判例・裁判例があります。

  1. あらかじめ発行した切符を持参してきた者40名位又は30名くらいに対し、わいせつの映画を観覧させた場合(最高裁決定 昭和32年5月22日
  2. 観覧料を徴収し、外部との交通を遮断した自宅2階3畳間で観客5名程度に対しわいせつ映画を上映して観覧せしめた場合であっても、その5名がかねて力車屋等において上映者の依頼に応じ勧誘案内してきたものであるとき(最高裁決定 昭和33年9月5日
  3. 不特定多数の客を勧誘し、これに観覧の機会を提供しているのであるから、たとえ会員組織の如く半ば秘密に会員券を売り、会場は外部の人の出入りを許さず、客同志もほとんどお互いに分からず未成年者は入場しなかった場合(東京高裁判決 昭和33年7月23日)

「公然」に該当せず、本罪の成立が認められなかった事案

 「公然」に該当せず、本罪の成立が認められなかった場合として、以下の判例・裁判例があります。

  1. 居宅内の容易にのぞき見し得ない一室において、特にA、Bの両名のみに見物させた場合(名古屋高裁判決 昭和26年11月14日)
  2. 外部との交通が全く遮断された部屋であり、しかも、障子、入ロを閉める等外部から窺い知るを得ざるようにした上、知人とか又は特別の関係ある限られた特定のわずか16名、あるいは同様の状態で知友5名に対してわいせつな映画を観覧させた場合(広島高裁判決 昭和25年7月24日)
  3. 完全に他の部屋から隔離された密室の状態で、5名の知人等に対してわいせつの映画を観覧させた場合(福岡高裁判決 昭和38年6月21日)
  4. 外部から遮断された被告人方自宅の一室で特定の知人3名と、これらの者と特別の関係にあるもの2名の限られた少数の者に対してなされた場合(宮崎簡裁判決 昭和39年5月13日)

インターネットを介した公然陳列

 わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)において、インターネット等のコンピュータ・ネットワークを介したわいせつ情報の流布等の行為に関する刑法上の論点としては、以下①~⑤の論点がが挙げられます。

① わいせつ情報を、インターネットのサービス・プロパイダのサーバ・コンピュータのハードディスクに蔵置し、利用者にアクセス可能な状態を設置することは、刑法175条にいうわいせつ図画の公然陳列に当たるか?

 この論点について、パソコンネットのホストコンピュータのハードディスクにわいせつな画像データを記憶、蔵置させる行為について、わいせつ物陳列罪(現行法:わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪)が成立するとした以下の判例があります。

最高裁決定(平成13年7月16日)

 裁判所は、

  • 刑法175条(注:平成23年改正前の刑法175条)が定めるわいせつ物を「公然と陳列した」とは、その物のわいせつな内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいい、その物のわいせつな内容を特段の行為を要することなく直ちに認識できる状態にするまでのことは必ずしも要しないものと解される

と一般論を述べた上で、

  • 被告人が開設し、運営してきたパソコンネットのホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置させたわいせつな画像データを再生して現実に閲覧するためには、会員が、自己のパソコンを使用して、ホストコンピュータのハードディスクから画像データをダウンロードした上、画像表示ソフトを使用して、画像を再生閲覧する操作が必要であるが、そのような操作は、ホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置された画像データを再生閲覧するために通常必要とされる簡単な操作にすぎず、会員は、比較的容易にわいせつな画像を再生閲覧することが可能であった
  • そうすると、被告人の行為は、ホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置させた画像データを不特定多数の者が認識できる状態に置いたものというべきであり、わいせつ物を「公然と陳列した」ことに当たると解される

と判示し、わいせつ物陳列罪(刑法175条1項前段)の成立を認めました。

 この判例によって①の論点は実務上は決着しましたが、平成23年改正法によって、わいせつな画像データがハードディスクに蔵置されていれば、当該ハードディスクに着目して、「わいせつな電磁的記録に係る記録媒体」を「公然と陳列した」罪(わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪)が成立することが条文上も明らかにされました。

 また、例えばインターネット上でファイルを共有できるソフトを搭載したパソコンを利用して、自己のパソコンのハードディスクに接続してくる不特定又は多数の者に対してわいせつ画像データをダウンロードさせる意図でそのような接続及びダウンロードが可能な状態に設定し、実際にパソコンに接続してきたすべての者に対してダウンロードを認めるような行為は、ファイルのやり取りは特定人間でなされるものであったとしても「公然と陳列した」といえるとされます。

② わいせつ情報を公開しているサイトへリンクを張る行為は、刑法175条に当たるか?

 この論点について、リンクを張るというのは、ただ単にわいせつ情報に接し得る道筋を示したにすぎず、わいせつ情報のサーバーへの蔵置行為(公然陳列)自体を実行ないし幇助するものではないから、不可罰であるとする見解もあります。

 しかしながら、公然陳列というためには、自らわいせつ情報を蔵置することが不可欠の要件であるとはいえず、たとえ自らわいせつ情報を蔵置したのでなくとも、リンクを張ることによってわいせつ情報への認識可能性を設定した以上、いわばアパートの隣室で隣人により常時展示されているわいせつ図画を、部屋の境の壁に穴をあけて自室から見えるようにし、不特定多数の者に公開したのと同様に評価し得ます。

 したがって、リンクを張る行為も公然陳列に当たるといえると解されています。

 この点につき、児童ポルノのURLをホームページ上に明らかにした行為は、児童買春・児童ポルノ禁止法7条4項(現行法7条6項)の「公然と陳列した」に該当するとした以下の判決が参考にできます。

最高裁判決(平成24年7月9日)

 裁判所は、被告人が共犯者の男と共謀の上、 男が運営していたサイトで、児童ポルノ画像を載せたサイトのアドレスを明らかにしたという事案について、

①URLのアルファベットを、一部カタカナに変えて表記していること

②リンク先のサイトは既に陳列されていたこと

も争点となったものの、児童ポルノ公然陳列罪の成立を認めました(ただし、2名の裁判官による反対意見が付されています)。

③ 画像修正ソフトで修正を加えた(それがなければわいせつ性が肯定される)画像をネットクーク上で公開する行為は刑法175条に当たるか?

 この論点については、画像修正ソフトで修正を加えた(それがなければわいせつ性が肯定される)画像をネットワーク上で公開する場合のわいせつ性に関して、わいせつな部分にマスクのかけられた画像データをダウンロードし、マスク外しソフトを用いてわいせつ性を発現させた画像を閲覧するような場合においても、そのソフトを持つ不特定多数の者にとって、その操作が簡単であり比較的容易なものであれば、上記最高裁決定(平成13年7月16日)のような考え方からは、公然陳列に当たると解されるとするのが有力説です。

 容易にわいせつ性を復元できることを理由にわいせつ性を認めた裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和49年9月13日)

 簡単な操作によりわいせつ性を顕在化させる図画(わいせつ部分を一部をシンナーで消せるマジックインクで塗りつぶしたわいせつな写真)について、わいせつ図画販売罪(現行法:わいせつ図画頒布罪)、わいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画頒布目的所持罪)の成立を認めた判決です。

 裁判所は、

  • 図画がそれ自体によってはただちにわいせつ性を判断することができず、なんらかの操作を加えてはじめてわいせつ性が明らかになるものであっても、すでにわいせつ性が潜在していて、これを入手した者が誰でも簡単な操作を加えることにより容易にわいせつ性を顕在化できるものであれば、刑法175条の立法趣旨目的にも照らし、これを同法条にいわゆるわいせつ図画というを妨げないと解すべきところ、《証拠略》によると、被告人が販売所持した本件の「エロチスクツバング」と題する写真誌は、男女の性器、性交場面などを露骨に撮影した多数の写真を掲載し、これらの各写真中明らかにわいせっと目される部分を黒色油性マジックインキで塗りつぶしているが、右のマジックインキを塗布した部分は、シンナーなどの薬品を含ませた綿を用いて軽くたたくといった方法で表面に塗布されたマジックインキを除去し、かなり鮮明な程度にまで容易に復元できるものであることが認められるから、本件の写真誌がわいせつ図画であることは明らかである

と判示しました。

名古屋高裁判決(昭和55年3月4日)

 未現像のわいせつ映画フィルムは、わいせつ図画に当たるとし、わいせつ図画販売罪(現行法:わいせつ図画頒布罪)、わいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画頒布目的所持罪)の成立を認めた判決です。

 裁判所は、

  • 刑法175条後段所定のわいせつ図画等販売目的所持罪の立法趣旨にかんがみるとき、同罪の対象とされるわいせつ図画等のわいせつ性は、必ずしも、当該物を所持する際に、その物自体にそれが顕在することを必要とするものではなく、その際視覚によってこれを認識することが可能でな くても、なんらかの技術的操作を経ることによってその物に潜在するわいせつ性を、認識し得る程度に顕在化させることが社会通念上可能であると認められる限り、当該物は同罪の客体となるわいせつ図画等に該当するものと解すべく…
  • カラーフィルムの現像は、著しい困難さを伴うものではなく、社会通念上十分可能な、わいせつ性を顕在化させる技術的操作と認められるのであって…
  • したがって、わいせつな映像を焼付けたのみでいまだ現像前のカラーフィルムも、刑法175条後段段所定のわいせつ図画等販売目的所持罪にいわゆるわいせつな図画に該当すると解するのが相当である

と判示しました。

④ 画像の修正部分を回復する画像修正ソフトを配布する行為は刑法175条ないしその共犯となるか?

 この論点については、上記③の論点が公然陳列に当たると解されることからすれば、画像の修正部分を回復する画像修正ソフトを配布する行為が刑法175条ないしその共犯になる場合もあり得ると考えられています。

⑤ わいせつ情報が蔵置されたホスト・コンピュータやサーバを管理するインターネットのプロバイダは、わいせつ情報等を削除しない場合に何らかの刑事責任を負うか?

 この論点につき、プロパイダの刑事責任については、正犯なのか共犯なのか、正犯だとして作為犯なのか不作為犯なのか、不作為犯だとして作為義務の根拠は何かなどという点が問題とされており、「違法コンテンツをプロバイダが自ら積極的に利用するために、たとえばアップロードを事実上奨励するような状況の下で、蔵置された違法コンテンツをあえて放置したような場合において、きわめて例外的に」刑事責任が認められるとする見解が有力に主張されています。

 この点につき、参考となる以下の裁判例があります。

横浜地裁判決(平成15年12月15日)

 被告人がサーバコンピュータの記憶装置であるディスクアレイに「P掲示板」と称するインターネット上のホームページを開設し、管理運営するものであるが、インターネットに接続したコンピュータを有する不特定多数の者が送信した児童ポルノである画像合計22画像分を記憶・蔵置させたままこれらを削除せず、もって、児童ポルノを公然と陳列したという公訴事実について、

  • 児童ポルノ公然陳列罪において不作為の態様による犯罪の成立を否定すべき理由はない

として不作為による児童ポルノ公然陳列罪の成立を認めました。

 この判決に対する控訴審判決(東京高裁判決 平成16年6月23日)では、

  • 被告人の行為の作為・不作為性も問題とされているが、被告人の本件の犯罪に直接関係する行為は、本件掲示板を開設して、原判示のとおり不特定多数の者に本件児童ポルノ画像を送信させて本件ディスクアレイに記憶・蔵置させながら、これを放置して公然陳列したことである
  • そして、本罪の犯罪行為は厳密には、前記サーパーコンピュータによる本件ディスクアレイの陳列であって、その犯行場所も同所ということになる
  • したがって、この陳列行為が作為犯であるととも明らかである
  • 確かに、被告人が、本件児童ポルノを削除するなど陳列行為を終了させる行為に出なかった不作為も、陳列行為という犯罪行為の一環をなすものとして、その犯罪行為に含まれていると解されるが、それは陳列行為を続けることのいわば裏返し的な行為をとらえたものにすぎないものと解される

などと判示した上、作為義務の内容等が明示されていないとの弁護人の控訴趣意に対しては、

  • 被告人の本件犯罪行為の主要なものは作為犯である上、所論のいう不作為についても、原判決は、被告人は、本件陳列行為の開始当初から、被告人に児童ポルノ画像の未必的な認識があったとしていて、この点を明確にしている
  • また、本件陳列の対象となっているのは、児童ポルノであって、犯罪行為を構成するものとしてすみやかに削除されるべきものであるから、削除義務の内容、根拠等も原判決の認定事実自体から明らかにされていると解することができる

などと判示しました。

 この控訴審判決に対しては批判的があり、

  • 被告人が直接児童ポルノの蔵置を他人に働きかけたのであればともかく、そのような直接的行為を認めることができない事案においては、児童ポルノ蔵置後の不作為を問題とすることが不可欠である
  • 他人により蔵置された児童ポルノを削除等する保障人的地位・作為義務をプロバイダに認めた理論的根拠が示されていない

などという批判がされています。

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