前回の記事の続きです。
本罪の罪数の考え方
わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)における罪数の考え方を説明します。
わいせつ物頒布等の罪の構成要件に該当する各行為は、その性質上、いずれも反覆・継続させる行為を予想するものなので、同一の意思のもとに行われる限りにおいて、数個の行為は、包括して一罪として処断されるというのが通説・判例です。
大審院判決(昭和10年11月11日)
裁判所は、
- 不特定多数に対して有償的譲渡を為す目的に出つる以上は、酒代不足金の代償としてわいせつ書1枚を譲渡する行為も刑法第175条にいわゆる販売(現行法:有償頒布)に該当するものとす
- わいせつ書の販売行為を反復するも、包括的一罪として処罰すべきものにして連続犯として処断すべきものに非ず
と判示しました。
東京高裁判決(昭和27年9月27日)
不定多数の者に対し、わいせつ文書・図画を販売する目的をもって所持した上、販売した行為について、「わいせつ文書有償頒布目的所持罪、わいせつ図画有償頒布目的所持罪」と「わいせつ文書頒布罪、わいせつ図画頒布罪」とは包括一罪になるとした判決です。
※ なお「販売」という用語は平成23年の刑法法改正前に用いられていた用語であり、現行法の刑法175条は「販売」は「有償頒布」という用語に変更されています。
裁判所は、
- 「販売」と「販売の目的をもってする所持」とは同一構成要件内における行為の具体的態様を異にするものであるにすぎないと解すべきであるのみならず、販売の意義にして前述のとおりである以上、その目的をもってする所持自体その反覆を当然予想される性質のものであると同時に、販売にはその前提として所持を当然随伴する関係からいえば、販売行為とその目的のためにする所持とも必然に相互に反覆されることの才期されるものであるといわなければならない
- しからばこの両者もまた包括して一罪となることの可能なものであるというべく、記録によれば被告人Aの(ー)から(六)までの原判示所為は同一の意思の発動としてなされたものと認められるから、それらは結局包括して一罪を構成するにすぎないものといわなければならない
と判示しました。
本罪が包括一罪となる場合
上記判例以外に包括一罪が認められた事例として以下のものがあります。
いずれも平成23年の刑法改正前の事件であるので、「販売」とあるのは「有償頒布」と読み替えることになります。
① 販売(現行法:頒布)と販売目的所持(現行法:有償頒布目的所持)の事案
日時場所を同じくするわいせつ図画販売罪(現行法:わいせつ図画販売罪)とわいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画販売目的所持罪)の罪数は包括一罪になるとした判決です。
裁判所は、
- 原判決の是認した第一審判決は、判示第一、第二の行為を併合罪の関係にあるものとしているが、同判決の確定したところによれば、右第二の行為は、第一の行為と同時刻頃、同一場所においてなされており、そのような事実関係の下においては、刑法第175条のわいせつ図画販売罪とわいせつ図画販売目的所持罪とは、包括一罪であると解するのが正当
と判示しました。
東京高裁判決(昭和43年6月27日)
わいせつ文書販売行為の終了後更に同一の継続的な1個の販売意思に基づき販売目的をもって同種文書の所持を開始した場合の罪数は包括一罪になるとした判決です。
裁判所は、
- 原判決は、その法令適用において、原判示第一のわいせつ図画販売罪(現行法:わいせつ図画頒布罪)と同第ニのわいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画有償頒布目的所持罪)とを刑法第45条前段の併合罪として処断しているが、刑法第175条にいうわいせつ文書図画等の販売とは、これらの物の不特定又は多数人に対してする目的に出た有償譲渡をいうのであるから、同条前段所定の販売罪は、かかる行為が多数回反覆されることを当然予定しているものと解すべく、また、同条後段所定の販売目的所持罪は、販売の準備行為を処罰の対象とし、販売のために日時、場所、対象物を異にして所持が反覆されることもこれまた当然予定しているものと解すべきであるから、同条の叙上法意にかんがみるときは、販売の目的をもってわいせつ文書図面等の所持を開始した者が、その一部を他に販売し、残部をなお手許に所持している場合には、残部の販売目的所持の点は販売行為と包括して評価されるべきことはもちろんであるが、その所持する全部を販売し終った後において更に販売の目的をもって同種物件の所持を開始した場合であっても、右所持が先の販売行為におけると同一の継続的な一個の販売意思に基づいて開始されたと認められるときは、やはり後の販売目的所持の点は既往の販売行為と包括して同条前段後段に該当する一罪を構成するものと解するのが相当である
- 本件についてこれを見るに、事実誤認の論旨に対する判断の項において説示した事実関係にかんがみると、被告人の原判示第一のわいせつ図画販売の所為と同第ニのわいせつ図画販売目的所持の所為は、一連の販売意思に基づいて敢行されたもので、その間において犯意の中断はなかった ものと認められるから、右ニ個の所為は包括的にこれを一罪と評価すべき
と判示しました。
大阪高裁判決(昭和39年9月29日)
転売目的でわいせつ映画フィルムを買受け、その一部を異なる相手に順次販売し、残部を所持する場合の罪数について、裁判所は、
- 当初から販売目的で購入された物品が次々販売され、残余が手元に保持されていたという経過にあって、いわば一個の意思の発動に基く一連の行為にして、しかも、ともに同一の犯罪の構成要件に該当し、その法益も専ら健全な性的風俗を維持しようとするものであり、かっ、各行為が比較的短期間内に近接して行れたことにかんがみると、行為の相手方が異り、又一部に共犯者が加ったりしているが、結局各行為は包括的に一個の犯罪として刑法第175条の一罪を成するものと解すべきである
と判示しました。
② 販売目的所持(現行法:有償頒布目的所持)と販売目的所持(現行法:有償頒布目的所持)
東京高裁判決(昭和41年9月28日)
裁判所は、
- 本件において記録に現われた諸証拠に徴すると、被告人はS市Aから数か月にわたり引続き本件同様のわいせつ写真の相当量を幾回にもわたって仕入れ、これをS市内の自宅又はその勤 務先なるふじのや旅館張場内の自己の所有する箱に同時にこもごも隠匿保管しており、右旅館の泊り客の求めに応じこれを販売していたものであって、本件写真も右と全く同様、泊り客の求めに応じ販売する単一の意図の下に仕入れたものを同時に自宅又は前記勤務先に分散、隠匿保管していたものであることが明らかである
- この認定によれば、被告人の主張においても客観的な所持行為の態様においても、本件所持はこれを包括的に考察して一罪性を肯認するのが相当であると考える
- しからば、原判決が、原判示の日に自宅にあったわいせつ写真に対する所持と同日前記勤務場所にあったわいせつ写真に対する所持とを別個の2個の所持と解し、刑法45条前段の併合罪として処置したのは、法令の適用を誤ったもので、しかも右の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない
と判示しました。
複数のわいせつ図画を販売目的で所持していた事案で、その日時、場所、態様を異にする場合でも、単一の意思に出てその日時において近接する限り、1個のわいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画有償頒布目的所持罪)が成立するとした判決です。
裁判所は、
- 刑法175条後段にいわゆる販売の目的をもってする「所持」とは、販売の目的をもってこれを事実上の支配下におくことをいい、事実上の支配関係が、その日時、場所、態様を異にするときも、単一の意思に出でその日時において近接する限りこれを包括一罪と解するのが相当である
と判示しました。
同一人が同時に異なる場所において販売の目的をもつてわいつ書を所持する場合について、1個のわいせつ文書販売目的所持罪(現行法:わいせつ文書有償頒布目的所持罪)が成立するとした判決です。
裁判所は、
- 同一人が自宅の外に露店を構え、自宅に所持中のわいせつ文書の一部を日々同露店に持参し同所においてもこれを所持する場合は、右自宅における所持も右露店における所持も、所持罪の観点からはあわせて一個の所持と解するのを相当とする
と判示しました。
札幌地裁判決(昭和37年6月14日)
裁判所は、
- 被告人M、同Hの供述によれば、同人らは昭和36年暮頃から同37年3月5日頃の間に3、4回にわたりわいせつ写真を約500枚ずつ作成したものであって、判示第一前段の約500枚は最後に作成した 約500枚を指す
- これらの写真は10枚を一組として数組ずつ被告人Mが配下にくばって販売させたものであり、これが判示第一後段の路上における20枚、10枚の所持である
- ところでわいせつ図画所持罪における所持は包括的なものであると解すべきであり、自宅から路上に持ち出すことにより更に別個の所持罪を構成するとは解されないから、もし判示第一後段における路上所持の写真20枚および10枚が前段における写真約500枚の一部であれば別罪ではありえないわけであり、一方もし路上で所持した写真が判示第一前段の約500枚以外の写真(つまりその以前に作成した写真の一部)であるならば別罪になることが明らかなわけである
- この点につき当裁判所は、被告人Hの供述調書中、写真は配布して種切れになるたびにまた焼き増し、 最終回の焼増作成は3月5日頃であった旨の部分、T、Sの供述書中、3月6日、3月13日の各路上所持の写真はいずれもその当日に受け取った旨の部分により、路上所持の写真30枚は自宅所持の写真約500枚の一部であると認定するのが相当であり、したがって被告人Mの判示第一の所為はこれを包括して一罪であると判断する
と判示しました。
③ 陳列と陳列の事案
名古屋高裁金沢支部判決(昭和34年12月17日)
わいせつ図画陳列罪につき包括一罪を認めた事例です。
裁判所は、
- 原判決は、被告人らは「共謀の上、昭和34年2月頃から同年5月18日までの間にわたり、A町K方2階14畳間においてNほか多数の観覧する場所で『よろめき』『新鮮なる果実』『桃子の慾情』『1958年芸術祭参加作品』等と題する男女交接の姿態を撮影した映画を映写して観覧させ、もって公然わいせつ図画を陳列した」旨認定し、これを包括一罪として刑法第175条を適用したことは所論(※弁護人の主張)のとおりである
- 所論は「右の犯罪は異なる観客に対し映写をなしたる都度別個の犯罪が成立するものであるから、併合罪の関係にある(最高裁判所昭和25年(れ)第1291号同年12月19日第三小法廷判決参照。)然るに、原判決がこれを包括一罪と認定し、併合罪たる各映写行為を具体的に認定しなかったことは、法律の適用を誤ったもので、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかである」旨主張する
- しかし、所論は被告人らに対し不利益な主張であるのみならず記録によれば被告人らは共謀して犯意を継続し(犯意の単一)、原判示K方2階畳間において(場所の同一)、昭和34年2月頃より同年5月18日までの連続して(時間的連続)、同一の方法により同一の事情のもとに、同じ映写行為を反覆したもので、被告人らの所為は同一の構成要件に属し被害法益も同一であるから、これを包括一罪と認めた原判決は正当である
と判示しました。
本罪が包括一罪ではなく、併合罪となる場合
わいせつ図画の販売行為の終了後に別途所持の犯意を生じて所持を開始し、あるいは販売した場合は、「わいせつ図画頒布罪」と「わいせつ図画有償頒布所持罪」とは、包括一罪ではなく併合罪となります(東京高裁判決 昭和41年11月29日、大阪高裁判決 昭和45年10月21日)。
わいせつ図画有償頒布罪の中間に別罪の確定裁判が介在する場合には、刑法45条後段は適用されず、同罪は分割されない
1個のわいせつ図画有償頒布罪を構成する数個のわいせつ図画有償頒布行為の中間に確定判決が介在しても、同罪はこれにより分割されるものではなく、確定裁判を経た罪とは刑法45条後段の関係に立つものではないとした裁判例があります。
※ なお、現に犯した犯罪1と犯罪2の間に、過去に犯した犯罪(裁判が確定しているもの)がある場合は、刑法45条後段の適用により、現に犯した犯罪1と犯罪2はが分割されるというルールがあります。この点の説明は【犯罪の罪数④】併合罪とは?の記事参照。
わいせつ図画販売罪の中間に別罪の確定裁判が介在する場合には刑法45条後段は適用されないとした判決です。
裁判所は、
- 一個のわいせつ図画販売罪を構成する数個のわいせつ図画販売行為の中間に、確定裁判が介在しても、同罪は、これにより分割されるものではなく、右確定裁判を経た罪とは刑法45条後段の関係に立つものではない
と判示しました。