前回の記事の続きです。
刑法185条ただし書の「一時の娯楽に供する物」の意義
賭博罪は、刑法185条において、
賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない
と規定されます。
「一時の娯楽に供する物」とは、食料品などの一時的に消費される物(食べ物・飲み物・煙草など)をいいます。
刑法185条のただし書は、賭博行為でも、「一時の娯楽に供する物」を賭けたにとどまるときは、賭博罪は成立しないことを規定します。
「一時の娯楽に供する物」の一般的意義
刑法185条のただし書の趣旨は、賭博行為に該当するときであっても、
単に一時的な娯楽のために費消する物を賭けたにすぎないような場合
には、その程度の軽微性又は社会的相当性のために
違法性が阻却される
とするものであるというのが通説の見解となっています。
この点につき、学説では、
- 価格の僅少性に重点を置く見解
- 費消の即時性に重点を置く見解
とに分かれています。
判例は、①②の両者の観点を加味して判断しているものと考えられており、「一時の娯楽に供する物」とは、
関係者が即時娯楽のために費消するような寡少のものをいう
とし、関係者が即時飲食すべきものを賭けたような場合はこれに当たるとしています。
この点、参考となる以下の判例があります。
大審院判決(昭和4年2月18日)
裁判所は、
- 賭博罪は社会の風俗を乱れるのみならず、当事者の産を破るおそれあるが故にこれを処罰するものなるをもって当事者の勝敗を争う財物は相当の金額に達し、これを一般の生活資料の一部に充つるを得べき程度のものとし、ただ関係者が即時娯楽のために費消するが如き寡少なる物に在りては、これに関する勝敗を処罰し、これをもって当事者の資産を保護する必要なきをもってこの種のものに限り賭博罪を構成せずと定めたるもの
と判示しました。
大審院判決(昭和9年2月7日)
天丼を賭けた事案につき、裁判所は、
- 関係者が娯楽のため、即時飲食すべき物件を賭するが如きは、刑法第185条但書にいわゆる一時の娯楽に供する物を賭しとあるに該当す
と述べ、天丼は一時の娯楽に供するものであるとしました。
大審院判決(昭和12年6月23日)
共同飲食費と煙草を賭けた事案につき、裁判所は、
と判示し、賭博罪の成立を否定しました。
もっとも、煙草のようにそれ自体では金額的に寡少の物が賭けられる場合であっても、賭博行為の回数、賭けられた煙草の数量等によっては、即時に費消する物とはいえない場合があり、このような場合は賭博罪が成立し得ます。
この点につき、賭博罪の成立を認めた以下の判例があります。
大審院判決(昭和12年4月26日)
裁判所は、
- 被告人らは、一荘ごとに各自巻煙草チェリー10本入一箱あるいは巻煙草ゴールデンバット10本入一箱ないし三箱を拠出し、麻雀遊戯の方法により敗者はこれを失い、勝者はこれを取得すべき合意の下に、その得喪を争いたるものにして、右事実は、原判決挙示の証拠により優にこれを認定し得べし。而して原判示事実の如きは偶然の輸贏(勝敗)に関し、財物を賭したるものというべきはもちろんにして、主催者において競了後、優勝者に賞品を授興するが如き、あるいはまた、敗者をして器具使用料を負担せしむる場合の如き互いに拠出したる財物の得喪を争うに非ず
- かつ公の秩序善良の風俗に反するおそれなき場合とは、これを同視することを得ざるべく、被告人らの社会上の地位職業(中略)前示賭博行為を連続反覆したる回数、賭したる財物の種類、数量、価額、喫煙に趣味なき者もこれに加入し居りたる等原判決説示に係る諸般の事情を考察し、前示麻雀遊戯に賭とられたる前示巻煙草は即座に消費せらるるには多量に過くるのみならず、当事者において麻雀遊戯の勝敗以外これが得喪に多大の関心を保持し居りたる事を看取し得べきに徴するときは、これをもって一時の娯楽に供する物を賭したるに過ぎざるものと解するは中らす原審が判示所為をもって刑法第185条本文に該当するものと為し、同条但書を適用せざりしは正当
と判示し、賭博罪の成立を認めました。
具体的判断基準
即時娯楽のために費消するような寡少のものという場合の
- 即時費消性
- 娯楽性
- 寡少性
は、裁判所が個別の事件の事案に応じて認定すべき事実問題とされます。
この点をしたのが以下の判例です。
大審院判決(昭和9年9月28日)
裁判所は、
- 娯楽に供するものと認むべきや否やの標準は、各場合の事情により裁判所の認定すべき事実問題なりとす
と判示しました。
この場合の判断要素として、
- 被告人の社会的地位、職業
- 賭博行為の回数
- 賭けた財物の種類・数量・価額
などが重要な判断要素となるとされます。
この点につき、以下の判例が参考になります。
大審院判決(昭和12年4月26日)(前掲)
煙草を賭けた麻雀賭博の事案において、裁判所は、
- 被告人らの社会上の地位、職業(中略)前示賭博行為を連続反覆したる回数、賭したる財物の種類、数量、価額、喫煙に趣味なき者もこれに加入し居りたる等原判決説示に係る諸般の事情を考察し、前示麻雀遊戯に賭せられたる前示巻煙草は即座に消費せらるるには多量に過くるのみならず、当事者において麻雀遊戯の勝敗以外これが得喪に多大の関心を保持し居りたる事を看取し得べきに徴するときは、これをもって一時の娯楽に供する物を賭したるに過ぎざるものと解するは中らず原審が判示所為をもって刑法第185条本文に該当するものと為し、同条但書を適用せざりしは正当
と述べて、刑法185条ただし書の適用を否定しました。
東京高裁判決(昭和27年11月29日)
刑法185条ただし書の適用に関し、裁判所は、
- 原判決が賭博罪の賭物の額について、それが「社会事情、賭博の方法、行為者の身分、地位財力等によって評価が異るべく」というたのは、それ自体としては決して誤ってはいない
と説示しました。
「寡少性」を判断するにあたり、共同賭博者の財産的地位に差異がある場合は、最も地位の低い者を基準とすべきものとされます。
この点を判示したのが以下の判例です。
朝鮮高等法院判決(昭和12年10月12日)
裁判所は、
- 共同賭戯者の財産的地位に等差ある場合にその賭戯の娯楽的なりや否やを判定するに当たりては、その最も地位低きを標準とし、全員に対する賭博罪の成否を定むべきものとす
と判示しました。
このように賭物の価額について、賭者の財力等を判断基準とすることが憲法14条に反しないとしたものとして以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和27年11月29日)(前掲)
裁判所は、
- 原判決が賭博罪の賭物の額について、それが「社会事情、賭博の方法、行為者の身分、地位、財力等によって評価が異るべく」というたのは、それ自体としては決して誤ってはいない
- これは違法評価の対象たる事実の中には行為者の身分、財力等の主観的要素も包含されることを指摘しただけのものであって、行為者の身分、地位、財力等により法律上の取扱に差別をつけようとする意味ではない
- 従って、右の解釈をもって憲法第14条に違反するものとはいい得ない
と判示しました。