前回の記事の続きです。
この記事では、刑法190条の罪(死体遺棄罪、死体損壊罪、死体領得罪、遺骨等遺棄罪、遺骨等損壊罪、遺骨等領得罪、棺内蔵置物遺棄罪、棺内蔵置物損壊罪、棺内蔵置物領得罪)を「本罪」といって説明します。
本罪と財産罪との関係
本罪(刑法190条)と財産罪(窃盗罪(刑法235条)など)との関係を説明します。
本罪の客体である「死体」「遺骨」「遺髪」「棺に納めてある物(納棺物)」が、窃盗罪などの財産罪の客体になり得るかについては議論があります。
例えば、死体を盗み出した場合、本罪の死体領得罪が成立するほかに、窃盗罪も成立するかという議論です。
判例の立場
この問題について、判例は、死体等も所有権の対象となるとしながら(大審院判決 大正10年7月25日)、死体の一部を領得した事案につき財産罪の成立を否定する考えを採っているとされます。
大審院判決(大正4年6月24日)は、死体の領得犯人からこれを買い受けた事案につき、死体領得罪のみの成立を認め、盗品等有償譲受け罪(刑法256条)の成立を否定しています。
学説の考え方
学説では、以下の6つの説があります。
本罪の客体である「死体」「遺骨」「遺髪」「棺に納めてある物(納棺物)」について、財産罪の客体としての財物性を否定する説
- 財物性を肯定し、財産罪との競合を認める説
- 財物性を認めるが財産罪の成立を否定する説
- 納棺物についてのみ財産罪との観念的競合を認める説
- 納棺物につき窃盗罪の成立を否定しながら、これに盗品譲受け等罪(刑法256条)の成立を肯定する説
- 刑法190条が窃盗罪よりも軽い法定刑を定めている点を考慮し、本罪のみの成立を認める説
があります。
本罪の客体である「死体」「遺骨」「遺髪」「棺に納めてある物(納棺物)」の財物性を否定する学説の考え方として、
「死体、遺骨、遺髪が死者の祭祀または記念の対象物となっている限り、所有権その他の本権の目的物ではなく、また、棺内蔵置物に対する占有は、すでに放棄されたものとしてみるが、少なくともゆるやかな権利と解すべきであり、財物罪の保護法益は消滅している」
「宗教的祭祀の対象としての性格が失われない限り、財産犯は成立しないとみるべきである」
「刑法190条に挙げられた物は現世における財産的価値とは切り離された宗教的感情の対象である」
といった理由が挙げられます。
①~⑥の学説中、②の「財物性を肯定し、財産罪との競合を認める説」が有力です。
②の説を有力とする考え方として、
- 死体等が適法な取引の対象とされ得ないものであることは否定できないが、そのことと財物性とは直接関係がなく、取引の対象とされないようなものであっても、窃盗等の客体となり得るのであるから、一般的に財物性を否定することはできない
- 納棺物についてのみ財物性を認める理由もない
- 具体的事案において死体等に財物性が認められるものである以上、保護法益が異なるのであるから、死体等に対する侵害行為につき、本罪のほか窃盗等の財産罪が成立すると解する(本罪の保護法益は「社会的秩序としての一般的な宗教的感情・習俗及び宗教的平隠」であり、窃盗罪等の財産罪の保護法益である「財産に対する所有や占有」とは異なる)
- 本罪はあくまで宗教的感情、死者に対する崇敬の感情を保護するために、その観点から客体を死体等と定めたものであって、それが財産罪の対象にもなるか否かは、本来別個の問題である
- 本罪は財産罪とは罪質を異にするものであるから、本罪のみで処罰すれば足りるとの結論を導き出すことはできない
といったものが挙げられます。
なお、死体・遺骨から脱落した金歯のように、独立した財物と認められるものは財産罪の客体とされます。
この点を判示した以下の裁判例があります。
戦災死亡者仮墳墓の改葬作業中に仮墳墓にあった死体または遺骨から脱落した金歯を窃取した事案です。
裁判所は、
- 戦災死亡者仮墳墓の改葬作業中に右仮墳墓にあつた死体または遺骨から脱落した金歯は、既に死体もしくは遺骨とは別個の純然たる財物として死者の遺族の権利に属し、これを不正に領得した行為は窃盗罪の客体となる
とし、窃盗罪の成立を認めました。
また、他人の所有に属する墳墓に埋納せられてその内容をなすものであって、本罪(刑法190条)、墳墓発掘死体損壊等罪(刑法191条)の特別規定の範囲に入らないものは、墳墓の地表におけるその組成物である碑石、植物、土壊等とその法律上の性質を異にしないから、窃盗の目的物となり、盗品等となり得るとする判例があります(大審院判決 大正8年3月6日)。