前回の記事の続きです。
収賄罪の主体(犯人)である公務員
単純収賄罪は、刑法197条1項前段において、
- 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する
と規定されます
単純収賄罪の主体は、「公務員」です。
公務員の範囲については刑法7条1項において、
- この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう
と定義されています。
「国又は地方公共団体の職員」は、「他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」の例示です。
「議員、委員」は「職員」の例示です。
したがって、刑法上の公務員は、端的にいえば「法令により公務に従事する職員」を指します。
公務員か否かが問題となる限界事例は、「法令により公務に従事する職員」に当たるかどうかにより判断されることになります。
「法令」とは?
1⃣ 「法令」が何を意味するかについて、判例は、一般的、抽象的基準を定めるものであれば、
訓令、通達、告示の類でも法令に入る
としています。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正4年5月14日)
裁判所は、
- 刑法7条にいわゆる法令の範囲に付きては何ら制限の存するなきが故に府県知事の発する訓令の如きも特定せる個々の事件に対する処分にあらずして抽象的な通則を規定せるものなる以上はその規定の内容が単に行政内部の組織作用等を定めたるに過ぎざるものなりとするも、なお一般遵由の効力ある法令と等しくこの中に包含せらるるものと解すると相当
とし、知事の訓令を法令と認めて県の雇の土木技手補を公務員としました。
大審院判決(昭和12年5月11日)
裁判所は、
- 右にいわゆる法令に付いては、その種類を制限せざるをもって苟も国家又は公共団体の法律又は命令にして任命嘱託選挙その他任用に関する一般抽象的準則を定むるものなる以上、勅令省令たるとその他名称の如何を問わず全てれを包含するものと解す
とし、一般抽象的準則をもって税務署雇を公務員としました。
裁判所は、
- 刑法第7条にいわゆる公務員は官制職制によってその職務権限が定まっているものに限らずすべて法令によって公務に従事する職員を指称するものであって、その法令中には単に行政内部の組織作用を定めた訓令といえども抽象的の通則を規定しているものであればこれを包含するものであることは大審院判例の示すところであって、これをを改むべき理由を認めない、
とし、訓令を法令と認めて戦災復興院出張所雇を公務員としました。
大審院判決(明治44年6月13日)
裁判所は、
- 刑法7条にいわゆる法令には何らの制限なきをもって、苟も法令たる以上はその公示せられたるものなると否とを問わず全てこれに包含するものと解すべく
- 従って軍令もまたこれに包含するものというべきはもちろん、右軍令により公務に従事する職員は、同条所定の公務員なりとす
と判示しました。
大審院判決(大正10年5月28日)
裁判所は、
- 県知事がその権限に基づき発したる規程が個々の事件に対する処分命令に非ずして抽象的の準則を定めたるものなる以上は、交付式により交付せられたると否とを問わず、刑法第7条にいわゆる法令に該当するものと解するを相当とするが故に、該規程に基づき任用せられたる者は公務員なりとす
と判示しました。
2⃣ 「法令」は、一般的、抽象的基準を定めるものでなければならないので、一般的、抽象的準則でないものは法令には入りません。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正9年12月10日)
裁判所は、
- 刑法第7条にいわゆる法令により公務に従事する職員たるには、その従事する職務が単に公務たることをもって足れりとせず
- 公務に従事する資格の根拠が法令に存するを必要とし、また同条にいわゆる法令中には官制職制その他名称の如何にかかわらず、広く抽象的に職務権限を規定せるものを包含するをもって、指令訓令といえどもこの種に属するものはまた法令の一種なりと解すべく
- 而して、就職の形式が任命若しくは選挙によると、また嘱託に基づくとを問わず、公務に従事する者の資格がその根拠を一定の法令中に有するに非ざれば、刑法上これを公務員と称するを得ざるものとす
と判示しました。
3⃣ 公務員であることは、法令上明らかであれば足り、任命権者や職務に従事する法令上の根拠を明らかにする必要はありません。
この点に関する以下の判例があります。
裁判所は、
- 刑法第197条の公務員の賄賂收受罪について刑事訴訟法第360条第1項により「罪となるべき事実」を判示するには、公務員であることを判断することのできる具体的事実を示してその者が職務に関し賄賂を収受した事実を説明すれば足りるのであつて、公務員たることの資格が認められる法令上の根拠まで示す必要はない
- 原判決は被告人が京都拘置所の看守を拝命して津山刑務所に勤務中職務に關し金員の借与をうけて賄賂を収受した事実を説明しているのであって、看守は監獄官制第3条第8条によって公務員であることが判断され得るのであるから、原判決において右のごとく被告人が看守であることを判示している以上原判決には所論のような違法はない
と判示しました。
裁判所は、
- 公務員の賄賂収受罪を判示するに当たっては、公務員であることを判断しうる具体的事実を示しその者が職務に関し賄賂を収受した事実を説明すれば足り、公務員たることの資格を認められる法令上の根拠までも示す必要はないのである
と判示しました。
議員とは?
1⃣ 議員とは、
- 国や共同体の意思決定機関の構成員
をいいます。
議員には、
- 衆参両議院議員
- 都道府県市町村議会議員
はちろん、
- 公法人の会議の議員
もこれに当たります。
公法人の会議の議員を公務員と認めた以下の判例があります。
大審院判決(昭和5年3月13日)
水利組合(水利組合法(明治41 年法律第50号)により設定された組合であり、土地改良法施行法(昭和24年法律第196号)により解散された)の議員を公務員と認めた事例です。
裁判所は、
- 水利組合は国家がその行政組織中に加える趣旨に基づき、目的を付与してその存立を認めたるものにして、この目的たる事業を国家の監督の下に遂行する公法人なうこと明白なり
- 而して組合会議員は水利組合法第18条により選挙せられ、同第23条、第24条等所定の事務を行うものなれば、刑法第7条にいわゆる法令により公務に従事する議員なりというべし
と判示しました。
大審院判決(大正11年1月30日)
市農会(農会法(大正11年法律第40 号)により設立された農会の一つ、農会法は農業団体法(昭和18年法律第46号)により廃止され、農会も解散された)の議員を公務員と認めた事例です。
裁判所は、
- 農会が公法人なることつとに本院判例(大正12年(れ)第1534号同年12月13日判決)とするところなり
- 従って、被告等が秋田市農会議員として同会の会長その他の役員を選任すべき職務は公務員としての職務にほかならず
と判示し、市農会の議員に対して刑法197条1項の適用を認めました。
2⃣ 上記のように、公法人を議員として認めた判例があるものの、そうでない場合もあり得るので、
- 公法人であれば、直ちにその議員が公務員となるものではないこと
- 公法人の事務が、常に直ちに公務とならないこと
に注意が必要です。
3⃣ 議員や地方公共団体の長には改選があります。
改選が行われる場合、議員や地方公共団体の長は一時公務員の身分を失うことがありますが、この場合につき、市長が改選前に、現に一般的職務権限に属する事項につき再選後担当すべき具体的職務の執行について請託を受けて賄賂を収受したときは、受託収賄罪が成立するとした判例があります。
裁判所は、
- 市の発注する工事に関し、入札参加者の氏名及び入札の執行を管理する職務権限をもつ市長が、任期満了の前に、再選された場合に具体的にその職務を執行することが予定されていた市庁舎の建設工事の入札等につき請託を受けて賄賂を収受したときは、受託収賄罪が成立する
と判示しました。
「委員」とは?
1⃣ 「委員」とは、
- 官公署その他公的機関内において、公的な諮問に答えたり、試験を実施したりする非常勤の国家又は地方公務員
をいいます。
例えば、
がここにいう「委員」に該当します。
裁判所の民事調停委員は、非常勤の裁判所職位として国家公務員と解すべきとされます(民事調停法8条2項)。
2⃣ 「委員」に該当しないものとして、
- 総理大臣の諮問機関であっても私的なもの
- 委員会や委員という名称を用いていても、法令に根拠を有しないもの
は「委員」ではなく、公務員とはなりません。
3⃣ 判例でここにいう「委員」に認められたものとして、
- 市制63条により設けられた市会会議規則による市工事建築工事促進委員(大審院判決 昭和6年3月7日)
- 町村制69条により臨時に増員した町村の土木委員(大審院判決 昭和7年11月17日)
- 町村制69条により耕地整理共同施行に関する事項を協議決定するために町村会で選定された耕地整理共同施行委員(大審院判決 昭和8年6月7日)
- 町村制69条により、町村会で定められた小学校の臨時建築委員(大審院判決 昭和8年8月1日)
- 町村制69条に基づき村会の議決により選任された村工事委員(大審院判決 昭和9年9月4日)
- 町村制69条に基づき町長の推せんを受け町会で選定された町水道委員(大審院判決 昭和9年9月14日)
- 市制83条により市会の決議により委任された市議会全員協議会により市会の推せんをまって協議決定の結果選ばれた市会議員により更に選ぱれた市塵芥焼却場敷地選定委員(大審院判決 昭和15年4月22日)
- 農地委員(名古屋高裁判決 昭和27年1月7日)
- 土地区画整理委員(東京高裁判決 昭和29年6月2日)
- 海辺漁業調整委員会委員(最高裁決定 昭和36年10月2日)
があります。
4⃣ 労使間の紛争に当たる
- 仲裁委員・仲裁委員会の委員
(労働関係調整法29条、労組法20条、行労法34条)は、常勤ないし非常勤の公務員(労組法19条の3第6項等)である場合には、公務員となります。
国や地方公共同体から選任・委嘱され公的事務を行っている民間人の公務員性
民間人が、国や地方公共団体の事務を委任され、公務に参加する制度があり、基本的にはボランティアの立場で実費弁償を受けるにすぎないものの、事務の性質上その事務に関しては公務員ではないかと思われる場合があります。
例えば、国や地方公共同体から選任又は委嘱され公的事務を行っている
は公務員に当たると考えれています。
これに対し、
は、矯正管区長からの委嘱を受け、被収容者の相談相手の仕事をするものの、直接の法的根拠を有しないので、公務員とはいえないと考えられています。
これらの民間人の場合、その根拠法令とその扱う事務の内容選任の要件、身分、手当等を総合的に考察して、公務員といえるかどうかを決することになると解されています。
以下で①~⑥について詳しく説明します。
① 民生委員について
民生委員は、民生委員法により、厚生労働大臣が委嘱するもので(5条)、給与は支給されていませんが(10条)、福祉事務所その他の関係行政機関の業務に協力することを職務としており(14条5号)、その職務に関して、都道府県知事の指揮監督を受ける(17条1項)ので、刑法上の公務員というべきであると考えられています。
行政解釈も民生委員は地方公務員と解しています(行実昭和26年8月27地自公発360号)。
② 児童委員について
児童委員は、児童福祉法により、民生委員が充てられ、児童福祉司又は福祉事務所の社会福祉主事の行う職務に協力することを職務としており(17条1項4号)、その職務に関し、都道府県知事の指揮監督を受けるので(17条4項)、刑法上の公務員というべきであると考えられています。
③ 保護司について
保護司は、保護司法により、法務大臣の委嘱する(3条)無給(ただし、実費の支給は受ける。11条)の者です。
その職務は、地方更生保護委員会又は保護観察所長の指揮監督を受け、それらの所掌する事務に従事する(更生保護法32条)ので、公務員というべきであると考えられています。
行政解釈も保護司を非常勤の国家公務員としています(昭和26年8月10日人事院指令14-3)。
④ 人権擁護委員について
人権擁護委員は、人権擁護委員法により、法務大臣が委嘱するもので(6条)、無給であり(ただし、実費の支給は受ける。8条)、国家公務員法の適用はないとされています(5条)。
しかし、人権侵犯事件の救済のための調査、法務大臣への報告、関係機関への勧告等適切な処置を講ずるなどの職務を行い(11条)、職務に関して、法務大臣の指揮監督を受けることから(14条)、国の公務員と解すべきと考えられいます。
行政解釈も人権擁護委員を国の公務員としています(昭和24年12月21日法務府法意1発81号法制意見第1局長回答)。
⑤ 母子・父子自立支援員について
母子・父子自立支援員は、母子及び父子並びに寡婦福祉法で設けられたものです。
都道府県知事等が任命する非常勤又は常勤の職員で、母子家庭等や寡婦に対し、相談に応じたり、自立に必要な情報提供や指導を行うなどの職務に従事するもので(8条2項)、地方公務員です。
⑥ 行政相談委員について
行政相談委員は、行政相談委員法により、総務大臣から委嘱され、国の行政機関等の業務に関する苦情の相談に応じて必要な助言をし、行政機関等に苦情を通知したり、通知した苦情に関して行政機関等の照会に応ずるなどの業務を行う者です(2条)。
業務に関しては総務大臣の指導を受けることとされており(7条)、実費の支給を受けるのみで報酬は受けませんが(8条)、刑法上は国家公務員と解すべきとされます。
「みなし公務員」も公務員である
公務員とみなされる「みなし公務員」についても、その職務が公務であるか否かに関わりなく、収賄罪の適用に当たって公務員とみなされ、収賄罪の主体となります。
みなし公務員とは、「公務員ではないが、公務員とみなされて、公務員に適用される刑法の規定の一部が適用される職員」をいいます。
具体的には、
- 日本郵便の職員
- 日本銀行役職員
- 国立大学職員
- 日本年金機構の役職員
- 電気・ガス・水道・通信など公共インフラに関わる職員
- 自動車教習所の技能検定員
- 日本弁護士連合会の会長
- 公証人
などが該当します。
非公務員でも共犯者となる場合は単純収賄罪の主体(犯人)になる
犯罪には、身分犯というものがあります。
身分犯とは、犯人に一定の身分がなければ、犯罪が成立しない犯罪をいいます。
単純収賄罪は犯人に「公務員」という身分がなければ犯罪が成立しない身分犯です。
身分のない者でも、刑法65条1項により、身分のある犯人と共謀して身分犯たる犯罪を犯せば、共同正犯(共犯)として、身分のある犯人と全く同じく処罰されます。
このことから、非公務員でも、単純収賄罪の共犯者となる場合は、共同正犯(共犯)として単純収賄罪の主体(犯人)になります(刑法65条1項)。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正3年6月24日)
裁判所は、
- 被告人Bは、公務員たる身分ある者にあらずといえども、公務員たるAと共謀としてその公務員の職務に関し賄賂を収受するにおいては、刑法第197条の正犯として処罰を免がるべからざるものなること同第65条1項の適用上論を俟たざる
と判示しました。
大審院判決(昭和7年5月11日)
裁判所は、
- 公務員に非ざる者が公務員と共謀し、後者の職務に関し賄賂を収受するにおいては、刑法第65条第1項により収賄罪の共同正犯として処罰せらるるものとす
と判示しました。