前回の記事の続きです。
賄賂の「収受」とは?
単純収賄罪は、刑法197条1項前段において、
- 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する
と規定します。
ここにいう「収受」とは、
- 賄賂を受け取ること
をいいます。
既遂時期
1⃣ 賄賂が有形の利益(金品、土地など)の場合には、
- 有形の利益を事実上支配するに至った時
- 有形の利益の現実的な支配を取得した時
に収受となり、この時点で単純収賄罪は既遂に達します(既遂の説明は前の記事参照)。
賄賂が無形の利益の場合には、
- 無形の利益を現実に享受した時
に収受となり、この時点で単純収賄罪は既遂に達します。
なお、賄賂でなければ収受は成立しません。
2⃣ 有形の利益の具体例として、
- 金銭や財物
- 金融の利益(大審院判決 大正4年7月9日)
- 家屋・建物の無償貸与(大審院判決 昭和9年6月14日、東京高裁判決 昭和28年11月5日)
- 自己の債務の返済(大審院判決 大正14年5月7日、東京地裁判決 昭和52年7月18日)
- 自己(公務員)が保証している債務の返済(最高裁決定 昭和41年4月18日)
- 担保の提供・保証(大審院判決 昭和11年10月3日)
- 不動産(土地・建物)の買受け(最高裁決定 平成24年10月15日)
が挙げれます。
無形の利益の具体例として、
- 接待・供応・芸妓の演芸(大審院判決 明治43年12月19日)
- 異性間の情交(大審院判決 大正4年7月9日、最高裁判決 昭和36年1月13日、仙台高裁判決 昭和35年4月12日、福岡高裁判決 昭和58年10月12日)
- 職務上の地位(大審院判決 大正4年6月1日)
が挙げられます。
公務員が賄賂の見返りに当たる職務を執行した後でも、賄賂を収受すれば、その時点で単純収賄罪が成立する
単純収受罪は、多くの場合、賄賂を収受してその後にこれと対価関係にある職務を執行する場合が通常です。
しかし、単純収賄罪は、常に必ずしも将来の職務行為を目的とするものではないので、正当、不当を問わず、
- 職務を執行後でも、賄賂を収受すれば、その時点で収受罪が成立する
となります。
賄賂の収受が職務に関連すれば足り、収受と職務執行の前後関係は犯罪の成否に影響がないことを判示した以下の裁判例があります。
大審院判決(大正9年12月10日)
裁判所は、
- 賄賂収受罪は、賄賂の収受行為がいわゆる職務に関するをもって足り、職務執行と賄賂収受との前後如何は犯罪の成否に影響なしと解すべきものなるをもって、賄賂の交付提供約束の罪につきてもまた犯人の相手方たる公務員仲裁人の職務執行後におけるこれらの所為といえども、なおその執行前における場合と等しく犯罪成立するものと解すべきものとす
と判示しました。
賄賂を収受したが、実害が発生しなかった場合でも単純収賄罪は成立する
賄賂を収受したが、実害が発生しなかったとしても、単純収受罪の成立を妨げるものではありません。
判例は、中学校の教務主任の収賄が特に生徒の教科書代金に影響を与えなかった場合につき、単純収賄罪の罪責を免れないとします。
大審院判決(昭和6年8月6日)
裁判所は、
- 公立中学校長がその権限に基づき、教諭に生徒用教科書販売店の指定及びその販売すべき教科書の割当事務を管掌せしめたるときは、該事務は教諭の職務に属するものとす
- 公立中学校の教諭が叙上の職務に関し、供応を受けたるときは、たとえこれがため各生徒が正当の代償をもって一定の日時までに所要の教科書を調整することにつき障害を与えざりしとするも、収賄の罪責を免れることを得ざるものとす
と判示しました。
賄賂が有形の利益である場合について
有形の利益を事実上支配するとは?
有形の利益を事実上支配するとは、客観的に見て、
- 収賄者がその利益に対して事実上の占有・支配を取得したこと
を意味します。
したがって、現実にその利益を握持したことは要しませんが、名目上支配し得る立場に立っただけでは足りません。
収賄者が有形の利益に対して事実上の占有・支配を取得したか否かは、その有形の利益を享受し得る状況にあるか否かによって決することになります。
この点に関する以下の判例・裁判例があります。
大阪高裁判決(昭和32年11月9日)
賄賂の金銭を収賄者のために単に預金していただけでは、現実の支配がなかったとした事例です。
裁判所は、
- 賄賂を供与し、これを収受したとなすには、その目的物に対する現実の支配の移転がなければならないものと解すべきであって、今本件についてこれをみるに前示三社から拠出する謝礼金は落札の都度直ちに被告人に手渡されず、これを積立してゆき、ある時期に至って初めて同人に現実に交付されるものであることは当該関係人のすべてにおいてこれを了承していたこと、而して外形の実際面からみても被告人Kが右醸出金の保管占有をしており、落札の都度には醸出された金員が被告人Tに交付されていないことが明白であるから、これらの事情に鑑みればいずれは被告人Tに現実交付されるにしても、三社から一定の割合による謝礼金を拠出し、被告人Kにその保管を託しただけでは未だその醵出金に対する現実の支配が被告人T に移転したものではないとみるのが妥当な見解である
と判示し、随時現在高を報告して収賄者の了解があったとしても、現実の支配はないとしました。
大審院判決(昭和4年3月29日)
既に保管している利益の一部について賄賂として収受する約束があるときには、その部分が特定した時に収受が成立するとした事例です。
裁判所は、
- 2325円の保管金のうち、325円を賄賂とする約束があり、2000円を2325円の領収書と引換えに、他に支払った時点で収受があった
としました。
有形の利益について、賄賂性の認識がない場合には、未だ収受があったとはいえない
有形の利益の現実の支配を取得したとしても、その時点において、その有形の利益について、賄賂性の認識がない場合には、未だ収受があったとはいえません。
賄賂であることを認識し、賄賂を受け取る決意をした時点で賄賂の収受があったとされます。
この点に関する以下の裁判例があります。
東京地裁判決(昭和33年7月1日)
裁判所は、
- 10万円は被告人TからSを介し封筒入りのまま「海さんわらじ銭だよ」といって餞別名義で被告人Uに交付されたが、被告人Uの検察官に対する供述調書によれば、同被告人は同夜自宅において右封筒を開き本件授受の金額が通常の餞別としてはやや多額であることを認識しながらこれを受領する決意を生じたことが明らかであるから同被告人が右決意を生じた時をもって本件贈賄罪の供与及び収賄罪の収受の各行為が既遂の時期に達したものと解するのが相当である
と判示しました。
有形の利益を領得する意思がない場合は、収受があったとはいえない
有形の利益を自己において領得又は享受する意思がない場合にも、収受があったとはいえません。
この点に関する以下の裁判例があります。
大阪高裁判決(昭和29年5月29日)
裁判所は、
- 賄賂収受罪と賄賂供与罪は必要的共犯で必ず両立しなければならないけれども、賄賂要求罪と賄賂申込罪は収賄者又は贈賄者の一方的行為のみによって成立する
- 賄賂の提供授受が行われたとしても相手方が両者の従来からの私的交際関係上、即座に突返す訳にもゆかず機会をみて、返還する意思の下に一時これを預ったにすぎない場合は賄賂収受罪の成立しないのはもちろん賄賂供与罪も成立しないけれども、賄賂の供与は常に賄賂の申込を前提とするものであって、賄賂供与行為の中には当然賄賂の申込を包含するから、賄賂申込罪の成立を認めるを妨げない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和33年6月21日)
裁判所は、
- 賄賂を収受するとは、賄賂の目的物たる利益を自己において現実に取得することと解せられるのであるから、領得の意思をもってこれを受領するのでなければ賄賂の収受とは認められず、もし後日これを返還する意思で受け取ったにすぎないときは未だ賄賂を収受したものと認められない
と判示しました。
仙台高裁判決(昭和28年3月16日)
裁判所は、
- 所論(※弁護人の主張)は被告人は右金5万円を領得する意思なく後日返還する目的で、一時受取ったにすぎない旨弁疏するので按ずるに、賄賂を収受するとは、賄賂の目的物たる利益を自己において現実に取得することと解せられるのであるから、領得の意思をもってこれを受領するのでなければ賄賂の収受とは認められず、もし後日これを返還する思思で受け取ったにすぎないときは未だ賄賂を収受したものと認められないことは所論のとおりである
- 而して、証拠によれば、被告人は右金5万円を後日Nらに返還する意思で、これを一時受け取り、帰宅後妻Kにこれの一時保管を託しておいたところ、妻は仕事が多忙であったり、また病気にかかったりしたためこれを返還することを怠ったにすぎず、本件につき押収捜索の行われた際にもそのまま開封せずにあった旨の事実に符合する供述部分も存在するのである
- しかしながら妻に返還先を具体的には何ら指示した点は認められず、一方原判決引用の証拠によれば、被告人は右金5万円がいわゆる賄賂であることを十分認識していながら、これを受け取り、受け取ったときから本件検挙までの約2か月間これを自宅に所持していたことは明白である
- もし被告人において真に返還の意思があったならば、この間に返還の機会はいくらでもあったものと認められる
- 被告人の当時の月収人が約2万4千円であったことから考えて、右金5万円を妻に保管せしめていることを失念してしまうにしては金額が多額すぎるのである
- これらの点から考えれば被告人が真に返還の意思をもって右金5万円を一時預り保管したにすぎないものとは認め得ず、これを領得の意思をもって受領したものと認めるのを相当とし、右被告人の弁疏に符合する証拠は信用するに足らない
と判示しました。
有形の利益の現実の支配を取得すれば、その支配を直ちに他に移転したとしても、収受の成立を妨げない
有形の利益の現実の支配を取得すれば、その支配を直ちに他に移転したとしても、収受の成立を妨げません。
この点に関する以下の裁判例があります。
福岡高裁宮崎支部判決(昭和33年10月28日)
供与の趣旨を了承して賄賂を一旦受領した後、妻から横取りされた事案です。
裁判所は、
- 賄賂提供者においてその意思をもって提供したとしても、相手方において犯意が認められない等の場合には相手方は処罰の対象とはならず単に賄賂提供のみ処罰せられ得ることは当然であって、被告人Kは一旦右供与の趣旨を了承の上受領する意思をもってこれを受け取ったものであるから、その後妻からこれを横取りされた(同人の妻は多分Mに対する嫉妬によりかような挙動にいでたものと推測せられる) としても、これを受領し自己の実力支配内に置くと同時に収賄の罪を構成するということができる
- 従って原判決が被告人Kにおいてこれを受領したものでないとして、被告人Bほか4名に対して単に賄賂の申込をしたに過ぎない旨認定したことは事実を誤認したものというべきである
と判示しました。
有形の利益は、現実の支配が取得されたことを要するので、法律上の支配を取得したとしても、直ちに収受があったことにはならない
有形の利益は、現実の支配が取得されたことを要するので、法律上の支配を取得したとしても、直ちに収受があったことにはなりません。
一般的には、動産の場合には、
- 現実の引渡しないしそれに準ずる行為(例えば動産の隠匿場所の地図や鍵を渡す場合など)があった場合
に現実の支配が取得されたとして、収受といえると解されます。
不動産の場合には、
- その不動産を占有ないし使用するに至った場合
又は、
- 仮登記、登記などによって、その不動産に対する権利を明確にした場合
などに現実の支配が取得されたとして、収受といえると解されます。
利益が確定していない場合に収受があったといえるか?
利益が非確定的であるために、現実の支配の移転があった時に、未だ利益が生じていない場合に、いつ収受があったといえるかという問題があります。
この問題に関する典型的な事例は、
- 公開すればプレミアムの生ずることが予想される株式の公開前の譲渡
- 公開株式の優越的割当て
です。
株式の譲渡は、プレミアム発生前に行われるので、事実上の支配の移転があったことは間違いありませんが、未だに利益は発生していません。
場合によっては利益どころか損失の生ずるおそれもあります。
そのため、裁判例(東京地裁判決 昭和56年3月10日)の中には、
- 実行行為は、割当、引受払込の行為によって完了するから、後日上場始値が公開価格と同額か、あるいはこれを下回るといった不測の事態を生じたときには、実行行為終了後における結果不発生(終了未遂)の一場合として取扱えば足りることとなる
- 未遂罪処罰規定を欠くため、申込、要求、約束に当たることあるは格別、供与、収受罪としては犯罪不成立
とするものがありますが、この判決には反対意見もあり、
- 元来、一般人にたやすく入手できないプレミアム付株式の譲渡を受けること自体が、人の需要、欲望を満たすものであって、かかる株式を取得し得る立場こそ賄賂とみなすべき利益であるから、公開後の損得は犯罪後の情況にすぎないと解すべきである
とします。
結論として、大多数の考え方は、株式の割当てを受け、これに払込みをして、現実の支配を得れば、収受が成立すると解すべきであるとします。
この点に関する判例・裁判例として以下のものがあります。
大審院判決(大正9年12月10日)
裁判所は、
と判示し、株式の割当てを受け、これに払込みをして、現実の支配を得れば、収受が成立するという立場をとりました。
大阪高裁判決(昭和39年11月21日)
裁判所は、
- およそ人の欲望を満たすに足るものは、その形体の如何を問わず賄賂となり得るのであり、たとえ正規の代金を支払ったとするも一般人に入手し得ないもの、すなわち売出価格が相当低額に定められ、割当を受けることにより直ちに多額の利益、いわゆるプレミアムを得られる関係にあり、そのため取扱業者として一般人に公開するようなことをせず、特殊の限られた範囲の者に報いる意味で分譲している事情にある本件株式について、何らそのような関係のないままに、職務に関し特別にその割当を受けたものであることは明らかであるから、収賄罪を構成する
と判示し、株式の割当てを受け、これに払込みをして、現実の支配を得れば、収受が成立するという立場をとりました。
なお、この場合の追徴(収受した賄賂に当たる金額の追徴)は、現実の利益によって決することになるとされます。
賄賂が無形の利益である場合について
1⃣ 無形の利益については、現実にその利益の享受があって初めて収受となります。
2⃣ 約束はあっても収受はない無形の利益についても、それを享受した時点において、賄賂性の認識を必要とします。
有形の利益と異なり、後に認識が生じても収受は成立しません。
3⃣ 情報のような利益も賄賂となります。
必ずしも、経済的利益につながるものでなくても、人の欲望を満たすに足りる情報であればよいです。
その情報を得た時点で収受が成立し、それを活用したか否かは、犯罪の成立に関係しません。