賄賂の没収・追徴(10)~「贈賄者からの没収・追徴 その5」を説明
前回の記事の続きです。
贈賄者からの賄賂の没収・追徴 その4
贈賄者は、賄賂を収受する者ではないので、通常は、贈賄者が没収・追徴の対象者となることはありませんが、賄賂が収賄者や第三者に収受された後に、贈賄者に返還された場合には、贈賄者から没収・追徴すべきかが問題となります。
この問題に対する説明は、
- 収賄者が収受した賄賂が贈賄者にそのまま返還された場合
- 収賄者が収受した賄賂に相応する対価が贈賄者に返還された場合
- 収賄者が収受した賄賂の一部を贈賄者に交付した場合
- 収受した賄賂を費消後に同額を贈賄者に返還した場合
- 収賄者が賄賂の一部を費消、混同したりした後、これを補填して、全額を贈賄者に返還した場合
- 収賄者から贈賄者に返還された物が、賄賂そのものか代替物か分からない場合
に分けて、贈賄者から賄賂を没収すべきか否かを説明します。
この記事では、⑥について説明します。
⑥「収賄者から贈賄者に返還された物が、賄賂そのものか代替物か分からない場合」に贈賄者から賄賂を没収すべきか?
収賄者から贈賄者に返還された物が、賄賂そのものか代替物かわからない場合は、没収すべき賄賂が存在するか否かはっきりしないことから没収できないこととなり、さらに、没収すべき賄賂の存在がはっきりしないことで追徴もできないということになります。
したがって、上記のような場合は、没収物件の存否を明確にしなければ、没収も追徴もできないことから、没収物件の存否を明確にすることなく、安易に収賄者から追徴をすることはできないとされます。
この点に関する以下の裁判例があります。
福岡高裁判決(昭和25年5月2日)
収受後の賄賂金品の状態を明らかにせずして追徴を言渡した原判決について、審理不尽の違法があるとして破棄した事例です。
裁判所は、
- なお職権をもって調査するに原判決は判示贈賄者Aから金1万5000円、贈賄者Bから金5000円、贈賄者Cがら金1万3000円、贈賄者Dから金5000円、贈賄者Eから金5000円を又被告人から金1万3812円をそれぞれ追徴する言渡しをしておるが、被告人が夫々前記贈賄者Aほか4名から賄賂として収受した現金を収受後費消もせず又自己固有の金銭その他の金銭とも混同せずに、元のままで前記各贈賄者に返戻したのであればその返戻金を贈賄者から没収し、没収不能のときは追徴すべきであるが、被告人が賄賂として収受した現金を費消するか、他の金銭と混同した後はたとえ収受金額と同額を他の金銭をもって返戻するも依然被告人から追徴すべきである
- 然るに本件訴訟記録全般を検討するも、叙上いずれの場合であるかが分明せず更にこの点の審理をまたなければ果して原判決が贈賄者らに対し前記のような追徴の言渡しをしたことが正当であるのか不正当であるのか判定することができない
- 結局、原判決には審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響することもちろんであるから、この点においても原判決は破棄を免れない
と判示しました。
上記裁判例があるものの、一般的には、金銭のような代替物が返還された場合には、特にその物の特定性が明確でない限り没収対象物ではないとして、追徴によっても不当とはいえないとする考え方もあります。
刑法197条の5に関するものではありませんが、刑法197条の5と同趣旨の旧衆議院議員選挙法114条の追徴に関し、
「被告人がNから返還を受けた金140円の金銭は、性質上代替物であるから、押収されていたとか又は封金で特別に保管されていたとかその他特定していることが明らかでない限り、没収することができない場合に該当するとしてその価額を追徴することは毫も差支えないところである」
とした判例があります(最高裁判決 昭和23年6月30日)。