賄賂の没収・追徴(11)~「『情を知った第三者』からの没収・追徴 」「第三者所有物の没収手続との関係 」を説明
前回の記事の続きです。
「情を知った第三者」からの没収・追徴
刑法197条の5の「情を知った第三者」とは?
賄賂の没収・追徴は、刑法197条の5において、
犯人又は情を知った第三者が収受した賄賂は、没収する。その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴する。
と規定されます。
賄賂の没収・追徴の対象者となる「情を知った第三者」とは、刑法197条の5の文理上、
- 賄賂であることを知っている犯人以外の者
を意味します。
「情を知った第三者」が組織であった場合
「情を知った第三者」は、自然人ばかりでなく、
- 法人、官庁、法人格のない組織
を含みます。
この点は、第三者供賄罪(刑法197条の2)における「第三者」と同じです(詳しくは第三者供賄罪(1)の記事参照)。
「情を知った第三者」が組織であった場合に、当該組織について情を知ったといえるのはどのような場合かが問題となります。
この点、判例(最高裁判決昭和29年8月20日)は、「情を知った第三者」が法人の場合には、
- 法人が情を知っているというのは法人の代表者が情を知っている場合をいうと解すべきである
とします。
法人格のない団体の場合にも、その代表者が情を知っていればよいと考えるべきとされます。
このほか、組織が刑法197条の5の「情を知った第三者」に該当するとした以下の判例があります。
裁判所は、独立性を有する農業協同組合の支部につき、
- 法人格こそ有しないが独立の会計を有していることなどにより、独立団体としての実質を備えている
として、刑法197条の2および刑法197条の5にいう第三者にあたるとしました。
「情を知った第三者」に該当する組織の代表者が複数いた場合
上記のとおり、「情を知った第三者」が法人の場合には、
- 法人が情を知っているというのは法人の代表者が情を知っている場合をいうと解すべきである
とされます。
このとき、法人等の組織の代表者が複数の場合において、「情を知った第三者」と認められるためには、「情」を代表者のうちの一人が知っていれば足りるとされます。
国や地方公共団体の機関が「情を知った第三者」となる場合
国や地方公共団体の機関が「情を知った第三者」と認められるためには、「情」を国や地方公共団体の各機関の長が知ればよいと考えられています。
地方公共団体と刑法197条の5の「情を知った第三者」の関係について言及した判例・裁判例として以下のものがあります。
警察署長が警察署に供賄させた場合、警察署長とその属する国家地方警察の警察署(岡山県後月地区警察署) との関係についていえば、その警察署はここにいう第三者に当たるとしました。
警察署長が警察署の代表者として情を知る立場に立つことを前提とし、県陸運事務所についても、所長が「自動車販売業者の自動車臨時運行許可申請に際し右業者より同事務所に正規の手数科以外に職員の交際費等に当てるべき金員を供与させて申請を許可すれば、刑法第197条の2(※現行法:刑法197条の5)の第三者収賄罪が成立する」としました。
国や地方公共団体の機関が「情を知った第三者」となった場合に、国(裁判所)が国(情を知った第三者)から没収・追徴することの是非
国の機関が「情を知った第三者」となった場合、国が国から没収・追徴するということになります。
没収・追徴は付加刑という刑罰なので、この場合、刑罰権の主体である国が刑罰の客体になるという背理を犯すことにならないかという問題があります。
この点、上記判例・裁判例のとおり、国の機関についても第三者性を認めており、その者に賄賂ないし相応する利益の残存する限り、これを放置することは、刑法197条の5の趣旨を貫徹しないことになるので、国の機関自体を没収・追徴の対象として扱うことは許されると考えらえています。
「情を知った第三者」からの賄賂の追徴・没収と「第三者所有物の没収手続」との関係
刑法の規定する没収は、刑法19条2項ただし書の場合を除いては、犯人以外の第三者の所有物にまで及ばす、犯人以外の第三者の所有物を没収することはできません。
そこで、第三者の所有物を没収する必要が生じた場合に、「第三者所有物の没収手続」を行い、その第三者に対し、その所有物を没収することの告知・弁解・防御の機会を与えた上で没収を行います。
「第三者所有物の没収手続」とは、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法による手続といい、没収しようとする没収物の所有者にその物を没収することを告知するなどの手続を踏むことで、犯人以外の所有に属する物(第三者所有物)を没収することができるようになる手続です(詳しくは刑罰(6)の記事参照)。
判例(最高裁判決 昭和37年11月28日)は、第三者所有物を没収するについて、所有者に弁解、防御の機会を与えないことは憲法29条1項、31条に相反するとします。
そのため、刑法197条の5による第三者からの賄賂の没収についても、第三者に対して、防御の機会を与えない限り没収をすることはできません。
「第三者所有物の没収手続」は、被告人に対する没収が第三者に及ぶ場合ばかりでなく、刑法197条の5のように、直接第三者から没収する場合にも適用があり、第三者から賄賂を没収する場合には、「第三者所有物の没収手続」を行う必要があります。
追徴には、第三者所有物の没収手続のような手続規定はない
「第三者所有物の没収手続」は没収を対象とした規定です。
追徴には、第三者所有物の没収手続のような手続規定はありません。
追徴には第三者所有物の没収手続のような手続規定がないとはいえ、第三者に対し、弁解・防御の機会を与えずにを追徴すれば、それは憲法違反と評価されることになります。
この点を判示したのが以下の判例です。
最高裁判決(昭和40年4月28日)(刑集第19巻3号203頁)
裁判所は、刑法197条の2(※旧刑法の規定)による追徴につき、憲法29条1項、31条を引用した後、
- 第三者に対する追徴は、被告人に対する刑と共に言渡されるものであるが、没収に代わる処分として直接に第三者に対し一定額の金員の納付を命ずるものであるから、当該第三者に対し告知せず、弁解防御の機会を与えないで追徴を命ずることは、適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科するものであって、憲法の右規定に違反するものといわなければならない
- 然るに、前記刑法197条の4(※旧刑法の規定)は情を知った第三者の収受した賄賂の全部又は一部を没収することができないときはその価額を追徴する旨を規定しながら、その追徴を命ぜられる第三者に対する 告知の手続及び弁解、防御の機会を与える手続に関しては刑訴法その他の法令になんらの規定するところがなく、本件においても第三者たるAは単に証人として第一審裁判所及び原審裁判所において取調べられているに過ぎないのであるから、右手続を履むことなく刑法の右規定によって同人から賄賂に代わる価額を追徴することは、憲法31条、29条に違反するものと断ぜざるをえない
と判示し、追徴についても没収と同様に、第三者に対する弁解、防御の機会の付与が必要であるとしました。
第三者から追徴をするに当たっての第三者に対する弁解、防御の機会の付与方法
第三者から追徴をするに当たっての第三者に対する弁解、防御の機会の付与について言及した以下の判例があります。
最高裁判決(昭和40年4月28日)(刑集第19巻3号300頁)
裁判所は、
- 本件において京都市農業協同組合太秦支部は被告人以外の第三者ではあるが、その代表者である被告人Mが公判手続を通じ本件犯罪事実につき弁解、防御の機会を与えられていたことは記録上明らかであるから、同組合支部も、結局これに対する本件追徴につき実質上弁解、防御の機会が与えられていたものと認められる
と判示しました。
この判例が引用する第三者没収に関する大法廷判決(最高裁判決 昭和39年7月1日)は、会社代表取締役が被告人として弁解、防御の機会を与えられていることを理由に当該会社にその機会が与えられていたとしており、この判決はそれを追徴に及ぼしたものです。
追徴は、没収と異なり、第三者没収に関する法規はなくても、上記判例のような程度で第三者に対して弁解、防御の機会を与えたとして憲法の要件を満たすと判断されています。
ただし、上記判例の事案のように、被告人が第三者の代表者でないような場合には、事実上第三者所有物の没収手続に参加させて、弁解・防御の機会を与えない限り、その第三者から賄賂相当額を追徴することはできないことになります。