前回の記事では、違法性阻却事由である「正当防衛」について説明しました。
今回の記事では、違法性阻却事由である「過剰防衛」について説明します。
傷害致死罪における過剰防衛
傷害致死罪における正当防衛について、防衛のためにした行為であっても、致死という重大な結果を招いていること自体が行為の相当性の存在を疑わせるものであるといえます。
そのため、傷害致死罪においては、正当防衛は認められず、過剰防衛を認定する事例が多くなります。
以下で、正当防衛ではなく、過剰防衛を認定した判例を紹介します。
①東京高裁判決(昭和30年4月26日)
素手の攻撃を防衛するに、短刀をもって相手を刺して死亡させた事案で、裁判官は、
- 過剰防衛にとどまる
と判示し、正当防衛の成立は認めず、過剰防衛が成立するとし、傷害致死罪の成立を認めました。
②高松高裁判決(昭和31年10月24日)
被害者が被告人を執拗に追い掛け、げたを手に殴りかかってきたのを、包丁で刺して死亡させた事案で、過剰防衛が成立するとしました。
③東京高裁判決(昭和32年9月19日)
飲酒中、酩酊した被害者にからまれたため、被害者を殴り倒して死亡させた事案で、過剰防衛が成立するとしました。
④福岡高裁判決(昭和32年9月28日)
養女に乱暴した上、制止しようとした妻や、被告人自身に暴行を加えた婿養子に対し、被告人がたまたま手に触れた短刀をもって婿養子に立ち向かい、婿養子を死亡させた事案で、裁判官は、殺意を否定し、防衛のための行為としつつも、防衛の程度を超えると判断し、過剰防衛が成立するとしました。
⑤東京高裁判決(昭和35年4月12日)
被告人に対し、車が接触しそうにすれ違ったため、運転手に対し、被告人が「危ねえ、この野郎」と怒鳴ったところ、運転手が車から飛び降り、手に刃物らしきものが見えたため、逃げ出したが、被告人と一緒にいた同僚が運転手に組みふせられたため、被告人が鉄棒で運転手の頭部を強打して即死させた事案で、過剰防衛を認定しました。
⑥横浜地裁判決(昭和35年9月28日)
取っ組みあいのけんかとなり、間もなく、被害者をつきとばして一旦逃げたが、現場に放置した自転車が気になり、戻ったところ、同僚が、被害者に塀に押しつけられ、角材で殴られそうになっているのを見て、角材を取り上げて被害者の頭部を殴打し、死亡させた事案で、過剰防衛を認定しました。
⑦大阪地裁判決(昭和35年12月26日)
通りがかりにすれ違った2人にいきなり一方的に暴行を受けたため、持っていたあいくちで相手の1人を突き刺して死亡させた事案で、裁判官は、
- 被告人の行為は、単なる喧嘩闘争のための反撃とは解せられず、専ら防衛意思から出たものである
として過剰防衛を認定しました。
⑧大阪地裁判決(昭和38年8月8日)
通りがかりに女性に悪ふざけしている被害者を見て、ロ頭で制止しようとしたものの、かえって攻撃されたため、目についた厚板で相手を殴った事案で、裁判官は、
- 1回のみならず数回にわたり頭部を殴打して死亡させたのが過剰防衛に当たる
として、過剰防衛を認定しました。
⑨東京高裁判決(昭和50年2月13日)
この判例で、裁判官は、
- 被害者が突然包丁で突きかかってきたのは、急迫不正の侵害であるが、被告人が包丁を奪い取った上、 これをもって被害者を刺したのは、被告人において依然防衛の意図があったとはいえ、憤激と興奮の余り、防衛に必要な程度を著しく超えたものといわざるをえない
と判示し、過剰防衛を認定しました。
⑩大阪高裁判決(昭和53年3月8日)
けんか闘争がおさまった後、相手方から予期しない暴行を受けたのに対し、ナイフで相手を刺して死亡させた事案で、裁判官は、喧嘩のひとこまとして評価すべきものではないとして、過剰防衛を認めました。
⑪横浜地裁川崎支部判決(昭和53年8月10日)
この判例で、裁判官は、
- 2名の者に因縁をつけられ、暴行を加えられた被告人が、1名に倒され上に乗りかかられた状態でナイフを振り回したのは、正当防衛の範囲内にあったと認めることができるが、更に立ち上がった後に、相手方2名を突き刺したのは、両名とも素手で相当酩酊していたこと等に鑑みて、いずれも過剰防衛と認めるべきである
と判示し、過剰防衛を認定しました。
⑫東京地裁八王子支部判決(昭和62年9月18日)
靴をもった右手を振り上げて殴りかかってきた被害者に対し、その胸部付近を右手拳で力一般突き飛ばし、その結果、相手方を橋の上から転落死させた事案で、裁判官は、
- 正当防衛における防衛行為の相当性の有無の判断は、狭義の反撃行為だけではなく、その結果をも含めた全体についてなされるべきである
- 本件行為は、防衛行為の相当性を越えるものとして、過剰防衛の成立が認められるに止まる
旨判示し、過剰防衛を認定しました。
⑬大阪高裁判決(平成7年3月31日)
この判例は、自分自身ではなく、他人を防衛し、その他人に対する防衛行為が過剰防衛とされた事例です。
集団での喧嘩の際、仲間に対する暴行を阻止するため、その暴行現揚に向かう途中、行く手を遮るようにして現れて向かってくる態度を示した相手を割れたビール瓶で攻撃して死亡させた事案で、過剰防衛を認定しました。
⑭東京地裁判決(平成9年9月5日)
同居の父親と飲酒口論後に就寝中、父親に起こされ、いきなり果物ナイフで肩などを刺された被告人が、父親の頬を殴打して転倒させ、胸腹部などを踏みつけて死亡させた行為について、過剰防衛を認定しました。
⑮福岡高裁判決(平成10年7月13日)
酔って因縁をつけて追跡してきた被害者を、パネル用の板で殴打して死亡させた行為について、過剰防衛に当たるとしました。
⑯大阪高裁判決(平成12年6月22日)
被害者に向けて椅子を蹴り倒すなどした後、背後から手拳で殴りかかってきた被害者に対し、その顔面を突いて転倒させ、脳挫傷等により死亡させた行為について、裁判官は、
- 被告人は体格及び攻撃防衛能力において格段に勝っていたうえ、被害者の攻撃は弱いものであって、容易に回避することができた
として過剰防衛を認定しました。
次回記事に続く
次回の記事では、「誤想防衛」「誤想過剰防衛」「誤想過剰避難」に関する違法性阻却について説明します。