刑法(傷害致死罪)

傷害致死罪(18) ~傷害致死罪における違法性阻却事由⑥「誤想防衛」「誤想過剰防衛」「誤想過剰避難」を判例で解説~

 前回の記事では、違法性阻却事由である「正当防衛」について説明しました。

 今回の記事では、違法性阻却事由である「誤想防衛」「誤想過剰防衛」「誤想過剰避難」について説明します。

傷害致死罪における誤想防衛

 誤想防衛とは、

侵害行為が存在しないのに、存在すると誤信して行った正当防衛行為(勘違いでやってしまった防衛行為)

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 傷害致死罪において、誤想防衛を認めた事例として、以下の判例があります。

大阪高裁判決(平成14年9月4日)

 被告人が、若者グループの乱闘騒ぎの中で、相手方グループ員から危害を加えられている兄を助け出して一緒に逃げるために、その相手方グループ員に暴行を加えるべく、普通乗用自動車を急後退させてグループ員を追い払おうとしたところ、車を相手グループ員の手に当てたほか、誤って兄に車両を衝突させ、櫟過して死亡させた行為について、誤想防衛を認定しました。

東京地裁判決(平成14年11月21日)

 母親らが酒に酔って暴力を振るう長男の頸部等を押さえつけて死亡させた事案で、裁判官は、

  • 防衛行為の相当性判断の基礎となる事実に関し錯誤があったのではないかという合理的な疑いがある

として誤想防衛を認めました。

傷害致死罪における誤想過剰防衛

 誤想過剰防衛とは、

急迫不正の侵害がないのに、侵害があるものと誤信して反撃し(誤想防衛)、しかも、その反撃が不相当である防衛行為(過剰防衛)

をいいます。

 つまり、誤想防衛と過剰防衛が合わさった防衛行為です(詳しくは前の記事参照)。

 傷害致死罪において、誤想過剰防衛の成立を認めた事例として、以下の判例があります。

最高裁決定(昭和62年3月26日)

 空手3段の在日外国人が、酪酊したA女と、これをなだめていたB男とが揉み合ううち、A女が尻もちをついたのを目撃して、A女がB男から暴行を受けているものと誤解し、A女を助けようとして両者の間に割って入ったところ、B男が防衛のため両こぶしを胸の前当たりに上げたのを、自分に殴りかかってくるものと誤信し、自己及びA女の身体を防衛しようと考え、とっさに空手技の回し蹴りをB男の顔面付近に当て、B男を路上に転倒させ、その結果、後日死亡するに至らせた行為について、裁判官は、

  • 誤信にかかる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱し、誤想過剰防衛に当たる

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和62年10月28日)

 従前から実兄にしばしば暴行を加えられ、現に右腕骨折の傷害を負わされ治療中であった被告人が、実兄が酔って怒鳴りながら立ち上がろうとするのを見て、恐怖にかられ、防衛のため、手に持った脇差で実兄を刺し、死亡させた行為について、誤想過剰防衛を認定しました。

東京高裁判決(平成12年9月19日)

 酔って被告人に暴行を加えた上、さらに近づいてきた夫を、ナイフで刺して死亡させた行為について、防衛に必要な限度を超えたものとして誤想過剰防衛の成立を認めました。

誤想過剰避難

 誤想避難とは、

  • 現在の危険がないのに、危険があると誤信して(勘違いして)、避難行為をすること

または

  • 相当な避難行為をするつもりで、不相当な避難行為をすること

をいいます。

 そして、誤想過剰避難とは、

誤想避難と過剰避難が競合した場合

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 傷害致死罪において、誤想過剰避難の成立を認めた事例として、以下の判例があります。

東京地裁判決(平成9年12月12日)

 夫婦げんかの際、妻がベランダへ行こうとしたのを見て、妻が飛び降り自殺を図るものと思い、これを制止すべく、妻の肩を強く突いてその場に転倒させた結果、妻を死亡させた行為について、誤想過剰避難を認定しました。

過剰防衛、誤想過剰防衛の主張が認められなかった判例

 傷害致死罪において、過剰防衛、誤想過剰防衛の主張が認められなかった事例として、以下の判例があります。

東京地裁判決(平成6年7月15日)

 一連の暴行のうち第1暴行について過剰防衛が認められても、第2暴行について防衛行為を認める余地がないときは、全体として過剰防衛の成立は認められないとしました。

東京高裁判決(平成13年9月17日)

 ナイフで被害者を刺して死亡させた事案で、裁判官は、

  • 被害者からナイフを取り上げた後は、ナイフで攻撃されるかも知れないという危惧感は解消した

として、誤想過剰防衛の成立を否定しました。

盗犯等の防止及処分に関する法律1条2項による正当防衛が認められた判例

 盗犯等の防止及処分に関する法律1条2項は、窃盗犯人、凶器をもった建物への侵入者などに対し、「行為者恐怖、驚愕、興奮又は、狼狽により、現場において犯人を殺傷したとしても罰しない」と定める法律です。

 盗犯等の防止及処分に関する法律1条2項による正当防衛が認められた事例として、以下の判例があります。

松江地裁判決(昭和33年6月9日)

 この判例は、漁船に乗船中、理由なく操舵室に侵入し、要求を受けても操舵室から退去しなかった者は盗犯防止法1条1項3号にあたるとして、船長が右の者に傷害を与え死に致した行為に対し、同法1条2項を適用し、正当防衛を認めました。

前橋地裁高崎支部判決(昭和41年10月14日)

 ダムエ事現場の飯場居室において、同僚と飲酒中に、別の班のA、Bが短刀等をもって乱入してきたのに対し、Aを包丁で刺して死亡させ、Bをのこぎりで切りつけて傷害させた事案で、裁判官かは、

  • Aに対するのは、室内で暴れるAに対し、たまたまそばにおいてあった包丁をもって防衛したのであって、盗犯等の防止及処分に関する法律による正当防衛が成立するが、Bに対するのは、A、Bの乱入時からある程度の時間を経過し、当初の狼狽、興奮もさめてもよい時点にあったにもかかわらず、Aを刺した後、同僚らがBを室外に押し出し、Bが守勢に回った後に、同僚のもとにかけつけて、積極的に暴行を加えたものであり、通常のけんか闘争に発展したものであって、同法による正当防衛に当たらない

と判示し、Aに対しては、同法1条2項を適用し、正当防衛を認めました。

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