刑法(脅迫罪)

脅迫罪(9) ~「害悪の告知は『畏怖させるに足りる程度』である必要がある」「恐喝罪の成立を認めるに当たり、被害者の現実の畏怖は要しない」を判例で解説~

害悪の告知は「畏怖させるに足りる程度」である必要がある

 脅迫罪(刑法222条)における害悪の告知は、

一般に人に畏怖心を生じさせるに足りる程度のもの

でなければなりません。

 なので、だれも畏怖しないような事柄を告知しても脅迫ではありません。

 畏怖に至らず、

  • 人を困惑させる程度にとどまる害悪の告知
  • 単なる気味悪さ、不快感、ある程度の不安感を与える程度の害悪の告知

では、脅迫罪は成立しません。

 参考になる判例として、威圧感だけでは足りないとし、恐喝罪の成立を否定した事例として、以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和25年10月10日)

 復員船の船長に対し、約2000名の復員者の座談会に出席を求め、叱咤怒号した行為について、威圧を示したにとどまり脅迫罪を構成しないとしました。

 裁判官は、

  • 脅迫罪の脅迫とは、相手方をして恐怖せしめる意志をもって、その親族の生命、身体、自由、名誉、財産に対する害悪を加うべきことを相手方に通告することを言う
  • 相手方及びその親族以外の第三者の右列記の各法益に対する害悪又は相手方及びその親族の右列記以外の法益に対する害悪の通知は脅迫罪を構成しない
  • 右列記の法益に対し、害悪を加うべきことを通告し、それが普通人の心理において畏怖心を生ぜしめるに足る以上、相手方が恐怖心を生じなくも脅迫罪は成立するのである
  • それ故に、本件において相手方に対し、たとえ被害感情を生ぜしめたとしても、あるいはまた、叱咤怒号したとしても、被告人らの言動は、相手方に対し、多数復員者の合同力による威圧を示したに止まり、右列記の法益に対する害意の告知を伴うものと認められない上、その言動矯激に失する嫌あればとて脅迫罪は成立しない

と判示し、叱咤怒号して威圧を示しただけでは、害悪の告知とはいえず、脅迫罪は成立しないとしました。

 逆にいえば、害悪の告知が、一般人を畏怖心を生じさせるに足りるものであれば、恐喝罪が成立します。

 畏怖の程度がどうかは問われません。

 なので、一般人を畏怖心を生じさせるに足りるといえるぎりぎりの事案であっても、恐喝罪が成立します。

恐喝罪の成立を認めるに当たり、被害者の現実の畏怖は要しない

 害悪の告知が一般人にとっては畏怖心を生じさせるに足りる程度には至ってはいるものの、被害者にとっては、現実には畏怖心を生じなかった場合に脅迫罪を構成するかという点が問題になります。

 つまり、脅迫罪の成立を認めるに当たり、被害者の現実の畏怖を要するかという問題です。

 結論として、害悪は、一般人が畏怖心を生ずる程度のものとして告知すれば足り、被害者が現実に畏怖したことを要しません。

 この点について以下の判例があります。

大審院判決(明治43年11月15日)

 要求に応じなければ放火又は殺害をなすべき旨を書面に書いて発送した事案で、裁判官は、

  • 刑法222条に規定する脅迫罪は、同条列記の法益に対して危害の至るべきことなるを不法に通告することによって成立する
  • 必ずしも被通告者において、法益に対して害を受けるべしとの信用部に畏怖の念を起こしたることを要せず

と判示し、脅迫罪の成立を認めるに当たり、被害者が畏怖の念を起こすことを必要としないことを明確に示しました。

大審院判決(大正5年5月15日)

 恐怖心を生ずる前提として、告知された害悪が実際に発生するものと信じたかどうかに関して言及し、脅迫罪の成立を認めるに当たり、被害者が、告知された害悪が実際に発生するものと信じる必要はないとしました。

 裁判官は、

  • 巡査に対し、取締を厳重にするならば、爆発物にて一家を鏖殺する旨の書面を送致したる行為は、脅迫罪を構成する
  • 而して、その告知を受けたる者において、告知せられたる害悪が現実に発生するものと信じたると否と、また現実に畏怖の念を生じたると否とは、犯罪の成否に消長なし

と判示しました。

大審院判決(昭和8年11月20日)

 市会が公金の分配に関して、市会議長に対し、再考を促すため決議書と同議長の名前を記入した位牌を同議長の内縁の妻を介して交付したという事案で、裁判官は、

  • 数人共同して、他人を畏怖せしむる目的をもって、その名誉に対する害悪の通告をなしたる事実ある以上は、現実その者に畏怖心を生ぜしめたると否とを問わず共同脅迫罪成立す

と判示し、被害者が実際に畏怖心を生じたかどうかにかかわらず、脅迫罪が成立するとしました。

広島高裁松江支部判決(昭和25年11月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 他人を畏怖せしめる意思をもって生命、身体、自由、名誉または財産に刻し危害を加うべきことを通告した場合、その通告の内容が客観的に人を畏怖せしめるに足るものである以上、相手方がこれにより畏怖を感じたると否とを問わす、脅迫罪が成立する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和32年12月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 脅迫罪は刑法第222条に列記した法益に対して危害が加えられるであろうということを不法に通告することによって成立し、必ずしもそのため被通告者が畏怖の念を起したことを必要としないものと解すべきであるから、たとえ被害者Sにおいて現実には畏怖の念を起さなかったとしても、脅迫罪の成立になんら消長をおよぼすところはない

と判示しました。

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