刑法(脅迫罪)

脅迫罪(17) ~「脅迫者自身ではなく、第三者を使って害を加えることを告げる場合も、脅迫罪を成立させる」を判例で解説~

脅迫者自身ではなく、第三者を使って害を加えることを告げる場合も、脅迫罪を成立させる

 告知者(脅迫者)自身ではなく、第三者を使って害を加えることを告げる場合も、脅迫罪(刑法222条)を成立させます。

 脅迫は、条文の文言が「害を加える旨を告知して」とあることからも、害悪を「加える」旨の告知である必要があります。

 なので、単に害悪が発生することを告知するだけでは足りず、自ら加害するといえるような状況、つまり、害悪の発生に対して、告知者がなんらかの主体的な立場や、第三者に対してその加害行為の決意に影響を与え得る地位にあることを知らせることを必要とします。

 第三者による加害行為を告知した場合、通常人をして告知者において実現可能な加害であると考え、畏怖させるに足る程度のものでなければなりません。

 一般人をしてそのように信じさせるに足るものがあれば、現実には告知者が上記のような地位にあるかどうかを問いませんし、被害者が告知者が影響力を有するということを信じなかった場合でも脅迫罪は成立します。

判例

 第三者による加害行為が告知内容になった場合、脅迫罪を構成するかとの問題について判示した以下の判例があります。

大審院判決(昭和7年11月11日)

 被告人が、婦人に対し、その貞操に関する投書(実在しない人物名義)が新聞社に寄せられている旨の虚偽の事実を告知して、暗にその事実が新聞紙上に掲載されるおそれがあるかのように申し向けて、婦人を脅迫した事案で、裁判官は、

  • たとえ、名を虚無の第三者の行為にかり、害悪がその虚無人(※実在しない人物)の行為によりて来たるべきことを通告するも、また被通告者において、現実に畏怖の念を生ぜざりしとするも、脅迫罪の成立を妨げることなし

と判示し、第三者(この判例の場合は実在しない人物)による加害行為が告知内容になった場合でも、脅迫罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和10年6月24日)

 真宗大谷派住職女婿が、住職らがYから処分を受けたのは被害者のためであるとして、Yに対し、「待っていろ。今に全市大動員で征伐を始めるから」などと書いた葉書を郵送した事案で、裁判官は、

  • 他人の名誉等に害を加えるべき旨を通告して、これを畏怖せしめたる場合は、たとえ通告者自身害を加える能力なしといえども、第三者をして害を加えしめ得べきときは、脅迫罪を構成することももちろんなし

と判示し、第三者を使って害を加えることを告知した場合でも、脅迫罪は成立するとしました。

大審院判決(昭和10年11月22日)

 県外の被害者が、県内で湯屋営業をしようとして、営業許可を得るに当たり、県内の自己の女婿の名義を使用したが、不安を感じて開業直後に名義を変更する旨の一札を名義人に入れさせようとしたところ、これを知って憤った被告人が、被害者の姉に対して「自分は国粋会の顧間をし、地方に相当名を売っている。県庁にも知人がおり、お前の夫(商業学校教員)の首を切るくらいは訳はない」などと申し向けた事案で、裁判官は、

  • 被告人が、単に第三者の意思のみによる害悪を告知したるものにあらずして、被告人が第三者をして害悪行為を為さしむる旨を告知したるものなること明らかなり
  • 而して、第三者行為による害悪の告知により、脅迫罪の成立する場合においては、自己が第三者の害悪行為の決意に対し、影響を与え得る地位にあることを相手方に知らしむるをもって足り、現実、自己が右の如き地位にあると否と、害悪の実現可能なると否とは、これを問わざるものと解するを相当となす

と判示しました。

 この判例により、告知者が第三者に対して加害行為の決意に対して影響を与え得る地位にあることを知らせる必要はあるが、客観的に影響を与え得る立場にあることまでは必要でないとの判例の立場が明確になりました。

最高裁判決(昭和27年7月25日)

 被告人が、司法巡査から被疑者として取調べを受けるに当たり、同巡査に対し「お前を恨んでいる者は俺だけじゃない。何人いるか分からない。駐在所にダイナマイトを仕掛けて爆発させ、あなたを殺すと言ういる者もある」「俺の仲間はたくさんおって、そいつらも君をやっつけるのだと相当意気込んでいる」と申し向けた事案(公務執行妨害の事案)において、 裁判官は、

  • (被告人の申し向けは)単に第三者に害悪を加えられるであろうことの警告、もしくは単純ないやがらせということはできない
  • むしろ、被告人自ら加えるべき害悪の告知もしくは第三者の行為による害悪の告知にあたり、被告人がその第三者の決意に対して影響を与え得る地位にあることを相手方に知らしめた場合というべきである

と判示し、被告人の申し向けを公務執行妨害罪(刑法95条)における脅迫行為と認定し、公務執行妨害罪の成立を認めました。

 この最高裁判例は、前記の大審院判決(昭和10年11月22日)の立場を受け継ぐ内容となっています。

東京高裁判決(昭和32年3月7日)

 この判例は、被告人が害悪の発生に影響を与え得る立場にあることを知らせる必要があるが、それは相手方にそう感じさせるように告知すれば足りるとし、一般人である犯人が、「豚箱(留置場)に入れてやる」旨を脅迫した場合には、通常、告訴告発などの手段を用いて捜査官憲の手によって他人の身柄を留置させることを意味し、被害者が犯人が平素刑事と懇意にしていると信じていた状況もあるとして、脅迫罪の成立を認めました。

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