刑法(昏酔強盗罪)

昏酔強盗罪(2) ~「『昏酔』とは?」「昏酔させるために不法な有形力の行使があった場合は、昏酔強盗罪ではなく、強盗罪が成立する」を判例で解説~

『昏酔』とは?

 昏酔強盗罪(刑法239条)における「昏酔」とは、

  • 意識喪失や意識障害が生じ、そのために、他人が財物を盗取しようとした場合にあっても、そのような事態を的確に認識し、これを阻止するための行動を採ることができない状態にあること

を意味します。

 また、薬物などを用いて、

  • 運動神経だけを麻痺させ、被害者から財物を奪取した場合

も昏酔強盗罪の昏酔に含めるべきとされます。

 昏酔状態にさせるのは、一時的であると継続的であるとを問いません。

 人を昏酔させる方法については、それが刑法236条1項にいう暴行に当たるものでないかぎり、何らの制限はありません。

 例えば、

  • 泥酔して心神を喪失するまで酒を呑ませる
  • 睡眠薬や麻酔薬を使って意識混濁状態にさせる
  • 催眠術を用いて眠らせる

などの方法が考えられます。

昏酔させるために不法な有形力の行使があった場合は、昏酔強盗罪ではなく、強盗罪が成立する

 被害者の腕をつかんで麻酔薬を注射し、その薬効により意識を喪失させた場合のように、

昏酔させるために、被害者の反抗を抑圧するに足る不法な有形力の行使があったと認められるような場合

は、昏酔強盗罪ではなく、強盗罪が成立します。

 薬物の使用も、それ自体が暴行の一種と認められる態様で実行されるときは、昏酔強盗ではなく、刑法236条の強盗罪の暴行・脅迫と認めれら、強盗罪の成立が認められるという考え方になります。

 逆にいえば、昏酔強盗罪の成立が認められるには、不法な有形力の行使なしに人を昏酔させた状況である必要があります。

 例えば、被害者の知らないうちに睡眠薬を飲物に投入し、これを被害者に飲ませて意識を喪失させて財物を奪った場合は、被害者に対し、不法な有形力の行為がないので、昏酔強盗罪が成立します。

 これを踏まえると、先に挙げたような被害者の腕をつかんで麻酔薬を注射する行為は、刑法236条1項の典型的な強盗罪であるということになります。

 なお、被害者の腕をつかんで麻酔薬を注射する行為でも、被害者が正当な医療行為であると誤信し、注射を打つことに承諾し、自ら腕を出しているような場合は、被害者の反抗を抑圧するに足る不法な有形力の行使と認められる暴行ではないので、強盗罪ではなく、昏酔強盗罪が成立することになります。

 この点について、参考となる判例として、以下のものがあります。

奈良地裁判決(昭和46年2月4日)

 強制性交と財物奪取の目的で、医師を仮装して女性に近づき、予防注射と称して麻酔薬を注射し、昏酔させて財物を奪取した事案です。

 裁判官は、被害者の腕をつかんで麻酔薬を注射したことを不法な有形力の行使であるとしながらも、

  • 誤信に基づいて被害者が承諾しているところから、刑法208条の暴行罪に該当すると認められても、刑法236条1項にいう程度の暴行とは認め難いとして、典型的な強盗罪ではなく、昏酔強盗罪に該当する

としました。

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