これから複数回にわたり、強制わいせつ罪(刑法176条)について解説します。
強制わいせつ罪とは?
強制わいせつ罪(刑法176条)は、
男女に対し、暴行または脅迫を加えてわいせつ行為をする罪
です。
強制わいせつ罪は、個人に対する性的侵害を行た犯人を処罰するための最も一般的な規定です。
刑法176条の前段は、暴行・脅迫をもってするわいせつ行為を処罰する一般的規定です。
後段は、13歳未満の年少者を特に保護する趣旨で、暴行・脅迫を要せずとも、強制わいせつ罪の成立を認める規定となっています。
たとえば、判断能力が未熟で抵抗しない6歳の子に「陰部を触らせて」と言った上で陰部を触った場合、暴行・脅迫は用いていなくても、強制わいせつ罪が成立します。
保護法益は「個人の性的自由」
強制わいせつ罪の保護法益は、「個人の性的自由」という個人的法益になります。
一般人に対する性的感情の保護という社会的法益の側面もなくはありませんが、上記個人的法益の側面が強いです。
強制わいせつ罪の成立について、
からも、保護法益が個人的法益であることが強調されます。
主体(犯人)
主体(犯人)については制限はなく、男女を問いません。
客体(被害者)
客体(被害者)は、刑法176条前段については、13歳以上の男女であり、暴行・脅迫を要します。
刑法176条後段については、13歳未満の男女であり、暴行・脅迫を要しません。
強制わいせつ罪における暴行・脅迫の程度
暴行の程度
強制わいせつ罪における暴行の程度は、
被害者の意思に反して、わいせつ行為を行うに必要な程度に抗拒を抑制する程度・態様の暴行であれば足りる
と解されています。
強盗罪との比較
強制わいせつ罪における暴行の程度は、強盗罪(刑法236条)における暴行の程度である「相手の反抗を抑圧するに足りる程度」までは要求されず、相手の反抗を抑圧する程度に達していなくても、強制わいせつ罪の成立が認められます。
強制性交等罪との比較
強制わいせつ罪における暴行の程度は、強制性交等罪(刑法177条)における暴行の程度である「相手の反抗を著しく困難ならしめる程度(最高裁判決 昭和24年5月10日)」まで要求されず、暴行が必ずしも相手の反抗を著しく困難ならしめる程度に達っしていなくても、強制わいせつ罪の成立が認められます(仙台高裁判決 昭和49年12月10日)。
暴行の力の大小強弱を問わない
強制わいせつ罪における暴行の力は、大小強弱を問わないとする判例があります。
大審院判決(大正13年10月22日)
この判例で、裁判官は、
と判示しました。
暴行の態様
強制わいせつ罪の成立を認めた暴行の態様として、以下のものが挙げられます。
- 殴る(名古屋高裁金沢支部判決 昭和36年5月2日)
- 肩や着衣をおさえる(大審院判決 昭和8年9月11日)
- 抱擁する(高松高裁判決 昭和33年2月24日)
- 両脚で身体をはさみ込む(大阪高裁判決 昭和41年9月7日)
- 不意に股間に手を挿入する(大審院判決 昭和8年9月11日)
- 衣服を引き剥ぎ、その裸体の写真をとる(東京高裁判決 昭和29年5月29日)
暴行が同時にわいせつ行為であってもよい
強制わいせつの成立を認めるに当たり、強制わいせつの暴行が同時にわいせつ行為であってもよいとされます。
例えば、
- 指を陰部に挿入する(大審院判決 大正7年8月20日)
- 婦女の意思に反して強いてキスする(東京高裁判決 昭和32年1月22日)
などが、強制わいせつの暴行が同時にわいせつ行為に当たる場合です。
脅迫の程度
強制わいせつ罪の成立が認められる脅迫の程度は、暴行と同様、相手に反抗・抑圧の程度に達することを要しません。
強制わいせつ罪の記事まとめ(全5回)
強制わいせつ罪(1) ~「強制わいせつ罪とは?」「保護法益」「主体・客体」「強制わいせつ罪における暴行・脅迫の程度」を判例で解説~
強制わいせつ罪(2) ~「わいせつ行為の定義と具体的行為」を判例で解説~
強制わいせつ罪(3) ~「強制わいせつ罪の故意(性的意図、年齢の認識)」を判例で解説~
強制わいせつ罪(4) ~「13歳未満の者に対して暴行・脅迫によってわいせつ行為をした場合には、刑法176条の前段後段を問わず刑法176条の一罪が成立する」「複数の被害者がいる場合、被害者の数に応じた個数の強制わいせつ罪が成立する」を判例で解説~
強制わいせつ罪(5) ~「強制わいせつ罪と①公然わいせつ罪、②強制性交等罪、③特別公務員暴行陵虐罪、④逮捕監禁罪、⑤わいせつ目的略取・誘拐罪、⑥住居侵入罪、⑦強盗罪、⑧児童福祉法違反・児童ポルノ製造罪・青少年保護育成条例違反との関係」を判例で解説~