強制性交等未遂(中止未遂、障害未遂)の説明
強制性交等罪(刑法177条)の未遂について説明します。
未遂の基本知識
未遂犯とは、
犯罪の実行に着手したが、犯罪に該当する結果が発生せず、犯罪の内容(構成要件)を完全に充足しなかった場合
をいいます。
刑法においては、未遂は、「犯罪の実行に着手したがこれを遂げなかった」と規定されています(刑法43条)。
そして、未遂は、中止未遂と障害未遂の2種類に分けられます。
中止未遂は
犯罪の実行に着手したが、自分の意思により犯罪を中止したため、犯罪が既遂に達しなかった場合
をいいます(刑法43条ただし書)。
障害未遂とは、
犯罪の実行に着手したが、中止未遂にあたる理由以外の理由により、犯罪が既遂に至らなかった場合
をいいます(刑法43条本文)。
※ このほか未遂についての詳しい説明は前の記事参照
中止未遂を認定した事例
強制性交等罪、準強制性交等罪については、事柄の性質上、性交自体が遂げられないで終わる場合が少なくありません。
なので、中止未遂であるという主張が裁判において多くなされますが、主張が認められた事例は少ないです。
そのような状況で、中止未遂が認められた事例として、以下の判例があります。
和歌山地裁判決(昭和35年8月8日)
強制性交罪の中止未遂の成立を認め、被害者の落度をも勘案のうえ刑を免除した事例です。
事案は、
『被告人は、自動車修理・運送業A宅で修理工兼運転者として雇われていたところ、雇主の不在中、雇主の妻B(当時27歳)から、「雇人の一人が飲酒の上、仕事上の不満からA宅に怒鳴り込みんで暴れる不安があったので、用心のため家に宿泊してほしい」との依頼を受け、Bに言われるままに、Bの寝室内にBの寝床と並べて敷かれた寝床に入り、就寝していたところ、劣情を催し、部屋にいたのはBの添寝する乳飲子一人であり、別室には女中が一人寝ているのみでったことから、Bを姦淫しようと決意し、いきなりBを布団の上に押えつけながら、左手をズロース内に突っ込むなどの暴行を加え、Bの抵抗を抑圧して姦淫しようとしたが、Bに哀願されて姦淫することを思い止り、犯行を中止した』
というものです。
裁判官は、
- 被告人の強姦未遂罪(現行法:強制性交等未遂罪)の情状について考察するに、人妻であり、とくに年の若い人妻である被害者Bが、夫の不在中、同じく年の若い独身の被告人を自己の居宅に宿泊せしめるに、乳児のほか、余人なき自分と同じ寝室に(なお同家屋内には女中部屋に女中一人就寝しているのみ)床を並べて就寝せしめるというが如きことは、甚だ不用意かつ非常識な行動である
- Bにおいて、当夜、他の使用人の乱暴を恐れたこと、被告人を宿泊させたのも、右使用人の乱暴を避けんとするためであったこと、被告人は自家の使用人であること、Bが飲食店も営み、かねて男ずれをしていて、被告人を宿泊させるにつき別段不安を感じなかった事情があったにせよ、若い男性をかかる状況下に置くことは、いわゆる「魔がさす」ということもあり、極めて危険、不適切な措置で、その者をして過ちを犯さしめるおそれなしとは保障し難いことといわねばならない
- もとより被告人において雇主の妻を犯さんとしたことは不徳の謗を免れないが、以上の如く被害者自身に重大なる落度があり、これが本件犯罪の根本原因と見られる
- また、犯行の際の暴行の程度もさほど強度のものとはいえず、幸い中止犯と認むべき案件であるから、被告人に刑を科するのは相当でないと考え、刑法第43条後段により被告人に対し刑を免除することとする
と判示し、強制性交等未遂の中止未遂の成立を認めました。
大阪地裁判決(平成9年6月18日)
姦淫を中止したのは被害者の「性病かもしれない」との発言を信じたからではなく、被害者を妊娠させるのを不憫に思ったからであるとして中止未遂の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 検察官は、被告人が姦淫を中止したのは、被害者の「性病かもしれない。」との発言を信じたからであり、被告人は犯行を任意に中止したのではない旨主張するが、関係各証拠によると、被告人は、被害者の右発言を聞いた後、姦淫にこそ及ばなかったものの、被害者が真に性病であれば感染が危惧されるようなわいせつ行為を繰り返し行っていること、また、本件犯行直後、被害者に対し、後日、自己と交際するよう要求した上、被害者がこれに応じる振りをするや、自宅の電話番号を教えるなどして将来被害者と肉体関係を持つつもりであったことが認められる
- これらの事実によると、被告人が、被害者を性病であると信じ、その感染を恐れて姦淫を中止したとみるのは困難であって、検察官の右主張は採用できない
- そこで、被害者を妊娠させることを可哀想に思い、姦淫することが怖くなって中止したとの被告人の弁解が信用できるかどうかについて検討するに、関係各証拠によれば、本件は、深夜、周囲に人家のない路上に駐車中の自動車内での犯行であり、被告人が姦淫に及ぶためにそのズボンを下ろそうとしたときには、被害者はすでに全裸であり、何ら抵抗もしていなかったことが認められ、客観的には、被告人が被害者を姦淫することは容易な状況にあったと考えられる
- それにもかかわらず、被告人が姦淫に及ばなかったのは、何らかの主観的要因が作用したためであるとみざるを得ないが、関係各証拠を検討しても、他に被告人をして姦淫を中止しようとの気持ちを抱かせるような客観的事情は見当たらないことから、被告人が供述するとおりの事情が被告人に姦淫の中止を決意させたとみるほかない
- そうすると、被告人は自己の意思により任意に犯行を中止したというべきであって、本件においては、弁護人の主張するとおり、中止未遂の成立を認めるのが相当である
と判示し、強制性交等未遂の中止未遂の成立を認めました。
東京高裁判決(平成19年3月6日)
強姦の犯行を遂行することに実質的障害がないのに、女性から「警察に言う」旨言われ、それが契機となり「警察に捕まって刑務所には行きたくない。」等と思い返し犯行を中止したのは、被害者への憐憫や反省からではないが、なお自らの意思で犯行を中止したと認められるとした事例です。
裁判官は、
- 被告人は、被害者Aを強いて姦淫しようと決意し、ホテル従業員であるAを口実をつけて自分の客室前まで呼び出し客室に引きずり込んだ上、ドアの内鍵を掛けて密室状態にし、下半身裸になって被害者に覆い被さり、被害者のシャツをまくり上げ、スカートとパンティを引きずり下ろそうとした
- これを逃れようと被害者は、抵抗するも逃れることができず、スカート等を押さえながら「警察を呼ぶ」などと言ったところ、被告人はとっさに正気に戻り、このまま強引に姦淫すれば警察に捕まってしまう、刑務所には行きたくないと思って被害者の身体から手を放して被害者に謝った隙に被害者は客室から逃れている
- 以上からすると、被告人の犯行にとって実質的な障害となる事由はなんら発生しておらず、そのまま容易に被害者の抵抗を排除して目的を達したと思われるのに、被害者の上記言動が契機になったとはいえ、被告人は自ら犯行を翻意したものである
- その動機は、刑務所に行きたくないということであって、被害者への憐憫や真摯な反省からではないとしても、なお姦淫について被告人が自らの意思で中止したと認めるのが相当である
として、強制性交等未遂の中止未遂を認定しました。
中止未遂ではなく、障害未遂を認定した事例
中止未遂を認めず、障害未遂が成立するとした事例として、以下の判例があります。
被害者の陰部からの出血に驚いて姦淫の遂行を思いとどまった行為について、障害未遂であって中止未遂ではないとした事例です。
裁判官は、
- 被告人は、人事不省に陥っている被害者を墓地内に引きずり込み、その上になり、姦淫の所為に及ぼうとしたが、被告人は当時23歳で性交の経験が全くなかったため、容易に目的を遂げず、かれこれ焦慮している際、突然a駅に停車した電車の前燈の直射を受け、よって犯行の現場を照明されたのみならず、その明りによつて、被害者の陰部に挿入した二指を見たところ、赤黒い血が人差指から手の甲か伝わり手首まで一面に付着していたので、性交に経験のない被告人は、その出血に驚愕して姦淫の行為を中止したというにあることがわかる
- かくのごとき諸般の情況は、被告人をして強姦の遂行を思い止まらしめる障害の事情として、客観性のないものとはいえないのであって、被告人が反省悔悟して、その所為を中止したとの事実は、原判決の認定せざるところである
- また、驚愕が犯行中止の動機であることは、その驚愕の原因となった諸般の事情を考慮するときは、それが被告人の強姦の遂行に障害となるべき客観性ある事情であることは前述のとおりである以上、本件被告人の所為をもって、原判決が障害未遂に該当するものとし、これを中止未遂にあらずと判定したのは相当である
と判示しました。
仙台高裁判決(昭和26年9月26日)
月経中の女子に対する強制性交等未遂の事案で、裁判官は、
- 被害者に暴行を加えた上、執拗に「メンスならその証拠を見せろ」と迫り、月経帯を着しおるを確認した結果、嫌悪の情を催して断念するに至り、強姦の目的を遂げるに至らなかつたのはいわゆる中止未遂ではなく障害未遂である
と判示しました。
高松高裁判決(昭和27年4月24日)
被害者の抵抗のため陰茎挿入に至る前に射精した事案で、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の中止未遂ではなく、障害未遂を認定しました。
東京高裁判決(昭和31年9月29日)
被害者が脱糞したため強姦を中止した事案で、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の中止未遂ではなく、障害未遂を認定しました。
札幌高裁判決(昭和36年2月9日)
被害者が急病になったものと思って強姦の犯行を中止した事案で、裁判官は、
- 被告人は、被害者が身体の具合が悪いと言って倒れかかった事態に面して不安を感じ、犯行の意欲を失ったため、これを中止したものと認められる
- その際、幾分あわれみの情もあったとしても、それが動機となって自発的に犯行を断念したものとは認められない
- そして、被害者が前記のように倒れかかったのが仮病であっても、被告人はこれを本当に急病だと信じたのであるから、被告人の主観においてこの事態が犯罪の遂行に対する障害になっているのみならず、客観的にもこのような事態の発生は、強盗犯人に対し、通常、犯罪の遂行に対する障害になったものといわなければならない
- 従って、原判決が右犯行を中止未遂と認めなかったのは正当である
と判示し、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の中止未遂ではなく、障害未遂を認定しました。
東京高裁判決(昭和39年8月5日)
強姦行為に着手した後、被害者の露出した肌が寒気のため鳥肌立っているのを見て欲情が減退したため、姦淫行為を中止したときは、強姦(強制性交)の障害未遂であるとした事例です。
裁判官は、
- 被告人は、小雪の降る中を、下校途中のA子(当時16才)を認め、Aを強いて姦淫する目的で松林の中に連れ込み、Aの下着を脱がせたうえ、その場に仰向けに倒し、Aの陰部に手指を挿入する等して、やがてAを姦淫しようとしたが、Aの露出した肌が寒気のため鳥肌たっているのを見て欲情が減退したため、その行為を止めるにいたった事実が認められるのである
- ところで、被告人が姦淫行為を中止するに至った右の如き事情は、一般の経験上、この種の行為においては、行為者の意思決定に相当強度の支配力を及ぼすべき外部的事情が存したものというべく、そのため被告人は性欲が減退して姦淫行為に出ることを止めたというのであるから、この場合、犯行中止について、被告人の任意性を欠くものであって、原判決が本件は外部的障害により犯罪の遂行に至らなかったものである、として中止未遂の主張を容れなかったことはまことに相当である
と判示し、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の中止未遂ではなく、障害未遂を認定しました。
東京地裁判決(昭和43年11月6日)
溺れかかった被害者の同伴者Mを救助するため強姦を中止した事案で、裁判官は、
- 弁護人は、本件は、被告人らがMの溺れかかったのを見てこれを救助するため、自己の意思により犯行を中止したものであるから、中止未遂であると主張するので、判断する
- 本件において、被告人らが犯罪を遂げなかった原因は、Mが荒川放水路に泳ぎ出して溺れかかったのを被告人らが見て、もし溺死するようなことになれば、S子からMを引き離すためMに暴行を加えるなどしているので、その結果の責任が被告人らにふりかかってくるものと畏怖し、それを回避すべくMを救助するためやむなく犯罪を遂げることをあきらめたものである
- このような状況は、被告人に本件犯行を思いとどまらせる障害の事情として、客観性があるものと認められるから、本件は障害未遂と認めるのが相当である
- すなわち、被告人らにとって意外な出来事(Mが溺れ出したこと)が被告人らの眼前で起こり、そのまま放置すればMが溺死するようなことも充分考えられるような状況で、Mがもし溺死したならばMに暴行を加えたりなどしている被告人らに責任がふりかかるという恐怖心から、Mの救助に赴くため、本件犯行の中止も止むを得なかったことが認められるから、もはや被告人らの意思による中止とは言えず、外部的障害による未遂の一態様と認めるのが相当である
と判示し、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の中止未遂ではなく、障害未遂を認定しました。
数人共謀して強姦を実行した場合に、その内1人が自己の意思により姦淫を中止したとしても、他の共犯者が姦淫を実行した場合には、中止未遂は成立しないとした事例です。
裁判官は、
- 強姦に際し婦女に傷害の結果を与えれば、姦淫が未遂であっても強姦致傷罪の既遂となり、強姦致傷罪の未遂という観念を容れることはできない
- 原判決の認定した事実によれば、被告人らはFを強姦することを共謀してFを強姦し、かつ強姦をなすに際して、Fに傷害を与えたというのであるから、共謀者全員、強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)の共同正犯として責を負わなければならない
- 相被告人(共犯者)Eは、Fを姦淫しようとしたがFが哀願するので姦淫を中止したのである
- しかし、他の共犯者とFを強姦することを共謀し、他の共犯者が強姦をなし、かつ強姦に際してFに傷害の結果を与えた以上、他の共犯者と同様共同正犯の責をまぬかれることはできないから中止未遂の問題のおきるわけはない
と判示しました。