刑法(過失傷害罪)

過失傷害罪⑵ ~「過失傷害罪は親告罪」「過失傷害罪は簡易裁判所のみが審理できる」「過失傷害罪の具体例」を判例で解説~

過失傷害罪は親告罪である

 過失傷害罪は親告罪です(刑法209条2項)。

 親告罪とは、告訴をしなければ、犯人を裁判にかけることができない犯罪をいいます(詳しくは前の記事参照)。

過失傷害罪が親告罪である理由

 日常生活において、過失によって人に傷害を負わせることは時として起こることです。

 常に日常生活で起こるような過失傷害を犯罪と認定し、刑事事件として立件していたのでは、犯罪を犯したとされる者が大量に生まれ、刑事政策的に問題が生じます。

 また、日常生活で起こった過失傷害は、民事上の損害賠償により被害の救済が図られる場合もあり得えます。

 このような事情で、刑事政策と被害者の処罰感情を尊重するという観点から、過失傷害罪は親告罪とされ、刑事事件とするかどうかを被害者の告訴意思にかからせるという法律の設計になっています。

参考事項

 ちなみに、刑法211条の重過失傷害罪は親告罪ではありません。

 なので、検察官が、重過失傷害罪で事件を裁判所に起訴したが、裁判官が判決で重過失傷害罪は成立せず、過失傷害が成立するにとどまるという判決を言い渡す場合、被害者の告訴がないと、訴訟条件に欠けるとして公訴棄却の判決が言い渡されることになります(刑訴338条4 号)。

 なので、重過失傷害罪の場合でも、相手に確実に刑事処罰を与えたい場合は、告訴を行っておく必要があります。

過失傷害罪は簡易裁判所のみが審理できる

 過失傷害罪(刑法209条)の法定刑は30万円以下の罰金又は科料です(つまり、懲役禁錮の刑がない)。

 罰金以下の刑しかないため、過失傷害罪は、簡易裁判所の専属管轄となります(裁判所法24条2号・33条2号)。

 つまり、過失傷害罪は、地方裁判所では審理を行うことができず、審理を行うことができるのは、簡易裁判所のみであるということです。

 見方を変えると、検察官は、過失傷害罪の事件を地方裁判所には起訴できず、簡易裁判所に対してのみ起訴できるということになります。

 もし、検察官が過失傷害罪の事件を地方裁判所に起訴したとしたら、管轄違いの裁判が言い渡されることになります(刑事訴訟法329条)。

 また、検察官が過失傷害の過失が重過失に当たるとし、重過失傷害(刑法211条)で事件を地方裁判所に起訴した場合において、裁判官が過失の程度が重過失までに至らず、過失傷害罪が成立するにとどまる認定した場合、地方裁判所では法定刑が罰金以下の過失傷害罪の審理をすることができないので、管轄違いの裁判が言い渡されることになります(刑事訴訟法329条)。

過失傷害罪の具体例

 過失傷害罪(刑法209条)の処罰の対象となる行為は、過失によって人に傷害を与えることです。

 過失傷害罪の対象となる行為には特に限定はなく、様々な態様のものが考えられます。

 たとえば、

  • キャッチボールやバットの素振りなどの遊戯や運動の際の事故
  • 自転車を運転している際の事故
  • 犬などのペットによる事故
  • 歩行者同士の衝突事故

などが挙げられます。

 実際に裁判により過失傷害罪の成立が認められた行為としては、以下のものがあります。

① 自転車などの運転に関するもの

大審院判決(昭和9年5月15日)

 自転車を運転して道路を横断しようとしたところ、前方に貨物自動車が停車していて見通しがきかないため、貨物自動車の陰から進行して来た自転車と正面衝突した事案について、過失傷害罪を認定。

大阪高裁判決(昭和42年1月18日)

 氷約70キログラムを後部荷台に載せた自転車を、時速約15キロメートルで走行させ、信号機の表示に従って交差点を横断しようとし、交差点の横断歩道手前に差し掛かった際、斜め左前方3.1メートルの横断歩道を渡ろうとしていた被害者を発見したが、被害者対面信号は赤色表示であり被告車を避けると思って進行したところ、被害者が進行を続けたために接触した事案につい、被告人が警音器を鳴らして被害者に注意を与え、避譲を促す処置をしなかった点に過失ありとし、過失傷害罪を認定。

東京地裁判決(昭和61年3月12日)

 重量164キログラムの自動二輪車のハンドルを両手で押して、時速約7キロメートルで道幅約2.85メートルの狭い急坂を登っている際、左前方に停止していた老女を認め、警音器を1回鳴らして直近を通過しようとしたが、老女が警音に気付かず、被告車に一歩近づいて接触、横転してけがをした事案について、過失傷害罪を認定。

② 飼い犬などに関するもの

名古屋高裁判決(昭和36年7月20日)

 大きな秋田犬をつないでいる綱を右手のみで握り、その端を3回くらい右手首に巻いて歩いていたところ、犬が付近を歩いていた少女に飛びつき転倒させて顔などに咬みついた事案について、どのように温順な犬であっても、どのようなことから通行人に危害を加えないとも限らないので予見可能性がないとはいえず、犬の動作を十分制御し得る態勢をとるべき注意義務があるとし、過失傷害罪を認定。

東京地裁判決(昭和33年10月15日)

 グレートデン2頭を連れて歩いている際、犬が付近を歩いていた少女に跳びかかり転倒させて咬みついた場合について、グレートデンは巨大で強力であるから通行人に危害を加えないよう制御するには1頭ずつ運動させ、かつ、かつて路上で遊んでいた女児に咬傷を与えたことがあったことから、通行人に咬傷を与えないよう口輪をはめさせるなど邸外で運動させるには細心の注意を払う義務があるとし、過失傷害を認定。

福岡高裁判決(昭和50年8月6日)

 自宅屋敷内で飼育していた中型日本犬が首輪から抜け出して少女に咬みつき負傷させた事案について、過失傷害を認定。

③ 授業中の事故

東京高裁判決(昭和54年11月15日)

 高校の体育の授業の際に「必殺ブラリン」と称する特殊な懸垂運動を課せられた女子生徒が降下の際に転落して受傷した事案について、体育教師には、降下及び着地時における安全対策上必要な注意を与え、自ら模範演技を示し、落下地点に衝撃を和らげるためのマットを敷くなど、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があると、過失傷害を認定。

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