刑法(過失致死罪)

過失致死罪⑵ ~「過失致死罪の具体例」を判例で解説~

過失致死罪の具体例

 過失致死罪(刑法210条)の処罰の対象となる行為は過失によって人を死亡させることです。

 過失致死罪の裁判例として、以下のようなものがあります。

① 保護者としての注意義務に違反した事例

大審院判決(昭和2年10月16日)

 生後間もない嬰児に添寝しつつ授乳している際、授乳者が授乳中に眠したため、乳房で嬰児の鼻口を圧し、窒息死させた事案について、授乳に伴い通常生ずることが予想される一切の危険を防止すべき義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

② 有毒・有害な飲料・食品の取扱いに関する注意義務に違反した事例

最高裁判決(昭和23年11月25日)最高裁判決(昭和23年3月13日)

 製造元も明らかでなく、性質も分からないアルコール(メタノール入り)を飲用として5名に譲渡し、 うち3名をメタノール中毒により死亡させた事案について、確実な方法によってその成分を検査し、飲用しても差し支えないものであることを確かめるべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

③ 危険な行為をする際の注意義務に違反した事例

名古屋高裁判決(昭和32年4月10日)

 電流の通じている電線を切断して窃取したため、残りの電線が地上に垂れ下がり通行人がこれに接触して感電死した事案について、この電線の下垂した地点に人が立ち入らないよう警告するか又は電線が地上に垂下するのを防止するなどして危険の発生を未然に防止すべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

広島高裁判決(昭和44年2月27日)

 自転車に乗って、歩車道の区別のない交通頻繁な道路を進行中、前方に貨物自動車が駐車していたので、その貨物自動車を避けて進出しようとした際、前方約100メートルの地点に道路を多数の大型車と並んで対向進行して来る自転車を認めたが、漫然と進出することにより、その自転車と接触し、その操縦を誤らせ、その自転車を追い越そうとした貨物自動車に轢過させて死亡させた事案で、いったん停車するなどして対向する自転車の有無を確認して進行し、接触事故の発生を未然に防止すべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

名古屋高裁判決(昭和27年7月24日)

 貨物自動車に積載された丸太を運転手、人夫とともに地上に落下させる作業を行う際、近所の当時3歳の被害児童を含む児童4、5名が車体に接近するのを声をかけ、2回にわたって追い払い、作業を開始したところ、その場に来合わせた被害児童の後頭部に丸太が当たり即死させた事案で、あらかじめ児童を危険のない位置に隔離するか、荷下ろし作業のため危険な地域に児童が立ち入りできないよう適宜の措置を講ずるとともに、作業継続中は児童の位置、動作を注視し、児童の接近による事故発生の危険を防止すべき注意義務に違反するとし、過失致死罪を認定。

広島高裁岡山支部判決(昭和29年11月16日)

 酩酊した者が運転する自動三輪車に自らも酩酊して同乗して進行中、突然、中腰になって立ち上ったため、身体の一部が左ハンドルに触れ、運転者の超スピードで運転する無謀操縦加え、運転者が左手を放していたため、左ハンドルを前に押し、車が突然右前方に転進し、歩行中の一団に激突し、死傷事故となった事案で、安全な運行を確保するため、運転者の運転操作を妨害することのないようにすべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

最高裁決定(昭和42年5月25日)

 大みそかから元旦にかけて、多数の参拝者が神社境内に参集した拝殿前の広場で、午前0時の花火を合図に餅まきを行ったところ、餅を拾うなどした後に広場から出ようとする群集と餅まきに遅れまいとして広場に入ろうとする群集が接触し、折り重なって転倒する者が続出して多数の死者を生じた事案で、結果の発生が予見できたとした上で、あらかじめ、相当数の警備員を配置し、参拝者の一方交通を行う等雑踏整理の手段を講ずるとともに、餅まきの時刻、場所、方法等に配慮し、その終了後参拝者を安全に分散退去させるべく誘導する等事故の発生を未然に防止するための措置をとるべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

大阪高裁判決(昭和29年7月14日)

 内妻と性交するに際し、従来からときどきしていたように、その内妻の承諾の下に、手で咽喉部を絞めたが、従前のように被害者の顔が紅潮してこず、手がだらりと下がるなどの異常な兆候が現れたことを軽視して、絞め続けて窒息死させた事案で、相手の身体の状況に十分注意を払い、危険の発生を未然に回避する措置をとるべき注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

④ 危険な施設・設備の維持管理に関する注意義務に違反した事例

東京高裁判決(昭和48年6月12日)

 下水道用マンホールのコンクリート製側塊を不安定な状態に放置していたところ、子供がぶらさがったため倒れかかって死亡した事案について、側塊を動かないように安定した置き方に直しておくべき注意義務に違反したとしたとし、過失致死罪を認定。

東京高裁判決(昭和62年4月7日)

 1歳6か月の幼児が、自宅近くのし尿貯蔵用のため池の防護さく破損箇所から池に転落し、死亡した事案で、池の所有者はこのような事故の発生を予見することが可能であるから、防護さくの破損箇所を補修する注意義務に違反したとし、過失致死罪を認定。

過失致死罪が否定された裁判例

 過失により人が死亡した場合でも、過失致死罪の刑事責任を負わせるほどの注意義務違反があったかどうかの認定は、個別の事案ごとに結論が異なります。

 注意義務違反が認められないとして、過失致死罪の成立が否定された以下の判例があります。 

名古屋高裁判決(昭和59年2月28日)

 子ども会の渓谷へのハイキングに参加した児童が、川に転落して死亡した事案で、裁判官は、

  • 引率者がボランティアであるとの一事をもって直ちにすべての注意義務を免れるものでないことは言うまでもない
  • また他方、形式上の名称・役柄・資格等を有する引率者であるからというだけの理由で、その実体のいかんを問わずに、参加児童の生命・身体に対する危険の発生を未然に防止すべき一般的な刑事上の注意義務があるとすべきものでもない
  • 要は、前記渓谷の情況、本件ハイキング当時あるいはその前後の状況、経過等の具体的状況に応じた引率者の地位・役割を実質的に把握し、考察して、引率者の注意義務の有無及び内容を決しなければならない

と判示し、引率したボランティアに注意義務違反が認められないとし、過失致死罪の成立を否定しました。

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