過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(17)~「車で対向車と行き違う際の注意義務」を判例で解説~

車で対向車と行き違う際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で対向車と行き違う際の注意義務について説明します。

注意義務の内容

 対向車と行き違い(離合)する際の事故としては、

  1. 対向車自身と衝突・接触する場合
  2. 対向車の背後に存在し、又は背後から進出することなどの予想される人・車に衝突・接触する場合

の2つがあります。

① 対向車自身と衝突・接触する場合

自動車と行き違う場合の注意義務

 対向車(自動車)と行き違う場合は、

  • 対向車と無事に離合できる安全な間隔を保つ
  • 対向車の動静を注視しつつ離合する
  • 警音器を吹鳴して対向車に避譲を促す
  • 減速して道路左端を進行する
  • 一時停車して対向車の通過を待って進行する

など、臨機の措置を講じて危害の発生を防止すべき注意義務があります(最高裁決定 昭和42年3月16日最高裁判決 昭和32年2月26日)。

 ただし、対向車が自車の制動距離内に至って急に自車進路上に進入して来たように、予見できない無謀な行動に出て衝突したような場合には過失が否定されます(大阪高裁判決 昭和38年4月11日)。

自転車と行き違う場合の注意義務

 自転車と行き違う場合の注意義務は、自転車を追い越す場合と同様です。

 「自転車の運転者は歩行者とは異なり、背後から自動車に追い越され、もしくは対向して離合する場合には、自動車の速度とそれとの間隔の如何によっては、周章狼狽して自転車の把手操作を誤ることのあるのは経験則上明らかである」と判示した裁判例(高松高裁判決 昭和38年6月19日)があり、これに対応した措置をとるべきであるとされます。

 具体的には、自転車の進行状況が蛇行するなど不安定である場合、又は地形、積荷などの状況、あるいは被告車の進行状況などからして、行き違いに危険を伴うような場合などには、警音器吹鳴、徐行、離合に必要な間隔保持、場合によっては一時停車などの措置をとるべきであるとされます。

事例

 相手の車両が自動車と自転車の場合に分け、それぞれ過失ありとされた事例、過失なしとされた事例を紹介します。

自動車と行き違う際の衝突事故で、被告車に過失ありとされた事例

① 酒に酔い、前方注視困難な状態で自動車を高速運転し、対向車線に進入した事例(東京高裁判決 昭和45年3月24日)

② 自動車、原動機付自転車を運転中、対向車の前照灯に眩惑され、ハンドル操作の自由を失い、対向車線に進入し、対向車と衝突した事例(東京高裁判決 昭和47年7月25日)

③ 前照灯を上向きにして中央線寄りを進行し、普通乗用自動車運転者を眩惑させ、被告車線に進出させ、被告車に衝突させた事例(東京高裁判決 昭和55年8月6日)

④ 左側に駐車車両があったため、前照灯で対向自動車に進路を譲るよう合図をし、中央線を越えて進行したところ、対向車がそのまま進行して来て衝突した事例(大阪高裁判決 昭和42年8月29日)

⑤ 駐車車両があって離合が困難な箇所で離合しようとし、対向車と衝突した事例(仙台高裁判決 昭和45年6月16日)

⑥ バスを運転して離合が困難な狭い道を進行し、離合予想場所の手前に待避可能な箇所があるのに待避せずに貨物自動車と離合しようとして衝突した事例(岡山地裁判決 昭和41年2月7日)

⑦ 激しい降雨中、自動車を時速約70キロメートルで運転し、対向自動二輪車が中央に寄って来る気配を感じブレーキを踏んだところ、ハンドルを取られ、その自動二輪車と衝突した事例(大阪高裁判決 昭和47年5月12日)

自動車と行き違う際の衝突事故で、被告車に過失なしとされた事例

① 相手が下を向きながら原動機付自転車を運転して被告車進路に入って来て、被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(東京高裁判決 昭和33年7月19日)

② バスを運転して幅員7.5メートルの道路を進行中、対向大型自動車が約55メートル手前に迫った際、中央線を越えて進行し、被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(広島高裁岡山支部判決 昭和48年7月31日)

③ 離合の困難な狭い道路を進行中、対向車側に待避可能な箇所があるのに対向車が待避せずに進行して来て被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(仙台高裁判決 昭和39年11月19日)

④ バスと離合する直前、バスの後方から軽自動車が高速度で進出して来て、被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(佐世保簡裁判決 昭和34年11月19日)

⑤ 相手車が車両を牽引していることが約20メートルに接近するまで発見できず離合を終えようとした際、被牽引車が右側に出て来て被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(石岡簡裁判決 昭和35年12月26日)

⑥ 対向右折車が合図をしないまま約25メートル前方から突然右折を始め、被告車と衝突した事案で、相手車の行動を予見することができないとして被告人の過失を否定しました(東京高裁判決 昭和43年4月11日)

⑦ 夜間、無灯火のまま自車の進行車線を逆行して来た普通乗用自動車を約7.9メートル手前で発見したが衝突した事案です(最高裁判決 平成4年7月10日

 この裁判の一審二審では、ともに被告人の前方不注視による過失を認め、被告人が前方を注視していれば、相手車を自車の手前約187メートルの地点で発見可能であり、その際に左方に転把することにより事故を回避し得たなどとし、被告人に過失ありとしました。

 しかし、上告審において、最高裁の裁判官は、このようなハンドル操作によって衝突を回避するためには、対向車の進路の予測が可能でなければならないが、本件の事情の下では被告人が前方を注視し、その他必要な措置を講じたとしても、対向車の進路が予測可能になったといえず、事故を回避し得たとはいえないとし、被告人の過失を否定しました。

自転車と行き違う際の衝突事故で、被告車に過失ありとされた事例

 自転車と行き違う場合には、自動車と行き違う場合と比べ、より一層安全に注意すべき義務があります。

 なので、自転車と行き違う場合の方が、被告人の過失が認められやすい傾向があります。

① 酒に酔って自転車を操縦し、ふらふらしながら進行して来たり、一見して酪酊していると分かるものが自転車を操縦して来るなど、酪酊者が不安定な状態で自転車を操縦していたことを認めていたのに衝突した事例(東京高裁判決 昭和32年11月19日)

② 雪が凍結している下り勾配の道路を下って来た自転車が、同方向進行中の原動機付自転車と触れ合って平衡を失い、被告車進路へ進出して来て衝突した事例(東京高裁判決 昭和32年7月25日)

③ 対向して来る数台の自転車のうち1台が、後方から来るスクーターに追い越され、よろめいて被告車に接触した事例(東京高裁判決 昭和35年12月14日)

④ 貨物自動車で故障した貨物自動車を牽引して進行中、マントを着用して自転車を操縦し、被牽引車に気付かず対向して来たと思われる者と離合する際、自転車を転倒させた事例(東京高裁判決 昭和29年5月20日)

自転車と行き違う際の衝突事故で、被告車に過失なしとされた事例

① 右側通行をして来た自転車が、被告車直前で前面に進出して来て衝突した事案で、被告人に過失なしとしました(吉井簡裁判決 昭和34年6月11日)

② 道路左端に被告車を寄せて対向自転車と行き違おうとしたところ、直前で対向自転車が被告車の方に倒れてきて衝突した事案で、被告人に過失なしとしました(福岡高裁判決 昭和31年5月31日)

③ 大型貨物自動車を運転中、左端に駐車車両があり、前方左側を対向して来る自転車を認め、被告車をやや右に寄せ、左側に余裕をおいて進行したところ、対向自転車が約15メートル手前に迫ったとき急にセンターラインの方へ曲がって来て衝突した事案で、被告人に過失なしとしました(大阪地裁判決 昭和42年12月4日)

② 対向車の背後に存在し、又は背後から進出することなどの予想される人・車に衝突・接触する場合

注意義務の内容

 対向車の背後に存在し、又は背後から進出することなどの予想される人・車に対しては、警音器吹鳴、減速、徐行、対向車の背後に対する注視などの注意義務が課せられます(最高裁判決 昭和33年4月18日)。

 夜間、対向車と離合する場合、対向車の前照灯による眩惑、自車と対向車の間にいる歩行者等に対する蒸発現象(対向車の前照灯のまぶしさにより、その前にいる歩行者が見えなくなる現象)の発生の問題がありますが、いずれに対しても、そのような事態の発生を考慮に入れ、徐行又は一時停車した上、視力の回復を待って運転を継続したり、減速、徐行し、前方注視に努めるべきであるとされます(東京高裁判決 昭和40年2月2日、福岡高裁判決 昭和48年10月3日)。

事例

対向車の背後に存在し、又は背後から進出することなどの予想される人・車に衝突・接触する事故で、過失ありとされた事例

① 徐行して対向して来る宣伝車と離合しようとした際、後方から飛び出して来た幼児と衝突した事案で、宣伝車の後方にいる児童がいつ飛び出すかも計り知れず、 またその後方から人が横断することも十分予想されるとした事例(最高裁判決 昭和33年4月18日)

② 対向車の前照灯によって同車に気付き、衝突を避けようとして右転把したところ、右側に止まっていた貨物自動車に衝突してこれを後退させ、その後方を対向していた歩行者を同車と電柱との間に挟みこんだ事案で、被告人は、前方を注視すべきであるのにこれを怠ったとした事例(東京高裁判決 昭和54年11月28日)

③ 夜間、酩酊して自動車を運転中、対向車が自車進路直前に進入すると錯覚して左転把して自車を暴走させ、道路左側を同方向に歩行中の者や先行貨物自動車に衝突するなどした事案で、酒気解消を待って運転すべきであるのにあえて運転したため、前方に対する状況判断を誤って事故になったとした事例(東京高裁判決 昭和40年2月2日)

④ 夜間、対向車と離合した直後、道路左寄りを対向していた歩行者を発見できず衝突した事案で、蒸発現象(対向車の前照灯のまぶしさにより、その前にいる歩行者が見えなくなる現象)の生ずることは経験上明らかであり、これを考慮にいれて、十分減速した上、前方注視に努めていれば被害者を発見することは不可能でなかったとした事例(福岡高裁判決 昭和48年10月3日)

対向車の背後に存在し、又は背後から進出することなどの予想される人・車に衝突・接触する事故で、過失なしとされた事例

① 夜間、普通貨物自動車を運転中、対向自動車2台くらいを認め、そのまま進行したところ、2台目の車がその前方進行車の後方からこれを追い越そうとして進出して来るのを約19メートル手前で認め急制動、左転把したが衝突した事案です(大阪高裁判決 昭和42年8月19日)

 前車に追従していた対向自動車が、至近距離から突然無理な追越しを図り、中央線を突破して進出して来ることまで予想して減速徐行し、進路左端寄りを進行するなどの注意義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

② 対向車の後方からこれを追い越そうとして被告車進路に進入して来た自動二輪車を約13.7メートル手前で認め、急制動したが衝突した事案です(山形地裁酒田支部判決 昭和42年4月28日)

 自動二輪車が至近距離から突然無理な追越しを図り、中央線を突破して進出して来ることまで予想して減速徐行し、進路左端寄りを進行するなどの注意義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

③ 対向自動三輪車の背後から、自転車がその右方交差道路へ右折しようと被告車前面に斜めに進出するのを約2メートル手前で認め衝突した事案です(福岡高裁判決 昭和30年11月7日)

 前車に追従中の自転車が、突然被告車前面に進出して来ることまでも予想し、これに対応する措置をとるべき注意義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

④ 夜間、国道上で対向貨物自動車2台と擦れ違った直後、背後から横断して来た歩行者と衝突した事案です(東京高裁判決 昭和47年4月17日)

 夜間、対向車の背後から突然道路を横断しようとして進行して来る人のあることは予想し難いので、被告人に前方注視・徐行義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

⑤ 深夜、交通頻繁な道路で間断なく去来する対向車と離合しながら進行中、前方約12.5メートルの道路中央線付近に佇立中の横断者を認め、急制動したが衝突した事案です(東京地裁判決 昭和47年8月22日)

 深夜極めて交通頻繁な大通りの中央線付近に道路横断中の佇立者のあることは予想し難いので、被告人に前方注視・徐行義務はないとし、被告人に過失なしとしました。

⑥ 対向貨物自動車と擦れ違った直後、背後から小走りに出て来た幼児と接触した事案で、幼児が道路端から飛び出すことは、地形、道路状況、対向車の進行状況等からして認識、予見できなかったとし、被告人に過失なしとしました(長野簡裁判決 昭和42年4月11日)

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