過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(7)~「車で追越し、追抜きをする際の注意義務」を判例で解説~

車で追越し、追抜きをする際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、車で追越し、追抜きをする際の注意義務について説明します。

注意義務の内容

 追越し、追抜きの際の注意義務の基本は、

前方を進行する車両等に対し、警音器を吹鳴するなど必要な警告を与えて警戒させ、交通の安全を確認した上で、前車等の横に必要な間隔を保って追越し、追抜きを開始し、追越し、追抜きが完了するまで、接触等により事故発生がないよう配慮すべきこと

とされます。

 今後の説明では、文章を簡略化するため、「追越し、追抜き」のことを、「追越し」と記載して説明します。

① 自転車を追い越す場合の注意義務

 自転車を追い越す場合の基本的注意義務は、

自転車の構造、運転上の不安定性を考慮にいれて、接触することのないよう、安全な速度と方法で十分な間隔を保って追い越すべきこと

とされます。

 安全な速度と方法の内容は、道路幅員、前車・追越車の速度、先行車の有無・程度、対向車の有無、駐・停車車両の有無等具体的状況によって決定されます。

 高速度かつ至近間隔で追い越すと、自転車のわずかな動揺、追越車の接近、風圧などが自転車操縦者に与える心理的動揺により衝突、接触するおそれがあるので、警音器を吹鳴して左側に退避させ、その動静に注意して十分な間隔を保って追い越さなくてはなりません。

 地形上、十分な間隔を保つことができない場合は、自ら又は助手などをして追越しが終わるまで、自転車の動静に注意し、場合によっては、 自転車操縦者に声をかけ、自転車から降りて退避させるべきとされます。

 「十分な間隔」がどれくらいかについて、仙台高裁秋田支部判決(昭和46年6月1日)において、

  • 一義的に何メートルということは極めて困難であり、道路幅員・状況、自転車の積荷の有無・状況、 自転車操縦の状況等の具体的な事情によって変わってくるが、ごくおおまかにいえば、約1メートル程度である

と判示されています。

 もっとも、

  • 狭い橋の上、児童が操縦する自転車、相手がふらふらしながら操縦する自転車の場合などは、1メートルでは不十分である(東京高裁判決 昭和40年1月18日、福岡高裁宮崎支部判決 昭和47年5月25日)
  • 1.3メートルでも不十分である(仙台高裁判決 昭和29年4月15日)

とされた裁判例があるので留意する必要があります。

 この点、参考となる裁判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和60年4月30日)

 自車の警笛に応じて避譲して走行中の自転車を大型貨物自動車で追い抜こうとし、併走した際に、自転車が転倒し、自転車に乗っていた72歳の老人を轢過して死亡させた事例です。

 裁判官は、

  • 大型貨物自動車の通行が禁止されている幅員4メートル弱の狭隘な道路であること、被害者はブロック塀に接する有蓋側溝上を走行しており、道路左端からブロック塀まで約90センチメートルの間隔しかなかったこと、側溝上は高低差等があり自転車の安全走行に適さない状況にあったこと、被害者が72歳の老人であったことなどから、被告人車両が追い抜く際に被害者が走行の安定を失い転倒して事故に至る危険性が大きいと認められる

として、被害者転倒による危険を予測して、その追い抜きを差し控える業務上の注意義務があるとし、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。

② 歩行者を追い越す場合の注意義務

 歩行者を追い越す場合の注意義務の内容は、自転車に対する場合と基本的には同じです。

③ 車(自転車以外)を追い越す場合の注意義務

 追越しの際、対向車線に進入せざるを得ない場合は、対向車の有無、進行状況を確認し、追越し中に対向車と衝突、接触のおそれのないことを確認して、追越しを開始すべき注意義務があります。

 見通しの効かないカーブはもとより、見通しの効く範囲の少ないカーブの箇所にあっては、追越しを差し控えるべきとされます(東京高裁判決 昭和46年10月25日)。

 後方追従車との関係では、自車右側ウインカーを点灯して右側後方の安全を確認し、進路を変更して車線を変更し、あるいは対向車線に進入しようとする直前においても、さらにサイドミラーなどを用いて右側後方の交通状況、接近車の有無などについて十分注意を払うべきとされます(札幌高裁判決 昭和58年3月22日)。

過失ありとされた事例

 追越しの際の事故について、過失が認められた事案として以下のものがあります。

⑴ 追い越す相手が自転車の事例

 車で自転車を追い越す際に、自転車を転倒させ、自転車乗りを死傷させた事例で、過失が認められた事案として、以下のものがあります。

① 不安定な状態で進行している自転車に約1メートルの間隔をおいて追い越した事案(東京高裁判決 昭和55年6月12日)。

② 自転車の直近を追い越した事案(仙台高裁秋田支部判決 昭和46年6月1日)。

③ 本来進行すべきでない区分帯を進行中の自転車を追い越した事案(東京高裁判決 昭和40年3月22日)。

④ 狭い橋の上で対向車があるのに自転車を追い越した事案(大阪高裁判決 昭和43年4月26日)。

⑤ 狭い橋の上で自転車に接近した状態で追い越した事案(高松高裁判決 昭和38年6月19日)。

⑥ 橋の上で、欄干と自車右側車体との間隔1.7メートルの間に自転車をはさみ、追い越す場合(福岡高裁判決 昭和31年12月18日)。

⑦ 千鳥型の一列縦隊となっている学童の自転車を約1メートルの間隔で追い越した事案(福岡高裁宮崎支部判決 昭和47年5月25日)。

⑧ 砂利道の両側を自転車で進行している学童の中間を、左側自転車との間に約70センチメートルの間隔をおいて追い越した事案(東京高裁判決 昭和38年12月2日)。

⑨ 中学校入口の三差路付近で学童の自転車を追い越した事案(名古屋高裁金沢支部判決 昭和34年1月29日)。

⑩ 他の自動車等が片側あるいは両側に駐・停車、又は進行している道路において、自転車を追い越した事案(東京高裁判決 昭和29年7月20日)。

⑪ 狭い道路で自転車に接近して追い越した事案(名古屋高裁金沢支部判決 昭和29年6月10日)。

⑫ 非舗装で凹凸がある道路のカーブとなった箇所で自転車を追い越した事案(広島高裁判決 昭和31年3月26日)。

⑬ カーブの箇所で停車中の対向大型貨物自動車とすれ違う直後に自転車を追い越した事案(東京高裁判決 昭和44年4月28日)。

⑭ 牽引車で他車を牽引し、左に停車中の貨物自動車との間に自転車をはさみ、しかも自転車に気付かず追い越した事案(東京高裁判決 昭和38年3月27日)。

⑮ 故障車を牽引し、自転車に接近して追い越した事案(東京高裁判決 昭和30年7月2日)。

⑵ 追い越す相手が歩行者の事例

 車で歩行者を追い越す際の事故で過失が認められた事案として以下のものがあります。

① 狭い道路で歩行者の左側を追い越そうとしたところ、歩行者が左に方向を変えた事案(大阪高裁判決 昭和30年11月25日)。

② 歩行者の左側至近地点を追い越そうとしたところ、歩行者が左に寄った事案(名古屋高裁判決 昭和31年5月24日)。

③ 歩行者の右側直近を追い越そうとした事案(東京高裁判決 昭和34年3月30日)。

④ 幼児と手をつないでいる幼児の右側約1メートル地点を追い越そうとしたところ、幼児が飛び出した事案(広島高裁判決 昭和37年5月10日)。

⑤ 多数の歩行者が通行している道路を進行中、歩行者の側方を通過しようとして歩行者に衝突した事案(東京高裁判決 平成22年7月1日)。

 なお、この裁判は、一審が、「被害者を認めたことから、その側方を通過するに当たり、動静注視義務、安全な間隔を保持する義務を認めた」のに対し、二審では、「被害者を発見してからは結果回避不能であったとしてこれを破棄した上で、 このような道路を進行する場合には、歩行者の動静に留意し安全な速度に減速して進行すべき注意義務を認めた」点が参考になります。

 歩行者を車で追い抜く際は、車と歩行者との間隔に注意するだけでなく、しっかりと減速しなければなりません。

⑶ 追い越す相手が車(自転車以外)の事例

 自転車以外の車両に対する事故で過失ありとされた事案として、以下のものがあります。

① 先行する原動機付自転車の右側に接近して追い越そうとして、原動機付自転車運転者のハンドル操作を誤らせ、先行車に衝突させた事案(東京高裁判決 昭和37年2月22日)。

② 酒気を帯びて蛇行運転を繰り返している自動二輪車に対し、警音器を鳴らすと、いったん左に寄ったので、1メートルの間隔をおいてその右側を追い越そうとし、先行車に衝突した事案(大阪高裁判決 昭和44年10月9日)。

③ 見通しの効く範囲が少ないカーブで、対向車があるのに先行自動車を追い越そうとして対向車線に進出し、対向車に衝突した事案(広島高裁判決 昭和41年12月12日)。

④ 後方に追従車が進行して来ているのに先行車を追い越そうとしたところ、後方追従車に衝突した事案(札幌高裁判決 昭和58年3月22日)。

過失なしとされた事例

 追越しの際の事故において、過失が否定された事案として、以下のものがあります。

⑴ 追い越す相手が自転車の事例

 自転車に対する事故で、過失なしとされた事案として、以下のものがあります

① 道路左端より2メートル強の間隔をおいて、飲酒酩酊して自転車を操縦している者を追い越そうとした際、自転車が突然蛇行して被告車前方路上に進出した事案(東京高裁判決 昭和36年6月6日)。

 自転車は被告車進路に進出する気配はなく、互いに直進する限り、安全に追い越すことができたのに自転車が蛇行したものであり、被害者が酩酊していたことについての咄嗟の判断を被告人に期待できないとして過失を否定しました。

② 老人操縦の自転車を追い越そうとしたところ、自転車が容易に認め難い分岐路に向けて右折しようとした事案(奈良地裁葛城支部判決 昭和46年8月10日)。

 被告人において自転車が直進すると思っていたところ、何らの合図もなく右折したものであり、また老人であっても、異常な行動に出る危険性はないと判断できるとして過失を否定しました。

丁字路に差し掛かった自転車を追い越そうとしたところ、自転車が丁字路を過ぎてから急に被告車進路に進出した事案(宇都宮簡裁判決 昭和39年3月31日)。

 自転車は丁字路をやや過ぎて急にハンドルを右にきったもので、直行すると信じていた被告人に過失はないとしました。

④ 70センチメートルの間隔をおいて自転車を追い越そうとしたところ、自転車が右側の商店に寄ろうとして突然約45度で右に曲がり横断を始めた事案(白河簡裁判決 昭和43年6月1日) 。

 被害者のように交通法規に違反し、何らの合図なしに突然横断することまで予想するなどの義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

⑤ 警音器を鳴らすと自転車が道路を右から左に横断したので、右側を追い越そうとしたところ、自転車が右斜めに被告車進路を横断しようとした事案(東京高裁判決 昭和31年12月22日)。

 自転車が直進すると信じた被告人に過失はないとしました。

⑥ 並進中の2台の自転車に警音器を鳴らして追い越そうとしたところ、内側の自転車が、外側の操縦者の注意を無視して突然急角度に右折した事案(仙台高裁判決 昭和30年12月21日)。

 予見可能性がないとし、被告人に過失はないとしました(予見可能性の説明は前の記事参照)。

⑦ 2、3列に並んで進行中の自転車群に対し、警音器を吹鳴しつつ約2メートルの間隔でその右側を追い越そうとしたところ、1台が右側(被告車左側)に進出した事案(高松高裁判決 昭和32年1月27日)。

 事故は、被害者後方の自転車が、被害者を左側から追い越そうとしたため被害者がハンドルを右にきり中高速車道に入り、併進中の被告車左側に接触したことによるもので、このような突発的動向にまで備える責任はないとし、被告人に過失はないとしました。

⑧ 荷台に俵を積み、をハンドルの上に横たえている自転車を、鍬のの端から50センチメートルの間隔で追越しを始め、追い越し終わろうとしたところ、自転車がよろめき、鍬の柄が被告車に接触した事案(広島高裁判決 昭和33年1月16日)。

 自転車の進行状況には特に異常はなく、事故は被告車の追越しが終わろうとした瞬間に被害者がよろめいたことによるもので、被告人の追越しに義務懈怠はないとし、被告人に過失はないとしました。

トレーラーを運転し、被告車の方を振り向いた者が操縦する自転車の追越しにかかったところ、自転車が緩行車道区画線を30センチメートル越えて右側に進出し、トレーラー左側後部に接触した事案(半田簡裁判決 昭和33年4月26日)。

 本件のような場合に交通頻繁な国道上の中央区画線を侵してまで自転車のために進路を残して進行すべき義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

⑵ 追い越す相手が対歩行者の事例

 歩行者に対する追越しの際の事故で、過失なしとされた事例としては以下のものがあります。

① 横一列に並んでいる3名(女性)の右側を追い越そうとしたところ、左側にいた者に押されてか右側にいた女性がよろけた事案(東京高裁判決 昭和45年7月16日)。

 女性がよろけた事実関係が確定できず、過失が認定できないとし、被告人の過失を否定しました。

② 歩行者の右側を追い越そうとしたところ、歩行者が急に右に寄った場合について、被害者が急に進路を変えることについて予見可能性がないとし、被告人に過失はないとしました(新潟地裁長岡支部判決 昭和52年6月17日)。

③ 歩行者の左側を追い抜こうとしたところ、歩行者が急に中央に走り出た場合について、被害者が中央に走り出ることについての予見可能性がないとし、被告人に過失はないとしました(山口地裁下関判決 昭和43年1月12日)。

⑶ 追い越す相手が車(自転車以外)の事例

 自転車以外の車両に対する事故で、過失なしとされた事案として、以下のものがあります。

名古屋高裁判決(昭和44年6月24日)

 先行する自動二輪車、軽自動二輪車の右側に約1メートルの間隔をおいて追い越そうとした事案。

 先行車が、被告車直前で急に進路を右に転ずる暴挙に出ないと信頼でき、1メートルの間隔をおけば十分で、特別の事情のない限り、警音器吹鳴・減速の義務はないとし、被告人の過失はないとしました。

東京高裁判決(昭和45年3月5日)

 先行する原動機付自転車の右側に、1~1.5メートルの間隔をおいて追い越そうとしたところ、原動機付自転車が先行の自転車を追い越そうとして右斜め方向に進出し、ふらついて事故となった事案。

 被害原動機付自転車の危険無謀な行動についての予測義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

東京高裁判決(昭和47年6月19日) 

 先行する普通乗用自動車を追い越そうとして右側に出たところ、右側を進行していた対向自動二輪車が急に中央に進出して、被告車とすれ違おうとしてハンドル操作を誤った事案。

 事故の原因は、被害者側にあるとして、被告人に過失はないとしました。

最高裁判決(昭和44年4月25日)

 幅員6メートルの道路を時速約35~40キロメートルで進行中、縦隊になって進行中の2台の自転車を追い越すため、道路の中心線から約50センチはみ出して追い越しを完了しようとしたところ、制限速度を10キロメートル超過する60キロメートルで道路の中心寄りに同方向に進行している自転車を追い抜きながら蛇行に近い状態で進行して来る自動二輪車と接触した事案。

 相手方は自動二輪車であるから、無理な追越しをして道路中心線に接近しない限り十分安全にすれ違うことができ、相手車両にもう50センチ程度の余裕を与えるためには、被告人が自転車の追越しを完了しない前に左にハンドルを切る必要があるが、その場合には被告人に追い越される自転車に危険を及ぼすおそれがあり、相手車両の異常な行動を予想して、あらかじめ道路を広くあけるために、道路の中心線から左側に避譲すべき注意義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

広島高裁判決岡山支部(昭和47年5月25日)

 先行する大型貨物自動車を追い越そうとした際、後続車である普通貨物自動車が被告車を追い越そうとし、後続車が対向原動機付自転車と衝突した事案。

 事故は被告車が先行車の追越しを始めたのに後続車がさらに追越しをかけた結果発生したもので、被告人に過失はないとしました。

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