原因において自由な行為による殺人
原因において自由な行為とは?
自らの行動で、自分自身を心神喪失状態に陥らせ、その状態で犯罪行為に及ぶことを『原因において自由な行為』といいます。
例えば、恨んでいる相手を殺すために、薬物を大量に自分に投与し、自分自身をわけが分からない状態(心神喪失状態)にさせ、その勢いで人を殺した場合がそれです。
結果を発生させた直後の行為(結果行為)の時点は責任能力を欠いるものの、自分自身を心神喪失状態に陥れる行為(原因行為)の時点では、責任能力があり、責任を認める前提となる自由な意思決定が存在します。
原因においては、自由な行為をして(薬物摂取など)、心神喪失状態になっていることから、『原因において自由な行為』といわれています。
自ら心神喪失状態になり、犯罪を行った場合どうなる?
「原因において自由な行為」を行い、自分自身を心神喪失状態にし、責任能力がない状態で犯罪に及んだ場合どうなるでしょうか?
責任能力がないとして、無罪になるのでしょうか?
答えは、「原因において自由な行為」を行い、自分自身を心神喪失状態にし、責任能力がない状態で犯罪に及んだ場合、犯罪行為の着手時に責任能力があったとして、有罪となります。
つまり、犯罪行為は、自らを心神喪失状態にするところから始まっているという考え方がとられるわけです。
犯行の行為時に責任能力があれば有罪となります。
(なお、原因において自由な行為については、前の記事でも説明しています)
殺人罪における「原因において自由な行為」の考え方
責任無能力又は限定責任能力の状態で殺人行為がなされた場合でも、そのような状態に陥る原因となった行為の際に完全な責任能力があり、しかもその際に殺人行為を予見・認容しているときは、原因において自由な行為の理論により、完全責任能力者として殺人罪の責任を問うことができます。
典型的には、殺人を決意した者が、勢いをつけるために飲酒し、殺人行為の際には酩酊のため心神喪失又は心神耗弱の状態になっていたような場合を想定することができます。
殺人罪の裁判で、「原因において自由な行為」の理論が用いられた事例として、以下のものがあります。
東京地裁判決(昭和53年11月6日)(控訴審:東京高裁判決 昭和54年5月15日)
殺人の実行行為の途中から興奮により情動性朦朧状態に陥り心神耗弱となった状態で殺害の目的を遂げた事案で、犯罪の実行行為開始後に行為者が心神喪失の状態に陥った場合、刑法39条2項を適用すべきでないとし、心神喪失(刑法39条2項)の適用を否定した上、殺人罪の成立を認めました。
この裁判例は、裁判官が、
- 被告人は、本件犯行をの意を決し、これに着手した時においては、未だ心神喪失の状態になく、犯行の途中からこの状態に陥ったものであるが、このように少なくとも犯行の実行を開始した時に責任能力に欠けるところがない以上、その実行途中において心神喪失の状態に陥ったとしても、刑法39条2項を適用すべきものではないと解するのが正当である
と判示した点が注目されます。
自分自身に薬物注射をすれば、精神異常を起こし、他人に暴行を加えることがあるかもしれないことを予想しながら、あえて薬物を注射し、心神喪失状態に陥り、短刀で人を殺した事件につき、暴行の未必の故意の限度で原因行為時における犯意を認めて、殺人罪ではなく、傷害致死罪(刑法205条)の成立を認めました。
京都地裁舞鶴支部判決(昭和51年12月8日)
覚醒剤を多量に使用し、精神異常を起こし、内妻を殺害した事案で、暴行の未必の故意すら否定し、心神喪失時に殺人を犯した者につき重過失致死罪(刑法211条後段)を認め、これを幇助した者につき殺人罪の幇助を認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人は、覚せい剤を多量に使用すると、幻覚・妄想に支配されて暴力的行動を振る舞う習癖を有するに至り、被告人もこれを覚知していたのであるから、このような場合、被告人は自戒して覚せい剤の多量の使用を抑止し、覚せい剤使用に基づく中毒性精神障害による暴行・傷害等の危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、4回にわたり、自宅において多量の覚せい剤粉末を水に溶かして自己の身体に注射して使用した重大な過失により、覚せい剤中毒性精神障害に罹患し、幻覚妄想の圧倒的支配下にある心神喪失状態に陥り、自宅2階の四畳の間において、自己の内妻が北鮮の大物スパイであり、同女を殺害しなければ日本国が滅亡するとの妄想に支配され、自宅にあった刃渡り56.4センチメートルの脇差し及び刃渡り53.3センチメートルの脇差しで、就寝中の同女の腹部、背部、後頭部を突き刺し、切りつけ、よって同女をして、間もなく同所において、失血死するに至らせた
- 被告人は、心神喪失の状態にあったものであり、かつ3、4回にわたり覚せい剤の注射をした際、前記状態のもとで故意犯である殺人ないし傷害致死の犯行を実行することを認容していたとは認められないから、殺人罪はもとより、傷害致死罪も成立しない
- 結局、本件については、判示のとおり重過失致死罪が成立するにとどまるというべきである
と述べました。
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