前回の記事の続きです。
公判手続は、冒頭手続→証拠調べ手続 →弁論手続→判決宣告の順序で行われます(詳しくは前の記事参照)。
前回の記事では、証拠調べ手続のうちの証人尋問に関し、証人の負担軽減のための措置である
- ビデオリンク方式による証人尋問
を説明しました。
今回の記事では、証拠調べ手続のうちの証人尋問に関し、
- 鑑定人・鑑定証人の尋問
- 通訳人・翻訳人の尋問
を説明します。
鑑定人・鑑定証人の尋問
鑑定人とは?
刑事事件において、犯罪の成否などに関連し、特定の事項について証明できる専門的知識を有する者は、
鑑定人
として、裁判に証拠として提出する鑑定書を作成したり、証人として法廷に出廷し、鑑定した内容について証言したりします。
鑑定人を尋問することを「鑑定人尋問」といいます。
鑑定人尋問の鑑定人は、広い意味では証人の一種であり、憲法37条2項の「証人」の中には鑑定人も含まれていると解されています。
鑑定人の代表例は、
- 裁判所の命令により被告人の精神鑑定を行った精神科医師
です。
鑑定人尋問は、裁判所が鑑定を命じた鑑定人(刑訴法165条)が、特別の知識・経験によって知り得た法則又はこの法則を適用して得た判断を口頭で裁判所に報告させるために行います(刑訴法規則129条1項)
鑑定証人とは?
捜査機関(検察官、警察官)から鑑定を嘱託された者(刑訴法223条)は、「鑑定人」ではなく「鑑定受託者」といいます。
刑事裁判において、裁判所が鑑定人に鑑定を命じる「鑑定人」よりも、捜査機関(検察官、警察官)が専門家に鑑定を嘱託する「鑑定受託者」に対する尋問が多くなります。
鑑定受託者の具体例として、
- 犯行現場に残された血液のDNA鑑定とした専門家
- 犯行用具から採取された指紋を鑑定した専門家
- 自動車事故の衝突実験をした専門家
- 自動車事故の被害者を診察し、診断書を書いた医師
などが挙げられます。
捜査機関が鑑定を嘱託した鑑定受託者を尋問する場合、鑑定受託者は、
鑑定証人
と呼ばれ、証人(例えば、証人として出廷する被害者や目撃者)と同じ扱いとなります(刑訴法174条)。
鑑定人は、裁判所の命令で鑑定を行い、鑑定によって見出した法則・判断を報告します。
その鑑定結果の報告は、別の鑑定人が鑑定を行って報告することができるという代替性のあるものになります。
これに対し、鑑定証人は、鑑定人が経験した事実そのものを報告させるので、その実質は「証人」であり、その報告には代替が効かないので、鑑定証人と呼ばれます。
鑑定人を勾引して強制的に裁判所に連れて行くことはできない
鑑定人尋問については、勾引(証人が尋問のための出頭を拒否した場合に、強制的に裁判所に連れて行く手続)に関する規定を除き、証人尋問に関する規定が準用されます(刑訴法171条、刑訴法規則135条)。
勾引に関する規定が鑑定人に適用されないのは、鑑定人は、犯罪の被害者や目撃者などの証人と異なり、代替性があり、直接強制までして出頭させることは相当ではないと考えられるためです。
例えば、鑑定人Aが鑑定人尋問を拒否した場合は、鑑定人Aを強制的に法廷に連れてくることはしなくても、鑑定人尋問を受けてくれる別の鑑定人Bに再度鑑定を依頼し、鑑定人Bに鑑定人尋問を受けてもらえばよいことになります。
ただし、出頭に関する間接強制の規定である
- 証人が正当な理由がなく出頭しないときは、決定で、10万円以下の過料に処し、かつ、出頭しないために生じた費用の賠償を命ずることができるとする刑訴法150条
- 証人として召喚を受け正当な理由がなく出頭しない者に対して不出頭罪が成立し、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処するとする刑訴法151条
の規定は、証人の任意出頭を実現させるためのものであって、鑑定人にも準用されます。
鑑定証人は、勾引して強制的に裁判所に連れて行くことができる
法廷において、鑑定人に、
鑑定人が特別の知識によって知り得た過去の経験事実
を証言させることがあります。
この場合、鑑定人に、法則・判断を報告させるのではなく、鑑定人が経験した事実そのものを報告させるので、その実質は「証人」であり、この場合の鑑定人は、
鑑定証人
となります。
例えば、裁判所から鑑定を命ぜられた鑑定人に、鑑定の事実・経過をその鑑定人の経験事実として供述させる場合、この鑑定人は、鑑定証人の位置付けになります。
鑑定証人になると、証人尋問に関する規定が適用されます(刑訴法174条)。
そのため、鑑定証人には、鑑定人と異なり、勾引の規定(刑訴法162条)が適用されることになり、鑑定証人が尋問に応じず、法廷に出頭しない場合、勾引されることになります。
鑑定証人に当たるのは、
- 犯行現場に残された血液のDNA鑑定とした専門家
- 犯行用具から採取された指紋を鑑定した専門家
- 自動車事故の衝突実験をした専門家
- 自動車事故の被害者を診察し、診断書を書いた医師
などであり、刑事裁判においては、鑑定証人の尋問がほとんどを占めることなるため、鑑定証人が尋問に応じない場合に、勾引の規定が適用される場面が多くなるといえます。
通訳人・翻訳人の尋問
通訳・翻訳は、言語に関する鑑定に類似した性質・機能を有するという考え方が採られます。
そこで、鑑定人・翻訳人の尋問は、鑑定に関する規定(刑訴法第12章)のほか、勾引に関する規定を除いた証人尋問に関する規定が準用されます(刑訴法178条、刑訴法規則136条)。
鑑定人、通訳人、翻訳人に対する虚偽鑑定等罪の成立
真実を述べる旨の宣誓(刑訴法規則116~119条)した鑑定人、通訳人、翻訳人が、虚偽の鑑定・通訳・翻訳をした場合は
虚偽鑑定等罪
が成立します(刑法171条)。
次回の記事に続く
次回の記事では、証拠調べ手続のうち、
証拠書類(書証)取調べは、朗読又は要旨の告知による
を説明します。