前回の記事の続きです。
「建造物」とは?
現住建造物等放火罪の条文は、刑法108条において、
放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する
と規定されます。
この条文中にある「建造物」について説明します。
建造物とは、
家屋その他これに類する工作物であって、土地に定着し、人の居起出入に適する構造を有する物体
をいいます。
この点を判示したのた以下の判例です。
大審院判決(大正13年5月31日)
裁判官は、
- 刑法第109条第1項にいわゆる建造物とは、家屋その他これに類似する工作物にして土地に定着し、人の起居出入りに適する構造を有するものをいう
と判示しました。
大審院判決(大正3年6月20日)※建造物損壊罪(刑法260条)の判例
裁判官は、
- 建造物とは、家屋その他これに類似する建造物を指称するものにして屋蓋(おくがい:屋根)を有し、培壁又は柱材により支持せられて土地に定着し、少なくともその内部に人の出入りし得べきものたることを要す
- 邸宅の表門がその囲障の一部を成し、開閉してもって通行に備えるにとどまり、人の出入りし得る内部を有せざるときは、建造物なりというを得ず
- 従って、これと一体を成せる潜戸を破壊するも刑法第261条(器物損壊罪)に該当するのみにして、建造物損壊罪に問擬すべきものにあらず
と判示しました。
この建造物損壊罪の判例の建造物の定義は、放火罪にも当てはまると学説では考えられています。
理由は、建造物の意義の点からみれば、放火罪の対象となる建造物と損壊罪の対象となる建造物との間に実質的な差異はないためです。
上記2つの判例の要件を具備する建造物であれば、建造物と認めるに当たり、工作物の大小及び材料の種類を問いません。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(昭和7年6月20日)
裁判官は、
と判示しました。
また、一定の基礎の上に建設されたものであることを要せず、掘っ建て小屋のようなものでも建造物となります。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(大正元年8月6日)
裁判官は、
- 刑法第109条にいわゆる建造物たるには、必ずしも一定の基礎の上に建設せられたる物件なることを要せず
- いわゆる掘っ立て小屋の如きも同条の建造物たることを失わず
と判示しました。
また、起臥寝食が本来の用途である必要はなく、人がその中に立ち入ることのできる物置小屋なども建造物となります。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治41年12月15日)
裁判官は、
- 物置小屋は人の居住すべき建造物にあらざるも、人がその内に立ち入りて現在することあるべき建造物なりとす
- 従って、これを燃焼したる所為は、刑法第109条第1項の犯罪を構成す
と判示しました。
判例で建造性が肯定された建物
判例で現住建造物等放火罪(刑法108条)、又は非現住建造物等放火罪(刑法109条)における建造物と認定された建物として以下のものがあります。
- 正面の幅約3.6m、奥行約5.4mの物置小屋(大審院判決 明治41年12月15日)
- 正面の幅約1.8m、奥行約2.1mの周壁のあるかまど場で人が常に出入して炊事などの用を弁ずべき相当の設備のある掘っ立て小屋(大審院判決 大正元年8月6日)
- 東西約5.4m、南北約10.9mの木造藁葺屋根で建築材料を充満した建築小屋(大審院判決 大正13年5月31日)
- 周壁及び天井がないものの、正面の幅約2.7m、奥行約3.6m、高さ約2.1mで、屋根を有し柱材により支持されて土地に定着し、人の居起出入できる内部を有する麦わら屋根の平屋建の籠堂(大審院判決 昭和2年5月30日)
- 約2.7m四方のわらの屋根・わら囲いの掘っ立て小屋(大審院判決 昭和7年6月20日)
- 正面の幅約8.1m、奥行約5.4mの茅葺屋根の2階建納屋と正面の幅約3.6m間、奥行約5.4mの茅の屋根で平屋建納屋(大審院判決 昭和13年8月22日)
- 丸太を組み合わせ縄で縛り、上部にわらと茅を並べ、裾を杉皮で囲った正面の幅約3.7m、奥行約8.3mの炭焼小屋(広島高裁岡山支部判決 昭和30年11月15日)
- 土中に掘った炭焼かまどを覆うように作られ、雑木の丸太を組み合わせ、茅で屋根を葺き、周囲を笹で囲んである正面の幅約3.8m、奥行約10.1m、高さ約3mの炭焼小屋(仙台高裁判決 昭和43年5月23日)
- ホームレスが河川敷で住居として使用し、木の柱10本が地中に打ち込まれ、土地に固定されて定着し、外側をビニールシートや段ボールで被い、天井には木の枝や竹が巡らされた縦約3.5m、横約3.2m、高さ約1.5mの簡易建物(東京地裁判決 平成17年4月6日)
- 奥行約90.9cm、幅約60.6cmm高さ約90.9cmほどの人の出入り不可能な稲荷堂(大審院判決 明治27年10月22日、裁判官は「家屋の構造をもって一定の場所に建設したる堂宇の如きは堂宇その物の広狭大小により建造物かるの否とを区分するを得ざるものとす」として建造物に当たるとした)
判例で建造性が否定された建物
上記判例とは逆に、建造物性を否定した判例として以下のものがあります。
名古屋高裁判決(昭和39年4月27日)
建造物たる木造トタン板屋根の平屋建て物置小屋の屋根であるトタン板が台風によって全部飛散し、雨露をしのぐことのできない状態となったものは、修繕する予定になっている場合においても、現実に修繕の行われるまでは建造物に当たらないとしました。
秋田地裁大館支部(昭和43年5月20日)
壁がないに等しいハサ小屋は建造物に当たらないとしました。
東京高裁判決(昭和28年6月18日)
正面の幅約3.64m、奥行約1.82mの杉皮葺屋根で、柱は約10cmの角材6本を木組みし、柱の下の土台に玉石を置き、周りは下部から約75cmまで板の柵を巡らすなどした構造で、下段に豚を収容し、中段にわらを置いた小屋について、裁判官は、
- 相当堅固な建造物類似の構造を有していたと認められるものの、建物は元来豚を収容するために作られたものであり、人の出入することを予定して建てたものでなく、人の出入が可能ではあるが実際入ったことがないことから、建造物に該当しない
- 刑法109条の立法趣旨から見ても、それは人の起居又は出入することが予定されている建物であることを前提としているのであって、その構造から見て、人が入ろうと思えば入れないことはないが、そのものの性質上、人の起居又は出入が全く予定されていないもの(例えば、犬小屋、堆肥小屋等)はいわゆる建造物には該当しない
としました。
野宿用テント、ビニール・ハウスの建造物性
野宿用テント、ビニール・ハウスの類の建造物性について、判例は見当たりませんが、普通の用法上、土地に定着すべきものではないとして建造物性を否定する見解が多いです。
トレーラーハウス、キャンピングカーの建造物性
トレーラーハウス、キャンピングカーの建造物性について、判例は見当たらないところ、建造物性を否定する見解と肯定する見解があります。
建造物性を肯定する見解は、
- 定着性の要件を不要とした上で、建造物に含まれるとするもの
- 一時的でも使用中は土地に定着しているものと考え、建造物に含ませるべきとするもの
- トレーラーハウス、キャンピングカーの効用の観点から建造物と認めるべきとするもの
があります。