刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(4) ~「名誉毀損罪の公然性が否定された裁判例」を説明~

 前回の記事の続きです。

名誉毀損罪の公然性が否定された裁判例

 名誉毀損罪(刑法230条)の公然性が否定された裁判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和12年11月19日)

 消防組役員会の席上、消防小頭を辞職する理由の釈明を求められ、当初はその開示を拒んでいたが、出席者から懇意の役員の会合であることを挙げて強いて釈明を求められたため、役員8名に対して他人の名誉を毀損する事実を告げた事案です。

 裁判官は、

  • その経緯に鑑み、列席者は当然被告人の開示したる事項に付き、秘密を保つべき責あるもの
  • 多数人なりといども、その員数の点に顧み、又はその集合の性質に鑑み、よく秘密の保たれ得て絶対に伝播のおそれなきが如き場合においては公然と称するの要なきもの

と判示し、公然性を否定し、名誉毀損罪は成立しないとしました。

最高裁決定(昭和34年2月19日) 原審:大阪高裁判決(昭和34年1月21日)

 脅迫被疑事件の取調べ担当検事と検察事務官の2人だけが在室する検事取調べ室内で、同事件の被告訴人が告訴人の名誉を害する発言をした事案につき、裁判官は、

  • 検事及び検察事務官は公務員として職務上知ることのできた秘密を守らなければならない法律上の義務があるのみならず、右両名は捜査官としてその職務に従事中であったから、これらの点から考えて両名の面前でのAの右発言は伝播性はないから名誉毀損又は侮辱罪を構成しない

としました。

最高裁判決(昭和34年12月25日) 原審:東京高裁判決(昭和34年8月5日)

 Dが自宅の玄関内で、母親Eと妻F及び女中のいる前で、被害者Aを罵った行為は公然性を有しないとし、侮辱罪(刑法230条)は成立しないとした事例です(侮辱罪と名誉毀損罪の公然性の概念は同じです)。

 裁判官は、

  • DはAに対し「子供を訴えるような者は人間じゃない、動物じゃ」と罵ったというのであるから、右言辞はAを人間としての価値のないものだ、動物と同一の価値しかない劣等な者だと罵り、抗告申立人の人格を蔑視したのであるから、「子供を訴える」という事実を申し向けたとしても、侮辱罪に該ることは当然であり、又右言辞はD方の玄関内において発せられたのであるから、Dの家族のEやFが現場にいたとしても、またその他に女中のGがいたとしても、公然性のないことも明らかである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和42年3月28日)

 各1名に対し3回にわたって他人の名誉を毀損する事実を話したが、相手方とはそれぞれ昵懇である上、他言を禁じるなどしており、各告知の間に9~5か月の間の隔たりがある事案で、裁判官は、

  • もともと被告人はCの名誉を毀損する目的又は意思をもって当初から一連の計画に基づき、Hら3名の者に対しCの名誉を毀損する話をなし、同人らを通して更に不特定若くは多数人にその話の内容が伝播することを毫も意図していたのではなく、それぞれが認定された特定の関係にある2人の者の間の全く散発的な打明け話の域を出なかった

とし、公然性を否定し、名誉毀損罪は成立しないとしました。

東京高裁判決(昭和58年4月27日)

 高校教諭の懲戒又は配置換え等の措置を求めて、その名誉を毀損する内容の文書各1通を県教育委員会委員長、高校長、PTA会長に送った行為につき、結果として20名近くの者が閲読ないし内容を聞知したが、それらの者は、調査の関係者等であって守秘義務を持つか、あるいは、その家族やそれに近い者であったに過ぎないなどの事情を根拠に、他へ伝播するおそれはなかったとし、公然性を否定し、名誉毀損罪は成立しないとしました。

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