前回の記事の続きです。
物の本来の効用を喪失させる行為
器物損壊罪(刑法261条)における「損壊」とは、
物質的に器物の形体を変更又は滅尽させることのほか、事実上又は感情上その物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合を含め、広く物の本来の効用を喪失するに至らしめること
をいいます(詳しくは前の記事参照)。
簡潔に言うと、「物の本来の効用を喪失させる行為」が器物損壊罪における「損壊」となります。
物の本来の効用を喪失させる行為には様々なものがあるところ、以下で、
- 事実上又は感情上、物の本来の用法に従って使用することを不可能な状態にする行為
- 物が備え付けられるなどした場所から移動させ、その物の効用を損なわせる行為
に分けて説明します。
① 事実上又は感情上、物の本来の用法に従って使用することを不可能な状態にする行為
物の機能を物理的に損なうものがこれに含まれるのは当然ですが、物の機能を物理的に損なうことはなくても、事実上又は感情上、物の本来の用法に従って使用することを不可能な状態にすることも含まれます。
参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(明治42年4月16日)
裁判官は、
- 刑法第261条にいわゆる毀棄若しくは損壊とは、物質的に器物その物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず、事実上、若しくは感情上、その物をして再び本来の目的の用に供し能わざる状態に至らしめたる場合をも包含するものとす
と判示し、食器に放尿した行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。
大審院判決(大正10年3月7日)
裁判官は、
- 刑法第261条にいわゆる損壊とは、物質的に器物その物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず、事実上、若しくは感情上、器物をその用法に従い使用すること能わざる状態に至らしめたる場合をも包含するものと解するを相当とす
と判示し、貸座敷業の家の2階座敷に掛けた鯛などを描いた掛け軸に「不」「吉」の2字を墨で大書した行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。
東京高裁判決(昭和39年2月29日)
館内に設置された長椅子等に大量の人糞尿を散布した行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。
東京高裁判決(平成12年8月30日)
自動車のドアハンドルの内側やフェンダーの裏側に人糞を塗り付けた行為が器物損壊罪に当たるとされた事例です。
裁判官は、
- 刑法261条にいう「損壊」には、物理的な毀損を伴わないものの、その器物の清潔感や美観を害し、事実上又は感情上器物の効用を阻害することも含まれるものと解されるところ、人糞を器物に塗り付けることは、その量が極めて僅かで、容易に除去できる態様であるなど特段の事情がない限り、器物の清潔感や美観を害し、臭気や人糞自体に対する嫌悪感等からその器物をそのまま使用することを阻害するものといえる
- そして、関係証拠によれば、本件は、嫌がらせの手段として犯されたもので、人糞を洗浄すれば被害自動車に痕跡や傷等の物理的な変更毀損を生じさせるものではなかったとはいえ、紙コップ3個分程度の量の人糞を、被害車両右側の、運転席及び運転席側後部座席の各ドアハンドルの内側に押し込むように塗り付け、フェンダー裏側にも車両先端から後端にかけて、特にタイヤハウス部分には相当量を塗り付けたものであることが認められ、被害車両所有者の妻Hの原審証言からも明らかなように、被害車両の使用者にくさい臭いを感じさせ、嫌悪感を生じさせたものであって、被害車両に物理的な変更を加えたものといえる
- 被告人らの行為は、被害車両の清潔感を害している上、右臭気や人糞が車両を開ける際、触れる機会の多いドアハンドルに塗布していることからしても、そのままの状態で被害車両を使用することを阻害するに足るものであったと認められる
- 本件で人糞が塗布された場所に一見しては分かりにくいフェンダーの裏側部分が含まれていたことを考慮しても、右結論は変わらない
- また、前記Hの原審証言によれば、人糞やその臭気を除去し、人糞自体に対する嫌悪感等を払拭するために1時間から1時間半の時間をかけて被害車両を自ら洗浄した上、ガソリンスタンドで機械洗浄してもらったことが認められ、人糞を除去して使用できる状態に戻すことが容易でなかったことは明らかである
- 確かに、Hらは、本件後も右車両を使用し続けているが、少なからぬ労力、時間、費用をかけて右車両を洗浄した後のことであるから、その故に、本件で被害車両の効用が阻害されたことが否定されることにはならないし、本件の被害が軽微であるともいえない
- そうすると、被告人らの行為が器物損壊罪に該当するとした原判決の判断は、是認することができる
と判示しました。
② 物が備え付けられるなどした場所から移動させ、その物の効用を損なわせる行為
物が備え付けられるなどした場所から移動させることも、その物の効用を損なうと評価される場合があります。
参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和7年6月15日)
他人の所有物の置場所を換えたり、作物をひそかに引き抜いて放置しておくいわゆる「天狗降ろし」という行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。
裁判官は、
と判示しました。
労働組合員が会社の2階庇に掲げてあった第2組合の木製看板を取り外し、これを同所から140メートル離れた他家の板塀内に投げ捨てた行為及び同会社の事務所土間に置いてある第2 組合員家族より同組合員あての輸送小荷物に付けてあった荷札をはぎ取り、これを持ち去った行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。
大阪高裁判決(平成13年3月14日)
自動車内に拉致した被害者が助けを求めるのを妨害し、かつ姦淫を承諾させるための手段として被害者から取り上げていた携帯電話等を、被害者が脱出した約1時間後に証拠隠滅の目的で川に投棄したという事案です。
一審では、当初の訴因は、被告人らが携帯電話等を被害者から取り上げた行為を窃盗とするものであったが、一審の途中で、携帯電話等を川に投棄した行為を器物損壊とする予備的訴因が追加されました。
そして、一審の判決は、窃盗については不法領得の意思が認められないとしてその成立を否定し、器物損壊罪については、器物損壊罪にいう毀棄とは、隠匿その他の方法によって財物を利用することができない状態に置くことをもって足り、その利用を妨げた期間が一時的であると永続的であると、また犯人に後に返還する意思があったと否とを問わないと解されるから、車内における携帯電話等の占有奪取行為は器物損壊罪を構成し、かつ、既遂に至っているから、その後、川に投棄した行為は、不可罰的事後行為に当たるとして、無罪としました。
そして、控訴審において、大阪高裁の裁判官は、
- 器物損壊罪にいう『損壊』とは、物質的に物を害すること又は物の本来の効用を失わしめることをいうと解される
- そして、物の本来の効用を失わしめることに、物の利用を妨げる行為も含まれること、利用を妨げた期間が一時的である場合や、犯人に返還する意思があったような場合も含まれ得ることは、原判決が解釈として説示するとおりである
- しかし、利用を妨げる行為が物の本来の効用を失わしめ、『損壊』に該当するといっても、利用を妨げる行為がすべて『損壊』に当たるわけではなく、『損壊』と同様に評価できるほどの行為であることを要するものというべきである
- この観点から、被害者からみて容易に発見することができない隠匿行為、占有奪取現場からの持ち出し行為や長時間にわたる未返還といった事情が考慮されることになる
- 換言すれば、利用を妨げる行為にも当然程度というものがあり、その程度によっては効用を失ったと同等には評価することができず、『損壊』には当たらない場合があるというべきである
- これを本件についてみると、関係証拠によれば被告人らがかばんを被害者に返さず、かつ、被害者が持っていた携帯電話を取り上げた事実は認められるが、その段階では、両者は同じ車内の前部座席と後部座席に乗車していたこと、被害者が携帯電話を利用して助けを呼べなかったという状況が継続したのは、被害者の知人が被害者救出のため同車両の窓ガラスを割り、被害者が同車両から飛び降りるまでの約3分間というごく短時間のことであることのほか、携帯電話以外の物品については具体的にどういう物が存在するかについてさえ明確な認識がなく、被告人らの主観としても、姦淫に応じさせるための一時的な手段として本件物品等を保有しているにすぎないことが認められること等を総合すればその時点で、かばんや携帯電話の効用そのものが失われたとまで解することはできないから、前記行為をもって器物損壊罪にいう『損壊』と評価するのは相当でなく、検察官が予備的訴因で主張するように、その後、被告人らが、かばん及び携帯電話を川に投棄した行為をもって、それらの物の効用を失わしめる『損壊』行為に当たると解するのが相当である
と判示し、証拠隠滅の目的で携帯電話等を川に投棄した行為について、器物損壊罪が成立するとしました。
【参考】器物損壊罪(持ち去り、投棄行為)と軽犯罪法1条33号の違い
軽犯罪法1条33号は、
みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者
を罰する規定であり、みだりに他人の看板、禁札その他の標示物を取り除くことを処罰するものです。
他人の物件を取り除いて他に隠匿するような行為は器物損壊罪に当たる場合があるところ、軽犯罪法1条33号に規定されているのは、例えば、着板を取り外して足元に投げ捨てておくというように、
簡単に復元できるような状態で取り除く行為
を意味するものと解されます。