これから9回にわたり、建造物等損壊罪(刑法260条)を説明します。
建造物等損壊罪とは?
建造物等損壊罪は刑法260条に規定があり、
- 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、5年以下の懲役に処する
- よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する
と規定します。
建造物等損壊罪は、
建造物と艦船のみ
を対象としており、建造物と艦船以外の他の物件については、本罪の補充法である器物損壊罪(刑法261条)の対象となります。
損壊した対象が建造物の場合の罪名は、
建造物損壊罪
となります。
損壊した対象が船舶の場合の罪名は、
建造物等損壊罪
となります。
建造物等損壊致傷罪、建造物等損壊致死罪
他人の建造物又は艦船を損壊し、よって人に傷害を負わせた者に対しては、
- 建造物損壊致傷罪(損壊した対象物が建造物の場合)
- 建造物等損壊致傷罪(損壊した対象物が船舶の場合)
が成立します。
他人の建造物又は艦船を損壊し、よって人を死亡させた者に対しては、
- 建造物損壊致死罪(損壊した対象物が建造物の場合)
- 建造物等損壊致死罪(損壊した対象物が船舶の場合)
が成立します。
主体
建造物等損壊罪の行為主体については特に限定はありません。
客体
建造物等損壊罪の客体は、
他人の建造物又は艦船
です。
刑法260条の条文にある「他人の建造物」の定義
刑法260条の条文にある「他人の建造物」とは、
他人の所有に属する建造物
を意味します。
ただし、建造物損壊罪については刑法262条の適用があり、自己所有の建造物であっても、
差押えを受け、物権を負担し、賃貸したもの
は、他人の建造物と同様に取り扱われるので、そのような建造物は、刑法260条(建造物損壊罪)により処断されることになります。
刑法260条の「他人の」建造物に当たるとされた判例として以下のものがあります。
最高裁は、
- 刑法260条の「他人の」建造物というためには、他人の所有権が将来、民事訴訟等において否定される可能性がないということまでは要しないものと解するのが相当であり、被告人所有の建物につき根抵当権の設定を受けた甲が抵当権実行の結果、自らこれを競落して、同人に対する所有権移転登記が経由された後、執行官が右建物につき不動産引渡命令の執行をしようとした際、被告人が同建物の損壊に及んだとの事実関係の下では、たとえ被告人が右根抵当権設定の意思表示は甲の側の詐欺によるものとしてこれを取り消したから同建物は自己所有の物であると主張し、将来民事訴訟等において右詐欺の主張が認められる可能性を否定し去ることができないとしても、同建物は本条の「他人の」建造物に当たる
としました。
この判例以前は、所有権の帰属については、民事法によって決せられると当然のように考えられていたところ、この判例により、建造物損壊罪における建造物の他人性について、ある程度民事法から離れた解釈をする余地があることが示されました。
刑法262条の「差押え」について、公務員の占有は不要
刑法262条の「差押え」について、公務員の占有を要するか否かにつき、判例はこれを不要としています。
参考となる裁判例として以下のものがあります。
広島高裁判決(昭和31年4月17日)
競売法(旧法)による不動産競売開始決定があった建造物を損壊した事案で、決定があった時点で他人の建造物に該当し、その建造物を損壊すれば建造物損壊罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 競売法による不動産競売開始決定においては民事訴訟法の競売開始決定のように同時に不動産の差押を宣言するものではないが、競売法による不動産の競売もまた一種の執行処分にほかならないから、同法による競売開始決定は担保権者のためにその目的物を差押える効力を生ずるものと解すべきである
- 公訴事実は本件の建物にT株式会社に対する被告人の債務のため抵当権が設定してあり、この抵当権に基いて競売手続が開始されその進行中、被告人がこれを損壊したというにあることが記録に徴し明瞭であり、原判決も右の趣旨に従って罪となるべき事実を認定しているのであって、同建物が刑法第262条にいわゆる「差押を受け」及び「物権を負担し」ていることには相違ないところであるから、これを損壊した以上、いずれの見地よりするも同条による罪責を免れるわけにはいかない
と判示しました。
民訴法上の不動産仮差押えは、刑法262条の「差押え」に当たるとし、仮差押えを受けた建造物を損壊した行為について建造物損壊罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法262条にいう「差押」とは、同法259条ないし261条に規定する物について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分を指称し、民訴法上の不動産の仮差押を含む
としました。
大阪高裁判決(昭和60年9月6日)
上記判決と同様、民訴法上の不動産仮差押えは、刑法262条の「差押え」に当たるとし、仮差押えを受けた建造物を損壊した行為について建造物損壊罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法262条の法意は、本来所有者の任意の処分に委ねられるべき自己所有物といえども、他人が同条所定の権利等を設定することによってその物についての利益を有するときには、その利益を保護するため自己所有物の処分に制約を加えることにあり、個人的俐益の保護を目的とするものと解される
- 同条にいう「差押」は、その執行にあたる公務員が職務上保管すべき目的物の占有を強制的に自己に移すと否とにかかわりなく、ひろく本来の語義における「差押」、すなわち特定物(同条にあっては同法259条ないし261条に規定する物)について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分を指称し、これと同一の処分禁止の効力をその中心的な効果として有する民事訴訟法上の仮差押をも含むものと解するのが相当である
- そうすると、仮差押を受けた自己所有建物を損壊した被告人の原判示所為を刑法262条、260条に該当するとした原判決には、法令の解釈適用の誤りはない
と判示しました。
仙台高裁判決(昭和37年2月20日)
登記簿上の地番表示等が実際とは多少相違している土地建物の所有者が、建物に抵当権の設定されていることを知りながら解体した事案について、他の登記事項において両者の間に同一性が認められる程度に両者が吻合していれば該建物の登記としては有効であり、建造物損壊罪が成立するとしました。