前回の記事の続きです。
他人の刑事事件に関する証拠と同時に、犯人自身の刑事事件にも関する証拠を犯人自身が隠滅した場合、証拠隠滅罪は成立するか?
証拠隠滅罪(刑法104条)の対象は、「他人の」刑事事件に関する証拠なので、専ら自己(犯人自身)の刑事事件に関する証拠は本罪の客体にならず、犯人自身の刑事事件に関する証拠を犯人が隠滅しても、証拠隠滅罪は成立しません。
問題になるのは、他人の刑事事件に関する証拠と同時に、自己(犯人自身)の刑事事件にも関する証拠を犯人自身が隠滅した場合です。
このような場合に証拠隠滅罪は成立するかが問題になります。
この問題に関しては、明確な結論を出している判例・裁判例は見当たりません。
なので、参考となる判例・裁判例を確認して理解を深めることが有用となります。
共犯者の一人が共通の証拠に対してなした証拠隠滅行為が証拠隠滅罪となるとした事例です。
裁判官は、
- 共犯者の一人が共通の証拠を焼却した場合、その者が、行為当時、未だ被疑者にもなっておらず、かつ、他に検挙が波及するおそれがあるにしても、自己におよぶことは絶対にないと確信し、専ら他の共犯者のためにする意思をもってしたときは、証拠隠滅罪が成立する
としました。
東京地裁判決(昭和36年4月4日)
選挙買収の受供与者が、供与者が他に預けていた選挙関係の帳簿類を隠匿した行為に対し、自己の刑事事件に関する証拠が同時に他人の刑事事件に関する証拠である場合、 自己のためにこれを隠滅する行為は、たとえそれが同時に他人の利益になるにしても証拠隠滅罪を構成しないとし、無罪を言い渡した事例です。
裁判官は、
- 刑法第104条は「他人の刑事被告事件に関する証拠を隠滅し…たる者は…」と規定しており、自己の刑事被告事件に関する証拠の隠滅は本条の罪を構成しないことは明らかであるが、その証拠が自己の刑事被告事件に関するものであると同時に共犯者の刑事被告事件に関するものである場合には、その隠滅は他人の刑事被告事件に関する証拠の隠滅としての側面をも必然に有するが故に本条の罪を構成するか否かにつき疑いを生ぜざるを得ない
- この点に関し、大審院の大正7年5月7日の判決(刑事判決録第24輯555頁)は「自己がその被告事件の共犯たる事実は該犯罪の成立を阻却する原因とならず」となし、また大審院大正8年3月31日の判決(刑事判決録第25輯403頁)は「共犯人中一人のなしたる証拠隠滅の行為が専ら他の共犯人のためにする意思に出でそのこれを自己の利益のためにする意思を欠如するにおいては右犯罪を構成する」となしていて、必ずしも判例上確定しているとは見られないし、またこの点に関する学説も帰一していない
- 思うに、刑法第104条が自己の刑事被告事件に関する証拠を隠滅する行為を犯罪としないのは、かかる行為は人情の兎角赴き易いところであって、これを処罰するは苛酷に失するとの考慮に出でるものと理解される
- されば、自己の刑事被告事件に関する証拠が同時に共犯者の刑事被告事件に関する証拠である場合であっても、自己の利益のためにこれを隠滅するときは、たとえそれが同時に共犯者の利益にもなるにしても証拠隠滅罪を構成しないとすることが前記法条の趣旨であると解するを相当とする
- されば、被告人等のなした前記風呂敷包の隠匿行為は、その風呂敷包の中に被告人等の犯罪行為をほとんど全面的にしかも直接端的詳細に証明すべき会計帳簿等があり、これが捜査当局の手に入るときは、A、Bらの前記犯罪行為が発覚するばかりでなく必然に共犯者たる被告人ら自身の犯罪行為が発覚するばかりでなく必然に共犯者たる被告人ら自身の犯罪行為の発覚をも招く関係にあるため、被告人らは自身の利益のためにもこれをなしたものと認められること前述の如くである以上、被告人らの右隠匿行為は刑法第104条の犯罪を構成するものでないとしなければならない
- よって被告人らに対する本件証拠隠滅の公訴については刑事訴訟法第336条により無罪の言い渡しをなすこととする
と判示しました。
福岡高裁宮崎支部(平成17年3月24日)
他人が窃取してきた金庫を自動車に乗せて運び、窃盗犯人の知人と被告人自身の指紋が付着している金庫を海中に投棄した行為が盗品等運搬、証拠隠滅に当たるとして公訴提起された事案において、金庫は他人の刑事事件に関する証拠であるとともに、被告人自身の刑事事件に関する証拠でもあるから、自らの事件の証拠を隠滅するという認識さえあれば、証拠隠滅罪は成立しないとした事例です。
裁判官は、
- 刑法104条(証拠隠滅等)の罪は、「他人の刑事事件に関する証拠」を隠滅した者としているから、これを文字どおりみれば、被告人にとって、金庫は、他人であるAの刑事事件の証拠であると同時に自己の刑事事件の証拠でもあるとしても、他人の刑事事件の証拠であることに変わりはないから、同罪が成立することになるが、同罪の趣旨が、刑事司法作用に対する妨害にあるものの、「他人」の証拠としていて、「自己」の証拠を隠滅するなどして自らに対する刑事司法作用を免れようとする行為までも禁止するのは、被疑者又は被告人として防御する立場にあることとは相容れず、放任して不可罰としていることからすると、上記同罪が成立するという見解は採用することができない
- 本件の場合、上記金庫が、被告人にとって自己の刑事事件の証拠であるから、自らの事件の証拠を隠滅しようという認識がありさえすれば、同罪は成立しないと解すべきである
としました。
浦和地裁判決(昭和47年9月27日)
週刊誌記者が、自衛官殺害事件の取材に関連して警衛腕章、自衛官用ズボンを重要な証拠物件と知りつつ預かったが、後日、犯人の1人と誤認されるのをおそれて、友人に焼却させた行為について、週刊誌記者に対し、証拠隠滅罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 焼却以前の被告人の行動に刑事事件たりうべきものがない以上、これらは被告人の刑事事件に関する証拠とはいえず、証拠隠滅罪の罪の客体となる
としました。