前回の記事の続きです。
証拠隠滅罪でいう「隠滅」とは?
証拠隠滅罪は、刑法104条に規定があり、
他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する
と規定されます。
この記事では、証拠隠滅罪(刑法104条)でいう「隠滅」の意義を説明します。
証拠の「隠滅」とは、
証拠そのものを滅失させる行為のみならず、その顕出を妨げ、若しくはその価値・効力を減少させるすべての行為
をいいます。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治43年3月25日)
裁判所は、
と判示しました。
大審院判決(昭和10年9月28日)
裁判所は、
- 刑事被告事件の判断に支障を来さしむる目的をもって帳簿書類を隠匿焼燬するが如き、又はその資料の出現を妨げ、若しくはそのその効力を喪失せしめ、あるいは証人を隠匿し逃避せしむるが如きは、証拠の隠滅に該当するものとす
と判示しました。
参考人・証人も証拠隠滅罪の「証拠」に該当する
参考人・証人も証拠隠滅罪の「証拠」に該当し、参考人・証人を蔵匿し、あるいは隠避させて捜査機関・裁判所等への出頭を事実上不可能にする行為を行えば、証拠隠滅罪が成立します。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治44年3月21日)
裁判所は、
- 刑法第104条に証拠を隠滅しとあるは、証拠たるべき物件を隠滅することのほか、証人又は参考人として刑事被告事件の証拠となるべき者を隠匿する場合をも包含す
と判示しました。
大審院判決(昭和7年12月10日)
裁判所は、
- 刑法第104条にいわゆる他人の刑事被告事件に関する証拠とは、親族にあらざる者の刑事被告事件につき、被告人の犯罪の成否、態様、刑の軽重に関係を及ぼすべき情状を判定する資料たるべき一切の証拠を指称するものとす
と判示しました。
捜査段階における参考人も刑法104条にいわゆる他人の刑事被告事件に関する証拠に該当し、これを隠匿すれば証拠隠滅罪が成立するとしました。
裁判所は、
- 刑法104条の証拠隠滅罪は、犯罪者に対する司法権の発動を阻害する行為を禁止しようとする法意に出ているものであるから、捜査段階における参考人に過ぎない者も右法条にいわゆる他人の刑事被告事件に関する証拠たるに妨げなく、これを隠匿すれば証拠隠滅が成立するものと解すべき
としました。
東京高裁判決(昭和35年10月31日)
捜査段階における参考人について証拠隠滅罪の成立を認めた事例です。
裁判所は、
- 証人として召喚を受けた者でない、捜査段階における単なる参考人が出頭や供述の自由を有することはもちろんであるが、刑法第104条の証拠隠滅罪は犯罪者に対する司法権の発動を阻害する行為を禁止しようとするものであるから、捜査段階における参考人に過ぎない者も刑法第104条にいわゆる他人の刑事被告事件に関する証拠たるに防げなく、これを隠匿すれば証拠隠滅罪が成立するは明らかである
と判示しました。
学説では、
① 参考人・証人を蔵匿し、あるいは隠避させることが「証拠の隠減」といえるには、単なる不出頭や宣誓・供述の拒否を教唆・幇助する程度では足りず、一層積極的かつ高度の態様によるものであることを要するとの見解
(証人が不出頭の場合や、宣誓・証言を拒否した場合には、罰金又は拘留若しくはその併科に処せられるに過ぎず(刑訴151条・161条)、参考人には出頭の義務さえないため)
② 参考人や証人をこれらの者の意思に基づいて隠匿する場合には、「証拠隠滅」に該当しないとする見解
(参考人には捜査機関への出頭義務はなく、証人による出頭義務違反、宣誓・証言拒否に対する刑罰が軽微であるため)
があります。
参考人・証人に逃避を勧める行為だけでは証拠隠滅罪は成立しない
参考人・証人に逃避を勧めたが、相手が応じなかった場合に証拠隠滅罪が成立するか否かについては、裁判例は成立しないとしています。
なお、証拠隠滅罪に未遂処罰の規定はありません。
大阪地裁判決(昭和43年3月18日)
裁判官は、
- 偽造・変造・行使という本条の罪における他の行為態様がいずれも既遂形態のみを処罰する趣旨であること、本条の罪による国家の刑事司法作用に対する侵害の危険性は、前条の罪に比してより間接的であり、証拠の隠滅行為がなし遂げられてはじめてその危険性が現実に生ずることに照らし、参考人が逃避の勧めに応じなかった場合には、「隠滅した」とはいえない
として無罪を言い渡しました。
勾引された証人を蔵匿し又は隠避させた場合は、証拠隠滅罪ではなく、犯人隠避罪(刑法103条)が成立する
証人のうち、勾引状の執行を受けて逃走した者は、犯人隠避罪(刑法103条)の客体となるため、勾引された証人を蔵匿し又は隠避させた場合は、証拠隠滅罪(刑法104条)は成立せず、犯人隠避罪(刑法103条)のみが成立します。
「隠滅」行為の具体例
証拠隠滅罪の成立が認められた「隠滅」行為の具体例として以下のものが挙げられます。
1⃣ 毀棄・滅失・焼却の態様
- 詐欺未遂等事件の証拠である借用証書の金額及び宛名部分の毀棄した行為(大審院判決 大正2年2月7日)
- 業務上横領事件の証拠書類を焼却した行為(広島高裁判決 昭和30年6月4日)
- 殺人事件の証拠物である腕章・ズボンを焼却した行為(浦和地裁判決 昭和47年9月27日)
2⃣ 投棄の態様
- 同棲中の男性の覚せい剤取締法違反容疑により自宅で警察官の捜査を受けていた女性が、その男性がたんす内に隠匿所持していた覚せい剤結晶を持ち出し、付近路上に投棄した行為(東京高裁判決 平成元年2月8日)
3⃣ 隠匿の態様
- 詐欺事件の証拠物を隠匿した行為(前掲大判明43・3・25)、警察幹部が、部下の警察官の覚せい剤使用事実を隠蔽するため、覚せい剤と注射器を個人ロッカー内に隠匿した行為(横浜地裁判決 平成12年5月29日)
4⃣ その他の態様
- 詐欺事件の騙取金員を預け入れた当座預金を預け替えた行為(預金を他の口座に移す行為)(東京高裁判決 昭和35年8月9日、東京地裁判決 昭和36年8月9日)
- 暴力団関係者が人を拉致して自動車に乗せ、暴行により瀕死の重傷を負わせて路上に放置したという事件の刑事責任を免れさせるため、その犯行に使用した自動車に付着した指紋、血痕等を洗浄し、拭き取って自動車を隠し、さらに、ナンバープレートを取り外して海中に投棄した行為(神戸地裁判決 平成14年6月28日)