前回の記事の続きです。
刑法105条「親族による犯罪に関する特例」の説明
刑法105条は、
前二条(刑法103条の犯人蔵匿罪・犯人隠避罪、刑法104条の証拠隠滅罪)の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる
と規定します。
「刑を免除することができる」とは?
「刑を免除することができる」とは、有罪となった場合に、刑を科すのを免除することができるということです。
たとえば、証拠隠滅罪を犯して、裁判官から懲役1年の実刑という刑を科せられても、裁判官が刑を免除するという判決をすれば、懲役1年の実刑を受けずにすみます。
刑法105条の法的性質は、犯人又は逃走した者の親族が、犯人又は逃走した者のために行った犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)は、親族がそのような行動にでないことの期待可能性が少ないことから、責任を低減するものであるとするのが通説です。
「犯人又は逃走した者の親族」とは?
刑法105条が適用される行為の主体は「犯人又は逃走した者の親族」です。
「犯人」とは、
刑法103条(犯人蔵匿罪・犯人隠避罪)の「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」及び刑法104条(証拠隠滅罪)の「(刑事事件に関与した)他人」
をいいます。
「逃走した者」とは、
刑法103条の「拘禁中に逃走した者」
をいいます。
「親族」とは、
民法上の親族
をいいます。
日本国籍を有する者については、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族が親族となります(民法725条)。
日本国籍を有しない者については、親族関係は本人の本国法によって定まります(法の適用に関する通則法33条)。
刑法257条1項の適用に関し、親族関係の有無は盗品犯人を基準として決すべきものであり、盗品等に関する罪の犯人が外国人であるときは、親族関係の有無は犯人の本国法により定めるべきであるとの下級審判例(名古屋高裁金沢支部判決 昭和37年9月6日)があります。
刑法105条が適用されるのは、行為者と犯人・逃走者との間に民法上の親族関係がある場合に限られ、内縁関係にある者や雇人は含まれません。
犯人・逃走者の親族でない者が、犯人・逃走者を自己の親族と誤信して犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)を犯した場合には、心情において刑法105条に当たる場合と異ならず、事実の錯誤の一種として刑の免除をなし得るとの学説の見解が多数です。
親族以外の縁戚関係にある者すべてに刑法105条の適用があると誤信していた場合には、法律の錯誤の一種として、刑法105条の適用はありません。
「犯人等の利益のために」とは?
刑法105条が適用されるには、犯人又は逃走した者の「利益のために」、犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)を犯したことを要します。
刑法105条にいう利益については、刑事責任上の利益(刑事訴追・有罪判決・刑の執行等を免れ、あるいは拘禁を免れること)をいうとの学説の見解が多数です。
これに対し、刑法105条は、実質的には、犯人庇護という親族間の心情に配慮した処罰阻却事由であることから、庇護的な心情を欠く場合まで含めるべきではないという学説の見解があります。
親族たる犯人・逃走者に刑事責任・拘禁を免れさせることは、一般的には、犯人・逃走者の利益にかなうといい得ますが、刑事責任等を免れさせる動機・目的が不法あるいは反倫理的な場合(例えば、犯人・逃走者に対する報復・制裁を目的とする場合)には、もはや犯人・逃走者の利益のためとはいい難く、後者の学説の見解が妥当になるといえます。
犯人・逃走者の利益のための意思を欠くときは、刑法105条の適用ない
行為者が親族たる犯人・逃走者の利益のための意思を欠くときは、刑法105条の適用はありません。
親族たる犯人・逃走者の利益のためではなく、専ら犯人・逃走者の共犯者(非親族)の利益のために犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)の罪を犯した場合には、刑法105条の適用はないとする判例(大審院判決 大正8年4月17日)があります。
問題は、行為者が、親族たる犯人・逃走者の利益のためであると同時に、非親族たる共犯者の利益のためにも犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)を犯したときです。
学説は、刑法105条の適用があるとする見解と、適用はないとする見解に分かれています(問題に触れた判例は見当たりません)。
この点、刑法105条が、犯人・逃走者の親族による犯人蔵匿罪・犯人隠避罪(刑法103条)、証拠隠滅罪(刑法104条)を可罰的なものとし、裁量的な刑の免除事由としていることに着目し、親族たる犯人・逃走者の利益を図る意思がある場合には、同時に非親族たる犯人・逃走者の利益にも関係するとの認識を有する場合であっても、刑法105条の適用の対象とした上、その意思内容を裁判所の裁量判断の資料として刑の免除の当否を決するのが妥当であるとする学説があります。