刑法(逮捕・監禁罪)

逮捕・監禁罪(15) ~「脱出の困難性の判断基準」「脱出の困難性を認めて監禁罪の成立を肯定した事例」を説明~

 前回の記事の続きです。

脱出の困難性の判断基準(一般人を基準に客観的に判断される)

 監禁罪(刑法220条)が成立するためには、一定の区域からの被害者の脱出が不可能である必要はなく、それが著しく困難であれば足ります。

 脱出が著しく困難であるかどうかは、

具体的事情の下で一般人を基準に客観的に判断されるべき

とされます。

脱出の困難性を認めて監禁罪の成立を肯定した事例

 脱出の困難性を認めて監禁罪の成立を肯定した事例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和24年12月20日)

 被告人が自己の漁船内でE女(当時18歳)を強姦した後、犯行の発覚を防止するため、同漁船を沖合海上に停泊させ、当日午後10時頃から翌朝午前5時頃までの間、同女を同船内に留め置いた(弁護人は、当時被告人は船内で寝ていたと主張している)という事案です。

 裁判所は、

  • 被告人は海上沖合に停泊中の漁船内に同女を閉じ込めたのであるから、陸上の一区画に閉じ込めた場合と異なり、上陸しようとすれば岸まで泳ぐよりほかに方法はないのみならず、時刻は深夜の事でもあり、しかも当時強姦による恐怖の念がなお継続していたものと認められないことはない本件の場合において、同女が該漁船から脱出することは著しく困難なことであるといわなければならない
  • しかしてかかる場合は猶刑法にいわゆる「不法に人を監禁した」ものと解するのが相当である

と判示し、監禁罪の成立を認めました。

福岡高裁判決(昭和57年6月25日)

 被告人5名を含むN県教職員組合T支部委員、M支部三役など16名で、当日午後5時頃から校長室でI中学校長Sと交渉を始め、翌日午前8時頃、突然校長が校長室から職員室を抜けて校外に退出するまで、校長が校長室に1人でおり、組合員等は隣室等で待機していた一時期を除いてこれを続けたとし、N県教組支部役員がI中学校長を監禁した事案です。

 裁判所は、

  • 以上の全事実関係、とりわけ被告人らその他の組合員らは約16名の多数で突然校長室に押し掛けて、S校長を取り囲み、同校長の単P会長会議の発言につき、これを認めることを迫り、ほとんど一方的に抗議を続け、途中からは20名以上の組合員を校長室の隣の職員室等に動員するまでに至ったこと、被告人らは右抗議の過程でS校長らの右発言の内容を問いただすことよりも、これは既に自明なものとして、同校長の責任を追及することに移ろうとし、その前提として、同校長をして右発言内容を認めさせ、その方法として、発言内容のうち肯定する部分と否定する部分を文書の上に特定させて該文書に署名捺印させること、又は同発言内容について謝罪文を書かせることを目差して、数々の脅迫文言を申し向けてこれを要求していたこと、同校長の椅子の位置から校長室の出入口までは同校長が左右(東西)どちら側に回っても多数の組合員らがほとんどすき間もなく着席し、同人らが進路をあけない限り、力ずくで押しのけるか又は突き飛ばさなければ出入口に到達できない状況にあったこと、被告人らは同校長が右要求に応ずるまでは帰らず、同校長をも帰さない決意であることを示し、これを執拗に繰り返し放言していたこと、同校長は幾度となく被告人らの要求を拒否し、その言動に抗議すると共に退室を要求し、あるいは自ら退出意思を明示しながら、5回にわたり脱出しようとし、同日午後6時45分頃、帰り仕度をして以来、同10時過ぎ頃まで立ったままの状態でいたのであり、これに対し被告人らは、同校長が退出しようとする都度、大声を発し、机を叩き、代わる代わる又は口々に非難攻撃を加えるなどして同校長の意思をくじこうとし、さらに、同校長の退去行動の進路を遮り、同校長が被告人らの身体に少しでも接触すると、暴行だとか、当たったら訴えるなどと申し向けて、同校長を威喝牽制したこと、また、同校長を校長室にひとり残したといわれる午前零時50分頃から同3時30分過ぎ頃の間も、被告人ら組合員は隣の職員室に待機して監視し、ときおり入室しては前同様の要求を繰り返すなどし、この時機における同校長は極度に疲労困憊の状態にあったこと、右の如き状態で同校長は徹宵約15時間にわたり校長室から脱出することができず、一睡の休息も取りえなかったものであることが認められる
  • しかして、これによれば、本件公訴事実たる監禁及び強要未遂の各事実を認めるに十分である

として、監禁罪、強要未遂罪の成立を肯定しました。

福岡地裁小倉支部判決(平成17年9月28日)

 被告人両名が、C女をアパート内の4畳半和室に入室させ、出入り口を南京錠で施錠し、以後、連日のように同室内等で電気コードの針金に装着した金属製クリップで同女の腕等を挟み、同電気コードの差込プラグと家庭用交流電源に差し込んだ延長コードの差込口とを接触させて、同女の身体に通電する暴行を加え、暗に逃走を図れば同様に通電する旨脅迫して、同女が恐怖心の余り同和室から室外に飛び降りて逃走するまでの3か月半余りの間、同女が同アパートから脱出することを著しく困難にして監禁した事案です。

 被告人の弁護人は、

  • C女は、監禁致傷事件の公訴事実の期間中にも、アパートから外出しており、自己の意思で自由に行動できたから、被告人両名が監禁したとはいえない

と主張しました。

 この主張に対し、裁判所は、

  • C女の外出はいずれも被告人Aの指示によるものであること、被告人Bが付き添ったり、携帯電話で頻繁に連絡を取らされて行動を監視されていた上、C女の娘が人質同然に被告人Aの支配下に置かれていたこと、C女は通電責め等により被告人両名に非常な恐怖心を抱いていたことなどから、C女は外出中も被告人両名の支配の下に置かれて行動の自由が奪われていたから、C女は外出時も含め、前記の期間中、前記アパートに監禁されていたとみるべきである

とし、監禁罪の成立を認めました。

東京高裁判決(平成22年9月24日)

 外傷後ストレス障害(PTSD)が刑法上の傷害に該当するとした上で、被告人の監禁行為あるいはその手段等として行われた暴行、脅迫により4名の被害者にPTSDを発症させたとしてそれぞれ監禁致傷罪の成立を認めた事案です。

 裁判所は、

  • 脱出を少なくとも著しく困難にさせる方法として施錠をして閉じ込めるなど、有形的、物理的な障害によるか、被害者の恐怖心や錯誤を利用するなど無形的、心理的な障害によるかを問わないから、後者の方法により被害者をして一定の場所からの脱出が困難な心理状態に陥れ、行動の自由を拘束する場合であっても、その結果、被害者においてこうした拘束からの脱出が困難な程度に達している限り、監禁罪の成立を認めるのが相当である
  • また、このような程度に該当するか否かは、具体的な事情の下で一般人を基準に客観的に判断されるべきであるが、それは当該障害の物理的側面及び心理的側面の両面から総合的に観察されるべきものである
  • そして、終始監視されることなく、行動の自由が限定的に存在し、あるいは物理的に脱出・逃走可能な機会が存在していたからといって、直ちに監禁が否定されることにはならないのであって、そのような事情が存したとしても、脅迫により後難を恐れる余り、一定の場所から脱出できなくさせるなど、心理的拘束により行動の自由が実質的に侵害されている程度に至っている場合には、監禁と評価して差し支えない

と判示し、監禁罪が成立するとしました。

岡山地裁判決(平成23年11月25日)

 裁判所は、

  • 被害者は、浴室内で両手首、両足首をビニール紐で強く縛られており、浴室と脱衣場の段差なども考慮すると、物理的に脱出することに困難さは認められるが、これらの事情のみではその困難さが著しいものであったとまではいえない
  • しかし、被害者は前にも同様の罰を受けたことがあった経緯から、被告人の言いつけに従って浴室から出てはいけないものと思いこんでいたであろうことに加え、被告人の言うことを聞かないとさらに叱責されひどい暴力を加えられるといった恐怖心があったのであるから、その恐怖心等と物理的困難さを併せれば被害者が同所から脱出することは著しく困難であったと認められる

と判示し、監禁罪が成立するとしました。

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