前回の記事の続きです。
本罪の客体(わいせつな文書・図画)
わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)の客体は、
- わいせつな文書(1項前段・2項)
- わいせつな図画(とが)(1項前段・2項)
- 電磁的記録に係る記録媒体、その他のもの(1項前段・2項)
- 電磁的記録、その他の記録(1項後段・2項。ただし、2項は「電磁的記録」のみ)
です。
この記事では、わいせつな文書と図画を説明します。
わいせつな文書の具体例
以下のような文書もわいせつな文書として認定されています。
- 読み仮名付の一見難解な和漢混淆文で、現代口語の解説文と一体となっている文書(東京高裁判決 昭和50年2月6日)
- 英文の書籍(最高裁判決 昭和45年4月7日)
- 本冊自体にはわいせつな部分はないが、本冊において省略されたわいせつ部分等を抜粋収録した別冊参考資料とが一体となっていると認められる文書(最高裁判決 昭和48年4月12日)
なお、本罪における文書は、文書偽造罪(刑法155条、159条)の客体である文書とは異なり、作成名義人(文書の作成者名)の認識可能性の要件は不要です。
わいせつな図画の具体例
わいせつな図画の具体例といして、以下のものがあります。
- 常態においては、僧侶が鬼面を拝した図柄となっており卑猥とはいえないが、鬼面の両耳を接続することにより女性性器が、僧侶の両袖を接続することにより男性性器がそれぞれ形成される手拭(大審院判決 昭和14年6月24日)
- 底部にわいせつな写真を入れ、その上をガラスのレンズで被い、酒等を注入すると右写真の映像が現れる仕組になっている盃(最高裁判決 昭和39年5月29日)
- モーテル用ビデオテープ(最高裁決定 昭和54年11月19日)
- わいせつ部分を黒く塗りつぶして修正の上印刷・掲載した写真を随所に多数含んだ写真誌(最高裁判決 昭和58年3月8日)
- わいせつと目される部分を黒色油性マジックインクで塗りつぶしているが、シンナーなどの薬品により表面に塗付されたマジックインクを除去し、かなり鮮明な程度にまで容易に復元できる写真誌(東京高裁判決 昭和49年9月13日)
- わいせつな部分が女性自らの手で覆われ、又は四角、円などの黒印によって写真技術上隠蔽されている写真誌・組写真(東京高裁判決 昭和54年12月3日)
- ビニール本(東京高裁判決 昭和57年6月29日)
- チャイルドポルノ写真誌(東京高裁判決 昭和56年12月17日)
- わいせつな写真(東京高裁判決 昭和26年11月27日)
- 印画紙に焼き付ける印画たる写真等(東京高裁判決 昭和26年12月26日)
- わいせつ場面を描いた図画(東京高裁判決 昭和32年11月6日)
- 未現像フィルム(名古屋高裁判決 昭和41年3月10日、大阪高裁判決 昭和44年3月8日では「わいせつの図画、その他の物」に該当するとしている)
- 鬼面と僧侶が描かれ、中央部を折合わせると男女性器が現れるハンカチ、及び浮世絵に模した女性が描かれている二種のマッチで、それを組合せると男女性器が現れるもの(札幌高裁判決 昭和44年12月23日)
また、漫画本がわいせつな図画として認めらた以下の裁判例があります。
東京地裁判決(平成16年1月13日)
裁判所は、
- 短編8作品で構成され、すべての短編の中で、性交、性戯場面が露骨で詳細かつ具体的に描かれていること
- 内容の大半が性器ないし性交、性戯場面の描写に費やされていること
- デフォルメ(変形描写)が施されているが、その程度は弱く、修正を施したことによる性的刺激の緩和はほとんど認められないこと
- 政治的言論はもとより、芸術的・思想的価値のある意思の表明という要素はほとんど存在せず、その芸術性や思想性等によって性的刺激を緩和する要素を含むものではないこと
- 物語性があることによって、性的刺激を高める機能を果たしていること
等の事情を総合すれば、
と判示し、漫画本をわいせつな図画と認定しました。
この判決の結論は、控訴審(東京高裁判決 平成17年6月16日)、上告審(最高裁決定 平成19年6月14日)でも支持されました。
なお、本罪における図画についても、文書と同様、作成名義人(文書の作成者名)の認識可能性の要件は不要です。