前回の記事の続きです。
わいせつな物の「頒布」とは?
わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)の行為の内容は、
- わいせつ物・電磁的記録に係る記録媒体その他の物の頒布又はこれらの公然陳列(1項前段)
- 電気通信の送信によるわいせつな電磁的記録その他の記録の頒布(1項後段)
- 有償頒布目的でのわいせつ物の所持・電磁的記録の保管(2項)
です。
この記事では、①に関し、
- わいせつな物の「頒布」
を説明します。
1⃣ わいせつな物の「頒布」とは、
有償又は無償で、不特定又は多数の者に対して、対象となる物を交付すること
を意味します。
所有権移転の有無を問いません。
「不特定又は多数」の意味は、不特定かつ多数という意味ではなく、
- 不特定かつ少数の場合
及び
- 特定かつ多数の場合
も頒布に該当するという意味です。
この点に関する以下の判例があります。
なお、平成23年の刑法改正以前は、刑法175条は、有用譲渡を「販売」といい、無償の交付・譲渡を「頒布」と規定していたため、以下の判例では「頒布」ではなく「販売」という言葉が用いられています。
裁判所は、
- 刑法175条にいう販売(現行法:頒布)とは特定または多数の人に対する有償譲渡(現行法:頒布)をいう
と判示しました。
大審院判決(大正15年3月5日)
県人会会長の同会会員3名に対するわいせつな物の配布した事案です。
裁判所は、
- 「配布を受くべき人が特定せられずして当然若しくは成行上、不特定多数の人に配布せられるべきもの」であるから「不特定」に該当し
と判示しました。
東京高裁判決(昭和33年3月31日)
故A三郎顕彰会復刻「相対会研究報告」と題する文書(わいせつな文書)を「故A三郎研究報告第一組合組合員」の会員約290名に対して配布した事案です。
裁判所は、
- 「会員組識というもその資格選考たるやまったく形式的であり、その範囲(中略)きわめて広く、ほとんど無制限に来る者は拒ばぬやり方であって、これを特定の者に配付する目的に出でたものとは、とうてい認むべくもない」から「不特定」に該当し
と判示しました。
わいせつな文書たる機関紙を組織会員に配布した事案です。
裁判所は、
- 入会申込書に基づき被告人が適格と認めた成年に会員が限定され会員に配布される機関誌等の他人への販売・頒布が禁じられていた「日本生活心理学会」の会員延90名に対する配布は、「販売の概念要素のひとつである多数人に対する配布に当たる」
としました。
不特定又は多数の人を相手方とする目的(反覆の意思)を有している限り、1 人に対する1回のみの譲渡・交付行為も頒布に当たる
不特定又は多数の人を相手方とする目的(反覆の意思)を有している限り、1人に対する1回のみの譲渡・交付行為も頒布に当たります。
この点に関する以下の判例・裁判例があります。
大審院判決(大正6年5月19日)
裁判所は、
- 不定多数に対して有償的譲渡を為す目的に出つる以上は、単に一人に対し1個の有償的譲渡行為を為したる場合といえども、刑法第175条にいわゆる販売(現行法:頒布)というを妨げず
と判示しました。
わいせつ図画販売目的所持罪(現行法:わいせつ図画有償頒布目的所持罪、刑法175条2項)の成立を認めた事案です。
裁判所は、
- 原判決は、第一審判決挙示の諸証拠を総合すれば、被告人がAただ一人のみでなく、他の不特定人に対し販売する目的を有していたものであることは容易に看取することができる旨判示していること判文上明白であるから、原判決には所論引用の判例に違反するところもない。
と判示しました。
東京高裁判決(昭和62年3月16日)
わいせつのビデオテープを顧客1名に売り渡した事案について、わいせつ図画販売罪(現行法:わいせつ図画頒布罪)が成立するとした判決です。
裁判所は、
- 論旨(※弁護人の主張)は、刑法175条にいう販売とは、不特定又は多数の人に対する有償譲渡をいうところ、被告人が販売した相手先はAただ一人である上、同人は以前から甲田店の顧客であり、被告人はAから頼まれて、ビデオテープを販売したものであって、原判決は、刑法175条所定の販売の解釈を誤って適用したものである
旨主張する
- しかしながら、刑法175条にいう販売の意義は所論のとおりであるが、原判決挙示の関係証拠によれば、右Aが前記店の不特定の客の一人であること、被告人は、本件以外にも、同人に対し、あるいは他の者に対しわいせつビデオテープを売り渡して利益をあげており、本件起訴にかかる売渡しもその一環であることが認められ、これがわいせつ図画の販売にあたることは明白であって、被告人の本件所為について、同条を適用した原判決の法令の解釈適用に誤りがあるとは認められない
と判示しました。
わいせつな物の「頒布」に当たらない場合
「特定人からその持参したわいせつ写真の複製を依頼されてこれを複製し依頼者に複製写真を交付したのみで、右複製写真を依頼者以外の第三者には交付する意思のなかった場合」は、有償で複製しても「不特定又は多数」に該当しないから「販売」とはならないとした裁判例があります(札幌高裁判決 昭和35年1月12日)。
この理は「頒布」にも当てはまるとされます。
わいせつ物等頒布罪の成立時期
本罪(わいせつ文書頒布罪、わいせつ図画頒布罪、わいせつ物頒布罪、刑法175条1項前段)の成立時期について、
わいせつ物等頒布罪が成立するためには現実的な交付ないし引渡しを必要とし、郵送の場合には発送は実行の着手にすぎず、到着して既遂になる
という考え方が採られます(通説・判例)。
この点に関する以下の判決があります。
大審院判決(昭和11年1月31日)
裁判所は、
- 物件を単に郵便物として差し出したるをもって足れりとせず
- これを不定多数人に配布したることによりて成立するものとす
と判示しました。
なお、学説では、この通説・判例の既遂時期の考え方に対し、間接正犯理論との関係で、
「郵便による頒布・販売は間接正犯であり、郵便機関に受けつけられた時に頒布・販売行為は完了したとみるべきであるが、単純行為犯ではなく、少なくとも現に交付・譲渡を受けた者がなければならないという意味で、一種の結果犯とみる趣旨であろうか」
との疑問が提起されています。
一般に、間接正犯の既遂時期は、構成要件が充足されたときであると解されているから、結局、どの様な状態に至った時点で頒布したものといい得るかという問題になります。
この点、公職選挙法142条1項の「頒布」について見てみると、その既遂時期について、
- 「電報を、選挙人54名に発信到達せしめた所為」(最高裁決定 昭和36年12月21日)
- 「打電方を依頼し、係員によって作成、配達せられた電報」(東京高裁判決 昭和37年10月15日)
としており、単に電報を依頼した時点で頒布があったとは解しておらず、「到達」ないし「配達」を要するものとしています。
これら公職選挙法に関する判例・裁判例の頒布の概念からして、本罪においても、頒布罪の既遂時期は、当該文書等を閲覧し得る状態に至ったときをいうものと解すべきとされます。