前回の記事の続きです。
わいせつ物等の有償頒布が成立するには、国内において有償頒布する目的がある場合に限られる
わいせつ物頒布等の罪は、刑法175条2項で、わいせつ物等の有償頒布に関し、
- わいせつ文書有償頒布目的所持罪
- わいせつ図画有償頒布目的所持罪
- わいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪
- わいせつ物有償頒布目的所持罪
- わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪
を規定します。
この記事では、有償頒布の罪が成立するには、
- 国内において有償頒布する目的に限られるか?
- 国外において有償頒布する目的も含まれるか?
について説明します。
結論は、
刑法175条後段にいう「販売の目的」とは、わいせつの図画等を日本国内で販売する目的をいい、日本国外で販売する目的を含まない
となります。
この点を判示したのが以下の判例です。
押収を免れたわいせつカラー写真雑誌の写真原版をアメリカで販売しようと企てた者Aが、アメリカ商社員Bにアメリカでの販売を依頼してその写真原版を預けたところ発覚し、首謀者であるAはわいせつ文書販売罪等(現行法:わいせつ文書頒布罪)で、商社員Bはわいせつ物販売目的所持罪(現行法:わいせつ文書有償頒布目的所持罪)でそれぞれ起訴された事案で、第一審判決、控訴審判決ともA、Bを有罪としましたが、最高裁では、以下の理由に商社員Bにつき無罪を言い渡した事例です。
最高裁は、
- わが国における健全な性風俗を維持するため、日本国内においてわいせつの文書図画などが頒布、販売され、又は公然と陳列されることを禁じようとする趣旨に出たものであるから(中略)、「販売の目的」とは日本国内において販売する目的をいうものであり、したがって、わいせつの図画等を日本国内で所持していても日本国外で販売する目的であったにすぎない場合には刑法175条後段の罪は成立しない
として商社員Bに関する部分を破棄して無罪を言い渡しました。
なお、この判決に対しては、学説において、以下のような批判的意見があります。
- 偽造の日本銀行券を外国で行使する目的で日本国内において所持した事例について偽造通貨行使罪が成立するとした判例(大審院判決 明治42年5月21日)と矛盾するのではないか
- 国外犯規定は一種の処罰条件とみられるから、刑法175条後段の解釈として、販売目的を国内で販売する目的に限定して解釈することはできない
- 国外犯処罰規定は構成要件を定めるのとは別個の独自の政策的配慮によって定められているのであって、行為の違法性、当罰性と即応しているわけではなく、構成要件要素ではなく単なる処罰条件の一種と見るべきであるから国外犯規定がないことは販売目的所持の目的を国内における販売に限定する理由とはならないし、刑法175条の文理上も国外での販売を除外するとの限定的解釈をすべき根拠はなく、保護法益の面から見ても、日本国の社会へのわいせつ物の流出の抽象的危険があるから可罰性は存する
一方で、この判決の解釈を支持する以下のような意見もあります。
- 刑法175条の前段が国内における販売等の行為のみを禁じていることから、同法後段の販売目的も日本国内における販売目的に限定されるものと解することが文理上自然であり、わいせつ物の単なる所持が処罰されないことから、販売の目的は単なる可罰性の加重要素ではなく可罰性を基礎付ける要素とみるべきであるが、国外販売の目的は可罰性を基礎付ける要素としては十分ではないし、わいせつ物を国外で販売しても処罰されないのにその前段階の国外販売目的所持が処罰されるのは不合理であり、法益侵害の危険性について格段の差があるので限定的に解すべきである
- 本判決の結論は支持されるべきであり、国外における販売目的での所持と国内での販売目的所持とでは可罰的違法性の程度が異なると見ることも十分可能であり、国内犯の構成要件の成立範囲を法益論によって実質的に限定したものであって、国外犯不処罰規定がその根拠とされているというべきである