前回の記事の続きです。
本罪の主体(犯人)
単純逃走罪(刑法97条)の主体は、「法令により拘禁された者」です。
「法令により拘禁された者」とは、「法令の根拠に基づいて身体の自由を拘束された者」をいい、これに該当する者は、本罪の主体になります。
例えば、
- 逮捕状により逮捕された者
- 現行犯逮捕された者
- 緊急逮捕された者であって、逮捕状が発付される前の者
- 勾引状、勾留状、収容状の執行を受けた者
- 逮捕又は勾留されて警察の留置施設(刑事施設収用施設法14条)に留置されている被疑者
- 少年が逮捕された後、少年法43条により勾留に代わる措置として監護措置に付されて少年鑑別所に送致された少年被疑者
- 少年で逮捕・勾留されたまま家庭裁判所送致となり、少年鑑別所に付されていた少年被疑者が、少年法45条4号により、検察官送致され、勾留と見なされている少年被疑者
- 保護処分の執行により少年院に収容された少年
- 鑑定留置に付されて病院で留置中の被疑者・被告人(仙台地裁判決 昭和32年12月10日)
- 起訴されて警察の留置施設や刑事施設(刑務所又は拘置所、同法3条)に勾留されている被告人
- 実刑が確定して刑の執行が行われ、刑事施設で服役している受刑者
- 罰金又は科料が納められずに刑事施設に付置される労役場(同法287条)で労役場留置されている者
- 検察官の取調べのため、検察庁に向けて留置施設職員に護送されている被疑者
- 裁判に出廷するため、裁判所に向けて刑事施設職員に護送されている被告人
- 診療のため(同法201条2項)、病院に向けて留置施設職員に護送されている被疑者
- 他の留置施設や刑事施設に移送するため、留置施設職員等に護送されている被疑者・被告人・受刑者
- 逃亡犯人引渡法5条の拘禁又は同法24条の仮拘禁に付された者
- 出入国管理及び難民認定法40条に規定する収容令書又は同法51条に規定する退去強制令書により収容された者
が単純逃走罪の主体に該当します。
以下は補足説明になります。
「①現行犯逮捕された者」について
「①現行犯逮捕にされた者」に関する裁判例として、以下のものがあります。
広島高裁岡山支部判決(昭和29年7月8日)
裁判所は、
- たとえAが客観的には現行犯人でなかったとしても、右BらはAを現行犯人と判断して逮捕したのであり、かつAを現行犯人と判断したことが前説示の如く社会通念上許容せらるべきものと認められるからCに対する現行犯人としての逮捕は適法であってCは法令によって拘禁されたものに当たり、 Cを奪取した被告人の所為をもって被拘禁者奪取罪に問擬(もんぎ)した原判決は正当
と判示しました。
「⑧保護処分の執行により少年院に収容された少年」について
「⑧保護処分の執行により少年院に収容された少年」に関する裁判例として、以下のものがあります。
福岡高裁宮崎支部判決(昭和30年6月24日)
逃走援助罪(刑法100条)の事案です。
裁判所は、
- 元来、刑法第100条は司法に関する国権の作用を妨害するものを処罰する趣旨の規定であるところ、少年院に保護処分として送致収容された者が逃走したときは、よしんば逮捕等の言葉を使用せず所論のように、少年院法第14条に連れ戻し得る旨の規定があるとしても、なお、その収容は、前説示するように、実質的には、司法に関する国権の作用による強制的収容であるから、その収容者は、刑法第100条に、いわゆる法令により拘禁された者で、本罪の対象たり得るものと解するのが相当である
と判示して、少年院に収容された者も法令により拘禁された者に当たるとしました。
少年院は教育を目的とした施設ですが、法の強制力をもって少年を一定期間収容する施設であり、収容中の少年が逃走した場合は、連戻しができること(少年院法89条)からすれば少年院に収容された少年については、被拘禁者奪取罪(刑法99条)にいう「法令により拘禁された者」に当たると解するのが相当とされます。
「⑰逃亡犯人引渡法5条の拘禁又は同法24条の仮拘禁に付された者」について
逃亡犯人引渡法5条の拘禁又は同法24条の仮拘禁は、逃亡犯罪人の身柄を拘束するための措置で、逃亡犯罪人を監獄に送致して拘束するものであり、同法の拘禁又は仮拘禁に付された者は被拘禁者奪取罪の「法令により拘禁された者」に当たるとするのが通説となっています。
「⑱出入国管理及び難民認定法40条に規定する収容令書又は同法51条に規定する退去強制令書により収容された者」について
出入国管理及び難民認定法40条に規定する収容令書又は同法51条に規定する退去強制令書による収容は、退去強制事由があると疑うに足りる相当な理由があるときに、収容令書によって入国者収容所等に外国人を収容して身柄を拘束するものなので、被拘禁者奪取罪の「法令により拘禁された者」に当たるとするのが通説となっています。
「法令により拘禁された者」に含めることに議論があるもの
以下のものについては「法令により拘禁された者」に含めることに議論があります。
少年法17条1項2号により少年鑑別所に収容された少年
少年法17条1項2号により、家庭裁判所の調査、審判のため少年鑑別所に収容された少年は、被拘禁者奪取罪にいう「法令により拘禁された者」に当たるかが問題となり、これを肯定する見解と、否定する見解があります。
少年鑑別所送致(少年が犯罪を犯した疑いがあり、家庭裁判所が少年の資質や背景を鑑別するために、少年鑑別所に収容する措置のこと)は、少年の心身の鑑別とともにその身柄の確保を目的とするものであり、少年院等に仮収容することができること(少年法17条の4)等からすれば家庭裁判所の審判のため少年鑑別所に収容された少年については「法令により拘禁された者」に当たると解するのが相当とする見解があります。
児童福祉法44条の児童自立支援施設に入院している者
児童福祉法44条の児童自立支援施設に入院している者が「法令により拘禁された者」に当たるかについては、これを肯定する見解と、否定する見解に分かれていますが、否定する見解が通説となっています。
児童福祉法44条の児童自立支援施設は、児童を入所させ、又は保護者の下から通わせて、必要な指導を行い、その自立を支援することを目的とする施設であり、「法令により拘禁された者」に当たるとするのは困難と考えられています。
ただし、児童福祉法27条の2、少年法6条の7第2項、少年法18条2項に基づき、行動の自由を制限し、又はその自由を奪うような強制的措置に付された場合については、積極に解し得る余地もあるという見解もあります。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律29条の措置入院又は同法34条の仮入院に付された者
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律29条の措置入院又は同法34条の仮入院に付された者について、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の措置入院又は仮入院については、これらは入院を強制するものですが、あくまでも医療及び保護のため入院させるものであることなどの、同法の趣旨や強制的要素の程度からして、これを被拘禁者奪取罪の「法令により拘禁された者」に含めるのは困難とされます。
心神喪失者等医療観察法に基づく強制入院中の者
心神喪失者等医療観察法に基づく強制入院(同法42条1項1号)中の者については、強制入院中の医療が重大な他害行為を行った者に対するものであり、再犯の危険性が強制医療の要件とされていることから、被拘禁者奪取罪の客体に含めると解することができると解されています。
警察官職務執行法3条により保護された者
警察官職務執行法3条により保護された者については、これを被拘禁者奪取罪の「法令により拘禁された者」に含まれるとする見解と、これを否定する見解に分かれています。
否定する見解は、警察官職務執行法3条の保護は、泥酔者等応急の救護を要する者を警察官が一時的に救護のため警察署等適当な場所において保護するものであり、その趣旨や強制的要素の程度からして、同法3条により保護された者については、消極に解すべきとします。
肯定する見解は、その理由として、同法3条による保護は、裁判官の許可を要する点から拘禁を許す趣旨と解され、許可状発給前までの24時間も緊急状態であるから「法律の定める手続」に反するとはいえないことを挙げています。
また、24時間を超えない範囲において行われる保護は、元来法令による強制的拘束とはいえないが、裁判官の許可状により行われる場合は被拘禁者奪取罪の客体となるとする見解もあります。