刑法(逃走の罪)

加重逃走罪(7)~「加重逃走罪における共同正犯(共犯)の考え方」を説明

 前回の記事の続きです。

加重逃走罪における共同正犯(共犯)の考え方

加重逃走罪(刑法98条)における共同正犯(共犯)の考え方を説明します。

ともに逃走した者に対する共同正犯(共犯)の考え方

 加重逃走罪の身分を有する2人以上の者が、通謀の上ともに逃走した場合は、加重逃走罪(通謀逃走)が成立します。

 そして、加重逃走罪(通謀逃走)は、必要的共犯(犯罪成立要件上、2人以上の共同行為が不可欠とされ、単独行為では成立しない犯罪)であるので、ともに逃走した者相互間においては、刑法60条の共犯規定の適用はありません。

 加重逃走罪は、2人以上の者が、通謀の上ともに逃走するという要件が構成要件に組み込まれているので、刑法60条の共犯規定を適用する必要がないということです。

 刑法60条は任意的共犯規定であり、構成要件で犯罪の成立要件に共犯が定められている必要的共犯の罪には、刑法60条は適用しないという考え方になります。

 したがって、ともに逃走した者については、加重逃走罪を適用すれば足り、更に刑法刑法60条を適用する余地はありません。

ともに逃走を実行した者以外の者に対する共同正犯(共犯)、教唆犯、幇助犯の成否

 ともに逃走を実行した者以外の者刑法60条の共犯規定を適用して、加重逃走罪(通謀逃走)の共同正犯教唆犯幇助犯の成立を認める余地があるかが問題になります。

 例えば、

  1. 加重逃走罪の主体となる被拘禁者が2人以上通謀して逃走した場合において、これに外部の者が加功した場合
  2. 加重逃走罪の主体となる被拘禁者3人が通謀の上、 2人は逃走したが、1人は逃走行為に着手しなかった場合

につき、刑法60条の共犯規定を適用して共同正犯、教唆犯、幇助犯の成立を認める余地があるかという問題です。

 この点、以下のような学説の見解があります。

共同正犯、教唆犯、幇助犯が成立するとする見解

 共同正犯、教唆犯、幇助犯が成立するとする見解として、加重逃走罪(通謀逃走)については、その規定の形式や趣旨からして、ともに逃走した者相互間においては刑法60条の共犯規定を適用する余地はないとしても、ともに逃走した者以外の者については、なお刑法60条の任意的共犯規定を適用し得ると解するので、加重逃走罪(通謀逃走)に加功した外部の者に対し、

  • 教唆犯や幇助犯の成立を認めることもできる(もっとも、この場合、通常、刑法100条の逃走援助罪の成立が認められる)
  • 共謀共同正犯を認めることができる
  • 共同正犯に刑法65条1項の適用を認めるときは、集団の外にいて実行行為をしなかった共謀者につき、刑法60条の共同正犯の規定を適用して、共同正犯(共謀共同正犯)の成立を認めることができる

とする見解があります。

共同正犯、幇助犯が成立するとする見解

 共同正犯、幇助犯が成立するとする見解として、

  • 加重逃走罪が必要的共犯であるというのは、被拘禁者2人以上の者が通謀し、かつ2人以上が逃走行為に着手しなければならないという意味と限度においてのみであって、それ以上に被拘禁者相互間はもちろん外部の者との関係で刑法60条の共犯規定の適用を排除してしまうほどのものではなく、被拘禁者に対する外部の者の共謀共同正犯や教唆犯の成立は認められ、幇助犯も逃走援助罪が成立する場合は別として成立が認められるのであり、また、通謀者のうち二人以上に逃走行為の着手があれば、刑法60条により残りの全員についても着手があったことになるのであって、うち一人が既遂に達すれば全員が既遂の責めを負う

とする見解があります。

共同正犯は成立しないとする見解

 共同正犯は成立しないとする見解として、

  • 加重逃走罪は必要的共犯なので、刑法60条の共犯規定の適用はないとする見解
  • ②の場合につき、逃走行為に着手しなかった者については逃走援助罪(刑法100条)が成立するとの見解
  • 特に共同正犯につき、逃走罪は自手犯であり、加重逃走罪(通謀逃走)に刑法60条を適用する余地がないとする見解

があります。

拘禁場等の損壊、暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の共同正犯の成否

 加重逃走罪(通謀逃走)とは別に、拘禁場等の損壊、暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の共同正犯が認められるかという問題があり、学説では以下のような見解があります。

共同正犯が成立するとする見解

 共同正犯が成立するとする見解として、

  • 通謀による逃走は、単なる逃走の共同実行ではないから、逃走の共同正犯はすべて通謀による逃走としての加重逃走罪(通謀逃走)を基礎づけるわけではないとして、損壊による逃走の共同正犯は、独立して成立し得るとする見解
  • 通謀逃走を除く加重逃走罪は必要的共犯ではなく、刑法60条の共犯規定の適用を排除しないと解せられ、また、逃走罪の共同正犯がすべて加重逃走罪(通謀逃走)でまかない得るものでもないと解されることからすれば、加重逃走罪(通謀逃走)とは別に損壊等による加重逃走罪の共同正犯を認めることができるとする見解

があります。

共同正犯は成立しないとする見解

 共同正犯は成立しないとする見解として、

  • 逃走罪の共同正犯はすべて加重逃走罪(通謀逃走)でまかなうのが加重逃走罪の趣旨と解し、拘禁場等の損壊、暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪の共同正犯は成立しないとする見解

があります。

拘禁場等の損壊、暴行・脅迫を手段とする加重逃走罪で、加重逃走罪の主体となる被拘禁者1名と外部の者1名が共謀して、損壊等の行為を行って逃走した場合の共同正犯の成否

 加重逃走罪の主体となる被拘禁者1名と外部の者1名が共謀して、損壊等の行為を行って逃走した場合、損壊等による加重逃走の共同正犯が認められるかという問題があります。

 特に逃走援助罪(刑法100条)が逃走に関する共犯形式の相当部分を含んでいることから問題となります。

 結論として、逃走援助罪が存在するからといって、これに規定された以外の加功を特に認めない趣旨とは解することができないとされます。

 したがって、損壊等による加重逃走の共同正犯が成立し得ると解されています。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

名古屋地裁判決(平成10年6月18日)

 窃盗被告事件の被告人として代用監獄である警察署留置場に勾留されていたAと、その妻Bが、通謀してAの逃走を企て、Bにおいて催涙スプレー、逃走用のレンタカーを準備した上、同警察署取調室における警察官Xによる甲の余罪取調べの際、同室に赴き、Xに対し催涙スプレーを噴射し、XがひるんだすきにA、B両名で同室から脱出して逃走した(Aにおいて暴行・脅迫等は行っていない)という事案で、Aに対して加重逃走罪の共同正犯の成立を認めました。

 Bに対しては、被拘禁者奪取罪(刑法99条)が成立し、加重逃走罪の共同正犯は、被拘禁者奪取罪と法条競合になって成立しないとしました。

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