刑法(偽証の罪)

偽証罪(12)~「偽証教唆罪」を説明

 前回の記事の続きです。

偽証教唆罪

 教唆犯とは、

人をそそのかして犯罪を実行させた者

をいいます(刑法61条1項)(詳しくは前の記事参照)。

 判例は、偽証罪(刑法169条)においても教唆犯(偽証教唆罪)の成立を認めています。

大審院判決(明治42年8月10日)

 偽証教唆が弁護権の行使の範囲内のものではないかが問題とされた事例です。

 裁判所は、

  • 自己の犯罪を免がるる目的に出でたりとするも、苟も人を教唆して他の罪を犯さしむるにおいては、その所為たる畢竟、自己の弁護権の範囲を超越したる行動に属するをもってこれを目して弁護権の行使と為すことを得ず
  • 従って、その教唆の所為につき刑罰の責任を負わざるべからざることまた疑を容れざる所なりとす

と判示し、弁護権の範囲を超え、偽証教唆罪が成立するとしました。

偽証罪教唆罪と証拠隠滅罪との関係

 偽証教唆罪と証拠隠滅罪刑法104条)との関係について、偽証教唆罪は証拠隠滅罪とは別の罪であり、証人に偽証することを教唆した行為が証拠隠滅罪に該当するとしても、偽証教唆罪が成立します(偽証教唆罪は証拠隠滅罪に吸収されない)。

 裁判所は

  • 証拠隠滅の罪につき、いわゆる証拠の偽造とは、証拠自体の偽造を指称し、証人の偽証を包含せざることもちろんなり
  • 故に被告人において自己に対する刑事被告事件に関し、法律により宣誓したる証人をして虚偽の陳述をなさしめたりとするも、自己の刑事被告事件に関する証拠自体を偽造したりということを得ざるをもって証拠隠滅の罪との対照上これを罪とならざる行為なりということを得ず

と判示し、証拠隠滅行為は、証人に偽証させることを包含しないとしました。

偽証教唆罪の成否と期待可能性の関係

 学説では、偽証教唆罪は成立しないと唱える説があり、その理由として、

  • 刑事被告人が自己の事件につき偽証しても罪にならないのであるから、この教唆の場合は、単に他人の行為を利用して自ら虚偽の陳述をなすものに過ぎずこれを罰すべき理由がない
  • 刑事被告人が自己の事件につき偽証しても罪にならないのは、期待可能性がないからであり、偽証の教唆の場合も期待可能性がないのは同様である

という理由が挙げられています。

 判例は、期待可能性を欠くため偽証教唆罪は成立しないとする主張を否定し、偽証教唆罪の成立を認めています。

大審院判決(昭和11年11月21日)

 裁判所は、

  • これの如き責任阻却の事由は、被告人単独して虚偽の陳述を為す場合にのみ認めらるべきものにして、他人を教唆して虚偽の陳述を為さしむため偽証教唆の如き場合にまで拡張せらるべきものに非ず
  • 蓋し、被告人の教唆によりて偽証を為したる他人専ら刑せられ、これを教唆したる被告人独り免るるが如きは、国民道義の観念上許さるべきものに非ざればなり

と判示し、期待可能性を欠くのは、被告人が単独で虚偽の陳述をする場合に限られ、偽証した者を罰し、教唆した被告人を不可罰とするのは、国民道義の観念上許されないと述べ、偽証教唆罪の成立を認めました。

最高裁決定(昭和28年10月19日)

 裁判所は、

  • 刑法104条の証拠の偽造というのは、証拠自体の偽造を指称し、証人の偽造を含まないと解すべきであるから、自己の被告事件について他人を教唆して偽証させた場合に右規定の趣旨から当然に偽証教唆の責を免れるものと解することはできない

と判示し、偽証教唆罪が成立するとしました。

仙台高裁判決(昭和35年5月17日)

 裁判所は、期待可能性論について、

  • 被告人が自己の刑事被告事件につき虚偽の陳述をしても犯罪とならないのは、被告人という身分に鑑み真実を陳述することを期待することが不可能であるから、責任阻却事由あるものとして不問に付するにするにすぎず、従ってかかる期待不可能による一身的責任阻却事由はただ被告人が単独で虚偽の陳述をする場合にのみ肯認されるのであって、他人を教唆して虚偽の陳述をさせる偽証教唆の場合にまで右の理論を拡張することは許されない

として、偽証教唆罪の成立を認めました。

偽証教唆罪の成否と黙秘権の関係

 被告人に黙秘権憲法38条1項)があるからといって、偽証教唆罪が成立しないということにはなりません。

 この点を判示した以下の判例があります。

最高裁決定(昭和27年2月14日)最高裁判決(昭和32年4月30日)

 裁判所は、

  • 被告人自身に黙秘権があるからといって、他人に虚偽の陳述をするよう教唆したときは偽証教唆の責を免れないことはいうまでもない

と判示しました。

最高裁判決(昭和33年10月24日)

 弁護人が、

  • 被告人のする偽証教唆を処罰することは、供述の強要を禁止する憲法38条1項の精神に違反し、これをしないことを期待できないのに処罰するのは刑法61条1項(教唆)、169条(偽証)の解釈を誤り、罪とならない行為を有罪とした違法がある

と主張したのに対し、裁判所は、

  • 憲法38条1項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであって、被告人、自身に黙秘権があるからといって、他人に虚偽の陳述をするよう教唆するときは偽証教唆罪の成立を免れないこと当裁判所屡次の判例である
  • されば所論は採るを得ない

と判示し、偽証教唆罪が成立するとしました。

偽証教唆罪の成否が争点になった判例

 上記のほか、偽証教唆罪の成否が争点になった判例として以下のものがあります。

① 教唆者は、宣誓能力を欠くものでもよいとした判例があります。

大審院判決(明治42年12月13日)

 裁判所は、

  • 苟も他人を教唆して偽証罪を実行せしめたる以上は、たとえ偽証せられたる本案被告事件につき法律上証人として宣誓する能力を有せざるも、これを同罪の教唆者として処罰することを妨げす

と判示しました。

② 自ら証人となる資格がなくとも偽証教唆の罪責を免れないとした判例があります。

大審院判決(大正6年7月9日)

 裁判所は、

  • 犯人が自己に対する刑事被告事件につき証人として呼出を受けたる者を教唆し、宣誓の上虚偽の陳述を為さしめたる以上、偽証教唆罪は完全に成立するものなれば、同事件については自ら証人たるべき資格なく、また同事件につきその罪を免れんため犯したるの故をもって偽証教唆の罪責を免るるを得ざるものとす

と判示しました。

③ 教唆行為の当時、被教唆者が証人として証言できる地位にあったかどうかも教唆犯の成立に影響がないとした判例があります。

大審院判決(大正2年10月3日)

 裁判所は、

  • 他人に対し偽証罪を犯さんことを教唆したる結果、その他人が現に偽証罪を犯すに至りたるときは、偽証教唆罪をもって論ずべきものにして、教唆の当時その他人が証人として証言を為し得べき地位に在りしや否やを区別することを要せず

と判示しました。

④ 被教唆者がすでに裁判所から召喚を受けたものであることも必要としないとした判例があります。

大審院判決(昭和7年6月13日)

 裁判所は、

  • 被告人が他人を教唆して自己に利益なる虚偽の証言を為さしむるは、被告人の弁護権の範囲を逸脱す
  • 偽証教唆罪の成立するには、その被教唆者が既に証人として裁判所より召喚を受けたる者なることを要せず

と判示しました。

⑤ 大審院判決(昭和17年12月24日)は、教唆者において、証人が宣誓を命ぜられることを予想していたか否かは問うところではなく、偽証教唆罪の成立を妨げないとしました。

⑥ 証人として呼出しを受けた者に対して虚偽の供述をなすべき旨を嘱託したる以上、証人資格の欠缺を隠し宣誓すべきことを教示しなくとも、証人が現に宣誓の上虚偽の供述をなせば直ちに偽証教唆罪が成立するとした判例があります。

大審院判決(大正8年12月19日)

 裁判所は、

  • 苟も証人として呼出を受けたる者に対して虚偽の供述を為すべき旨を嘱託したる以上は、ことさらに証人資格の欠陥を隠秘して宣誓を為すべきことを教示せざるも、証人が嘱託に応じて現に宣誓の上、虚偽の供述を為したるときは直ちに偽証罪を構成すべく、右偽証の教唆罪も同時に成立するものとす

と判示しました。

⑦ 虚偽の認識につき、主観説に立つ以上、教唆者が被教唆者たる証人の記憶に反する陳述をさせることを知っておれば足り、それが客観的真実であると確信していたかどうかはその罪責に影響を及ぼさないとした判例があります。

大審院判決(大正3年4月29日)

 裁判所は、

  • 偽証罪は、証言の不実なることを要件とするものに非ざるをもって証言の内容たる事実が真実に一致し、若しくは少なくともその不実なることを認むる能わざる場合といえども、苟も証人がことさらにその記憶に反したる陳述を為すにおいては、偽証罪を構成するものとす
  • 偽証教唆の犯罪を構成するには、教唆者において証人の供述がその記憶に反する事実を知りたるをもって足り、その真実なることを確認せると否とはその罪責に影響を及ぼすべきものに非ず

と判示しました。

大審院判決(昭和7年3月10日)

 裁判所は、

  • 実在の事実に関し、その事実を見聞せざる他人に対し、あたかもこれを見聞せる如く証言を為さんことを依頼し、証人として宣誓の上、かかる証言を為さしめたる行為は偽証教唆罪を構成す

と判示しました。

⑧ 証人を錯誤に陥れて偽証をさせた場合は、偽証教唆罪が成立するとした判例があります。

大審院判決(明治43年6月23日)

 裁判所は、

  • 教唆罪の成立には、被教唆者をして一定の犯罪事実を認識せしむべき程度においてこれを暗示すれば足り、必ずしも該事実を明示することを要せず
  • 被教唆者をして一定の犯罪事実を認識せしむべき程度においてこれを暗示するも足るものとす
  • 被告が証人たるK、Sに対し、真実の供述を為せば、今後重ねて召喚の煩累を招くべしと虚構の事実を告げ、その煩累を免るるには偽証をなすにしかずと暗示し、右両名を錯誤に陥れ、よって偽証をなすにいたらしめた場合は、偽証教唆罪が成立する

としました。

⑨ 偽証教唆の趣旨が偽証の趣旨と大体符合する以上は瑣末の点において教唆者の指示と異なる陳述をしても偽証教唆罪の成立に何等の影響を及ぼさないとした判例があります。

大審院判決(大正5年1月22日)

 裁判所は、

  • 偽証教唆の趣旨が偽証の趣旨と大体符号する以上は、たとえ証書日付の如き瑣末の点において教唆者の指示に異なれる陳述ありとするも偽証教唆罪の成立に何らの影響を及ぼすことなし

と判示しました。

⑩ 偽証教唆の趣旨が偽証の趣旨と多少異なるところがあっても、被教唆者の全然知らない事実を陳述させた場合には偽証罪が成立するとした判例があります。

大審院判決(昭和7年2月26日)

 裁判所は、

  • 偽証教唆者は、月収700円なる旨証言すべしと教唆したるにかかわらず、偽証者は月収450円なる旨供述したるときは、両者の趣旨はその金額において差異ありといえども、偽証者が月収につき全然知るところなき場合なるにおいては、偽証教唆者はその責任を免るることを得ず

と判示しました。

⑪ 被教唆者が教唆の趣旨と矛盾しない事項を付加潤色して偽証する場合は、この不可分的な偽証罪に対しても教唆犯の責任を免れないとした判例があります。

大審院判決(大正10年6月25日)

 裁判所は、

  • 苟も正犯の実行行為が教唆に基づき、かつその趣旨においてこれと一致する以上は、教唆犯の成立を認むべく、教唆による偽証者がその供述を維持するため、教唆の趣旨に矛盾せざる事項を付加して潤色し、もって虚偽の陳述を為すときは、その付加したる部分も不可分的に1個の偽証罪を構成するものなるが故に、教唆者もまたこれ不可分の偽証罪に対する教唆犯の責任を免がるるものに非ず

と判示しました。

⑫ 偽証罪は、国家的法益に対する罪であるから、直系血族間の民事訴訟において、当事者の―方が不法の利益を得ようとして他人に偽証の教唆をしたときは、詐欺の点に関して、親族相盗例刑法251条244条)により刑の免除事由が存在したとしても、偽証教唆罪の成立に影響を及ぼさないとした判例があります。

大審院判決(大正12年11月26日)

 裁判所は、

  • 直径血族間の民事訴訟による財産上の争いおいて当事者の一方が不法の利益を得んがため、虚偽の事実 を主張し、人を教唆し偽証を為さしめたるときは、詐欺の点につき刑の免除の事由存するにかかわらず、偽証教唆罪を構成するものとす

と判示しました。

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