前回の記事の続きです。
偽証したことの自白による刑の減免
1⃣ 偽証したことの自白による刑の減免の規定が刑法170条にあり、
前条(注:刑法169条、偽証罪)の罪を犯した者が、その証言をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる
と規定されます。
刑法170条は偽証した犯人が自白した場合における刑の任意的(裁量的)減軽又は免除に関する規定です。
法律上の減免事由であり、減軽すべきときは刑法68条の規定によって減軽し、免除すべきときは、判決で刑の免除の言渡しをします(刑訴法334条)。
刑法170条は、自白を奨励し偽証に基づく誤った裁判又は懲戒処分を防止しようとする政策的配慮から規定されたものであると解されています。
2⃣ 刑が減軽されると受ける刑罰が軽くなります(詳しくは刑罰(12)の記事参照)。
刑の免除は、有罪ではあるものの、刑罰を科さない判決をいいます(刑訴法334条)。
刑の免除の判決が言い渡されると、被告人は有罪ではあるものの、罰金を納めたり、刑務所に入って服役するといった刑罰を受けずに済みます。
刑法170条の「自白」とは?
刑法170条の「自白」とは、
偽証した事実を具体的に告白すること
をいいます。
自白の相手方については、明文の規定はありませんが、裁判所、捜査機関、懲戒権者に限り、私人を含まないものと解されています。
「自白」は偽証罪の被告人又は被疑者として告白した場合に限らず、証人として再度の尋問を受けた際に、前の証言が虚偽であったことを陳述する場合でもよいとされます。
また、「自白」は証言した事実が虚偽であったことを具体的に述べれば足り、積極的に真実を述べることを要しません。
「自白」は、 自ら自発的に申告する場合(自首)に限らず、裁判所等の審問、追及を受けた結果、偽証の事実を自認するにいたった場合を含むとした判例があります。
大審院判決(明治42年12月16日)
裁判所は、
- 犯人が自己の犯罪事実を自首し、又は当該官の問に対して自認したる場は刑法170条にいわゆる自白に該当す
と判示しています。
刑法170条の「自白」は、刑法42条1項の自首ではないので、裁判所等が偽証であると看破した後でも証言した事件の裁判確定前又は懲戒処分前であれば、刑法170条の適用があり得るとされます。
「自白」の時期
自白の時期は、その証言した事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前でなければなりません。
しかし、証言した事件の裁判確定前又は懲戒処分前でさえあれば時期の制限はなく、例えば自白が時機に遅れ、裁判又は懲戒処分の過誤を防止し得なかったとしても、刑法170条の適用は排除されないとされます。
ただし、刑法170条の「その証言をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前」という規定の文言上、懲戒処分(職員に文書を交付することによって効力を生じる)後であれば、たとえ、当該処分についての不服審査手続あるいは行政訴訟が終了し確定する前であっても刑法170条の適用はないと解されています。
また、当該事件の裁判確定前又は懲戒処分前に一度自白したならば、その後その自白を撤回しても刑法170条の適用を妨げないとした判例があります。
大審院判決(大正4年3月8日)
裁判所は、
- その偽証したる事件の裁判確定前ひとたび自白したる以上、裁判所においては、刑法170条を適用し得べきものにして、第二審に至るもなおまた終始一貫して該自白の趣旨を支持することを要すべきものに非ざることは所論の如し
としています。
これは、いったんなされた自白によって誤った審判がなされる危険性が相当程度減少することを理由とするものであると考えらており、自白が撤回されたとの事実は、裁量的に刑の減軽又は免除をするかどうかを考慮するときの重要な要素となると考えられています。
刑法170条の偽証教唆罪への適用
刑法170条は、自白を奨励し審判の公正が偽証によって阻害されるのを防止するための規定です。
したがって、偽証の正犯者のほか偽証の教唆者にも適用されます。
そして、偽証の教唆者が偽証の正犯者を教唆して偽証させたことを自白した場合は、偽証の正犯者が自白しないときでも、偽証の教唆者について刑法170条を適用することができます。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(昭和5年2月4日)
裁判所は、
- 偽証教唆者が被教唆者の証言したる事件の裁判確定前その罪を自白したるときは、教唆者に対し、刑法第170条を適用し得るものとす
- もし被告人Aにおいて、Bらが証言したる事件の裁判確定前、自己の罪を自白したりとせば同条を適用し、その刑を減軽又は免除することを得るの筋合いなるをもって、裁判所はすべからくかかる自白の有無につき審究すべきを相当なりとす
- 然るに、原裁判所が刑法第170条は虚偽の陳述を為したる者がその罪を自白したる場合においてのみ適用ありとしたるは法律の解釈を誤りたる不法あるもの
と判示しました。
これに対して、偽証の正犯者は自白したが、偽証の教唆者が自白しない場合においては、偽証の教唆者に対して刑法170条は適用されません。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(昭和4年8月26日)
裁判所は、
- 偽証犯人が証言したる事件の裁判確定前又は懲戒処分前に自白するも、偽証教唆犯人に刑法第170条による刑の減軽又は免除の事由ありと称すべきものに非ず
と判示しました。
刑の免除又は減軽は裁判所の裁量による
1⃣ 刑法170条の要件を充足する「自白」がなされた場合において、刑を減軽・免除するかどうか、減軽・免除する場合に、減軽にとどめるか免除までするかは、裁判所の裁量によります。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治42年9月16日)
裁判所は、
- 刑法第170条により偽証罪の刑を減軽又は免除すると否とは、事実、裁判所の職権に属する
と判示しました。
2⃣ 裁判所が刑法170条により偽証罪を減軽又は免除する場合の判断基準は、自白するにいたった動機その他これにともなう事情ばかりでなく、偽証するにいたった動機犯人の年齢・性格など諸般の情状を総合的に考慮すべきとされます。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正13年4月8日)
裁判所は、
- 偽証の罪を犯したる者、当該事件の裁判確定前自白したる場合において、裁判所がその刑を減軽し又は免除すると否とを判断するに当たりては、自白を為すに至れる動機その他これに伴う事情のほか、諸般の事情を参酌するを妨げす
と判示しました。
3⃣ 刑法170条により偽証罪を減軽又は免除は裁判所の裁量によって行われるので、自白をしても減軽又は免除が行われない場合もあります。
裁判例の中には、刑法170条による自白が、当該民事事件の第一審判決後に検察官の追及の結果な行われたものであることなどの事情を考慮し、刑の減軽・免除をしなかった事例があります。
東京地裁判決(昭和42年4月26日)
「裁判確定前に自白した」偽証犯人に対し、その刑を減軽又は免除することが相当でないとされた事例です。
裁判所は、
- 被告人らが民事事件の判決確定前に自白したとはいえ、これはAの告訴に基づき検察庁が捜査を開始し、被告人らも取調べを受けるにいたった際、当初はこれを否認して極力弁解しておりながら、追求された結果ようやく自白したものにすぎないし、その自白も前記民事事件の第一審判決後であって被告人らの偽証によって誤った判決がなされる可能性がなかったわけではなく、更にはその偽証の内容も賃借したものを買受けたものであると陳述するなど全く虚偽の陳述をしたものであることなどを考慮すると到底刑の免除或は減軽をすることはできない
としました。
4⃣ 刑法170条による減軽又は免除は、法律上の減免なので、減軽する場合は刑法68条に基づき減軽が行われます。
免除する場合は刑訴334条により判決で、刑を免除する旨の言渡しがされます。
また、刑法170条により刑を減軽した上、更に酌量減軽(刑法66条)をすることができます(刑法67条)。
訴訟手続上の論点
1⃣ 刑法170条による刑の免除の判決は、無罪の言渡しではなく、有罪の判決なので、被告人は上訴によって無罪の判決を求めることができます。
この点に関する判例があります。
大審院判決(大正3年10月14日)
裁判所は、
- 刑法第170条による刑の免除の判決は、被告に対して無罪の言渡しを為したるものに非ず
- これを有罪と認め相当の刑を科すべきものなるも、裁判確定前に自白したるため、特にその刑を免除せるに過ぎざるものとす
- 従って、被告が自己の利益を保護するため、上訴の方法によりて該判決の変更を求め得べきは当然なり
と判示しました。
2⃣ また、偽証罪につき刑法170条により刑を免除し、これと併合罪の関係にある他罪について刑の言渡しをする場合は、刑法47条等による併合罪の処理をすることなく、単にその他罪について刑を言い渡せば足りるとした判例があります。
大審院判決(大正7年4月22日)
裁判所は、
- 衆議院議員選挙法違反罪と併合罪の関係にある刑法犯につき、刑の免除を為し得べき原因ありて、その免除を言い渡す場合に在りては、選挙法違反罪にはもやは該刑法犯と共に併合罪の処分を為すべきものに非ざれば、刑法47条、第10条、第9条等の適用を為すことなく、単純に選挙法違反罪につき刑を言い渡すべきものとす
と判示しました。