前回の記事の続きです。
虚偽告訴罪の客体
虚偽告訴罪(刑法172条)の客体は、
虚偽告訴をした本人を除いた者
です。
ただし、自己と共に他人を自己の共犯として虚偽告訴をする場合は、その他人に関する部分について虚偽告訴罪の成立を認めるべきであるとされます。
法人も虚偽告訴罪の客体に含まれる
虚偽告訴罪の条文(刑法172条)に記載される「人」は、自然人に限らず、「法人」を含みます。
死者や虚無人を対象とする場合は虚偽告訴罪を構成しない
被申告者(虚偽告訴をされた者)は実在人に限られるのか、それとも死者や虚無人(実在しない人)をも含むかについて、通説は
虚偽告訴罪の保護法益が、第一次的には国家的法益が保護法益であるが、第二次的には個人的法益が保護法益であることを理由に、死者や虚無人を対象とする場合は虚偽告訴罪を構成しない
としています。
虚無人に対する虚偽告訴は、たとえ捜査・取調べが進んでも、人をして刑事又は懲戒の処分を受けさせる可能性は存しないから「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」が欠けるので、主観的要素の不存在により、虚偽告訴罪の構成要件該当性が阻却されるとされます。
学説には、虚無人については虚偽告訴罪の成立を否定するが、死者については、生存者であることを誤認させる程度の事情があれば、有効な虚偽告訴罪の対象となるとするものがあります。
責任無能力者や懲戒処分を受けるべき身分を有しない者も虚偽告訴罪の客体に含まれる
実在人であれば、
- 責任無能力者(刑事未成年者、心神喪失者)
- 懲戒処分を受けるべき身分を有しない者
も虚偽告訴罪の客体に含まれます。
理由として、
責任能力や懲戒処分を受ける身分がないことは、取調べの結果初めて判明し得ることであり、後にそのようなことが判明しても、その虚偽告訴によって国家の審判権を無用に行使させると同時に被虚偽告訴者に多大の迷惑を与えるととになるから
という理由が挙げられています。
身分を有しない者も虚偽告訴罪の客体に含まれることを示した判例として、以下のものがあります。
大審院判決(大正6年6月28日)
選挙権のない者を被買収者として虚偽告訴した事案です。
裁判所は、
- 刑事の処分を受けしむる目的をもって、候補者某は運動員に投票買収のために金銭を交付し運動員の請託を受けて選挙人某々等らは金銭の供与を受けて候補者某に投票したるものなる旨虚偽の事実を記載したる書面を警察署に提出し、不実の申告を為したるときは、金銭の供与を受けたりとして挙示せられたる者の中、たとえ選挙権を有せざる者ありとするも、その行為が他人をして刑事の処分を受けしむる目的をもってこれを誣告(虚偽告訴)したるものなる以上は、その犯罪の構成要素を具備するものなるといわざるべからず
- 蓋し、不実の事実を挙げて他人を誣告したる場合には、事実の真相が発露するにおいて、誣告を受けたる者は処罰せらるることなきは自明の理なれといえども、この点はもとより誣告罪(虚偽告訴罪)の成立を妨けず
- 選畢罰則違反事件につき金銭の供与を受けたりとして誣告を受けたる者が、その実は選挙権を有せざることは、あたかもその者が金銭の供与を受けざることと同じく、誣告たることの確実なる徴憑たるに過ぎずして、誣告罪の成立を阻却することなし
- 刑事の処分を受けしむる目的をもって、選挙人某々らをして選挙に関し金銭の供与を受けたる旨を誣告したるときは、縦し(よし「たとえの意味」)誣告者において某が選挙権を有することについてはこれを誤信したるものと仮定するも、その他の点につき不実の事実を申告するときは誣告罪は同じくその構成要素を具備するものにして、この誤信により誣告罪の成立を阻却することなし
- 故に原判決の判示事責によれば、各被申告人ごとに誣告罪の罪名に触るることを認むるに足るものとす
と判示しました。
被申告者の特定は、だれが虚偽申告されたのか他の者と区別し得る程度に特定されていれば足りる
被申告者(虚偽の告訴・告発をされた者)は特定されていなければなりませんが、何人が虚偽申告されたのか他の者と区別し得る程度に特定されていれば足り、必ずしも被申告者の氏名・住所等が明示されている必要はないとするのが通説です。
この点に関する以下の裁判例があります。
仙台高裁判決(昭和27年3月31日)
裁判所は、
- 誣告罪(虚偽告訴罪)を構成するには、必ずしも氏名住所等の明示を必要とするものではなく、申告者の為した申告により捜査官をして特定の人に対して特定の犯罪行為あることを認知せしめ、よって犯罪の捜査の取調べを促すべき程度であれば足りるのである
- これを本件についてみれば、被告人の本件告訴状の全文及びその前後の事情を総合すれば被告訴人はAらを指示するものであることは容易に看取し得るところである
と判示しました。
虚偽の告訴・告発をされた者の承諾(自分を告訴・告発してよいとする承諾)があったとしても、虚偽告訴罪は成立する
虚偽告訴罪の保護法的は、国家的法益を含むことから(保護法益の説明は前回の記事参照)、虚偽の告訴・告発をされた者の承諾(自分を告訴・告発してよいとする承諾)があったとしても、虚偽告訴罪は成立します。
承諾していた場合であっても、国家の刑事司法作用又は懲戒権の行使を誤らせる危険性がある以上、虚偽告訴罪の成立を認めるものです。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(大正元年2月20日)
裁判所は、
と判示しました。